森で拾われたちびっこ魔術師、辺境騎士団で今日もお手伝いします! ~生活魔法しか使えない僕ですが、なぜかみんなに褒められます~

 森の外を目指して歩き始めてから、どれくらい経ったんだろう。

「うーん……」

 ぼくは立ち止まって、空を見上げた。
 高い木がいっぱい生えているから、空は葉っぱの隙間からしか見えない。
 でも、お日さまはさっきよりずっと高いところにあるのはわかったのだけど。
 
「お昼、もうすぐかなぁ」

 ぐう、とお腹が鳴った。

「……やっぱり、お昼だ」

 すごく、お腹がすく――お腹の時計は正確だ。
 おばあちゃんもよく言っていた。

『リオのお腹は、うちの時計より正確だねえ』
「……うっ」
 
 思い出したら、少しだけ寂しくなった。
 涙が出そうになったけれど、ぼくは泣かなかった。

「今日は、干したお肉も食べよう」
 ぼくは、そう決めた。
 昨日焼いたパンは少し硬いけれど、干したお肉と一緒ならきっとおいしいし、もしできれば、お水があるとこ
ろで休みたい。

「近くに、川……ないかなぁ」

 ゆっくりと、ぼくは耳を澄ませてみる。
 聞こえてきたのは鳥の声と、風の音や、葉っぱが擦れる音が聞こえて、それから――。

「……ん?」

 何か聞こえた。

 ――カンッ!
 ――ガキンッ!

 森ではあまり聞かない音だった。

「なんだろ?」

 その音は金物をぶつけているみたい。
 その後は大きな声も聞こえた。

「右へ回れ!」
「逃がすな!」
「団長、そっちへ行ったぞ!」
「追え!」
「……人の、こえ?」

 ぼくは目を丸くした。
 人だ――おばあちゃん以外の人の声。

「誰がいる!」

 森の外にはたくさんの人がいるって、おばあちゃんが言っていた。なら、もしかしたら、もしかして外に出たのだろうかと、ぼくは思わず笑ってしまった。
 
「もしかして、もう森の外なのかな?やった!」

 思っていたより行動が早かった。
 ぼくは嬉しくなって、声のするほうへ走ったのだが。

「わっ」

 木の根っこにつまずきそうになってしまった。危ない危ない、ちゃんと足元を見なくちゃ。
 それでも急いで進んでいくと、だんだん声が近くなってきた。

「そっちだ!」
「囲め!」
「来るぞ!」

 ――ガアアアアアアッ!

「ひゃっ!」

 ものすごい鳴き声が耳に響いたので、ぼくは思わず木の陰に隠れた。
 そっと顔だけ出してみる。

「…………わぁ」

 広く開けた場所に、大きな魔物がいた。熊みたいな体だけど、熊よりずっと大きい。
 背中には黒い棘がたくさん生えていて、腕も太いし、しかもその魔物を、何人もの男の人たちが囲んでいた。
 みんな同じような鎧を着て、剣を持っている。

「わぁ……すごい……」

 ぼくは初めて見る人たちに夢中になった。
 おばあちゃんから、騎士という人たちの話を聞いたことがある。
 鎧を着て、剣を持って、悪い人や魔物からみんなを守ってくれる人。

「おばあちゃんが言っていた、騎士さんかな?」

 たぶん、そうだ。

「団長!」

 すると、 一人の騎士さんが叫んだ。
 叫ぶと同時に、別の声が聞こえてくる。
 
「分かっている!」

 低くて大きな声が響いた。
 その人は、他の人たちよりもっと大きく、その手には大きな剣が握られている。
 腕も太く、筋肉なのか、顔には傷があった。
 
「うわぁ……おっきい」

 さっきの狼さんも大きかったけれど、この人も大きい、まるで熊さんみたいだ。
 その大きな人が地面を蹴った。

「はあっ!」

 大きな剣が魔物の腕を弾く。
 
 ――ガキンッ!

 すごい音がもう一度、耳に響いた。
 
「今だ!」
「おおっ!」

 その声と同時にほかの騎士さんたちが一斉に魔物へ飛びかかった。
 剣が振り下ろされると同時に、魔物が大きく吠えた。

「すごい、すごい」

 ぼくは木の陰から拍手した。
 みんな、とっても強い、でも――何か、おかしいのを感じた。

「あれ?」

 魔物の後ろから、何か出てきているもう一匹。
 少し小さいけれど、同じ魔物なのだろう。だけど、騎士さんたちは前の魔物を見ている。
 気づいてないんだ。

「危ない!」

 ぼくは思わず木の陰から飛び出した。

「後ろにもいるよ!」
「なに!?」

 騎士さんたちが振り返ると、魔物が腕を振り上げていた。

「ちっ!」

 大きなおじさんが前に出る。
 でも、ちょっと間に合わなさそう。

「えっと……!」
 何かしなくちゃ、あの大きな人を助けなきゃ。
 ぼくは急いで杖を取り出し、魔物の足元には、木の根っこがいっぱいある。

「《蔓結び》!」

 急いで杖を振ると、地面から生えていた蔓が、にょきにょきっと伸びた。
 そのまま、魔物の足に絡みつく。

「グオッ!?」

 魔物が転び、大きな音と共に地面が揺れた。

「わっ!」

 ぼくまで尻もちをつきそうになった。
 だけど、大きなおじさんたちは動き続けている。
 
「今だ!」

 大きなおじさんが走った次の瞬間、剣が振り下ろされた。
 剣が振り下ろされたと同時に魔物が倒れ、そのまましばらくすると、森は静かになった。

「…………」

 ぼくは杖を持ったまま、騎士さんたちを見た。
 騎士さんたちも、ぼくを見ていた。

「…………?」
 誰も喋らない、しゃべってくれないんだけど、どうしたんだろう?
 ぼくは首を傾げてしまった。
 
「あ、あの……大丈夫?」
 声をかけたが、返事がない。
 そのうち、一人の金色の髪のお兄さんが口を開いた。

「……団長」
「なんだ?」
「俺、頭を打ちましたかね?」
「知らん」
「子供が見えるんですが」
「安心しろ。俺にも見えている」
「じゃあ幻覚じゃない?」
「多分な」

 変な人たちだな。外の人ってこういうひとっちが多いのかな?
 ぼくは自分を見る、うん、ちゃんといるよ。

「ぼく、本物だよ?」
「喋った……」
「喋るよ?」

 人間だからね。
 すると、大きなおじさんが剣をしまって、ぼくのところへ歩いてきた。
 近くで見ると、本当に大きく、見上げないと顔が見えない。

「…………」
「…………」

 おじさんがぼくを見る。
 ぼくもおじさんを見る。
 顔に傷があるし、近くで見ると、ちょっと怖そう。
 でも、目はそんなに怖くなかった。

「お前」
「はい」
「……いくつだ」
「ぼくは六歳だよ」

 指も使って教えてあげる。
 おじさんの眉間にしわが寄った。

「六歳……」
「うん」
「一人か?」
「うん」
「…………」

 また黙ってしまった。
 後ろの騎士さんたちも、なんだか変な顔をしている。

「どうしたの?」
「いや……」

 おじさんは頭を押さえた。
 それから、ぼくの後ろを見る。

「お前……どこから来た」
「あっち」

 ぼくは来た道を指さした。
 おじさんはもう一度黙ったまま、上を見ていた。
 
「…………」
「あっちのお家」
「家?」
「うん。ずーっと向こう」

 その言葉を言った瞬間、おじさんの顔がもっと怖くなった。

「……あっちは魔境の最深部だ」
「まきょう?」

 そんなの、僕知らない。全然、知らない言葉だ。

「ここより遥かに危険な場所だ」
「そうなの?」
「そうなの、ではなくてな……お前、どうやってここまで来た?」
「歩いてきたんだよ?」
「それは見れば分かる」
「途中でパンも食べたよ」
「そういう話ではない」

 うう、難しい。
 ぼくが困っていると、金色の髪のお兄さんが近づいてきた。

「団長、この子、本当に一人みたいですよ」
「見れば分かる」
「でも、最深部からここまでですよ? 魔物に遭遇しなかったとは考えにくいでしょう」
「あ」

 魔物。
 そういえば、魔物にあったなと思った僕は素直に答えた。
 
「狼さんに会ったよ」
「狼?」
「すっごく大きいの!えっと……これくらい?」
「分からんな」
「黒くて、目が赤かった」

 赤い目の話をしたら、騎士さんたちの顔色が変わった。

「まさか、『黒牙の魔狼』か?」
「最深部付近なら間違いないでしょう」
「子供一人で遭遇して、なぜ無事なんだ?」

 みんながざわざわする。
 ぼくは答えてあげた。

「どいてくれたよ」
「……どいた?」
「うん」
「黒牙の魔狼が?」
「最初はどいてくれなかったけど」
「それで?」
「風がびゅーって吹いたら、飛んでった」
「…………」

 僕の言葉を聞いたら、また静かになった。
 なんでみんな黙るんだろう――今日はよく分からないことばかりだ。
 その時、ぼくは大事なことに気づいた。

「……あ!」
「なんだ」

 ここはまだ森だった。
 木がいっぱいある。
 つまり、ここは違うんだ。
 
「おじさんたち」
「おじ……」
「もしかして、迷子?」
「…………」

 大きなおじさんが固まった。
 金色の髪のお兄さんが横を向く。
 肩が震えている。

「……カイル」
「す、すみません、団長」
「笑うな」
「だって……迷子って……」
「笑うなと言っている」

 ああ、そうだ。
 やっぱり変な人たちだ。

「森の外に行きたいなら、ぼくも一緒だよ」

 せっかくだから教えてあげる。
 にっこりと笑っている僕はそのままおじさんたちに向けて答えた。
 
「一緒に探す?」
「…………」

 おじさんは深いため息をついた。
 それから、ぼくの前にしゃがんだ。
 しゃがんでも、ぼくより大きい。

「……俺はガルドだ」
「がるど?」
「ああ。こいつらは北方辺境騎士団の騎士だ」
「きし!」

 やっぱり!
 ぼくは嬉しくなった。

「本物の騎士さん?」
「……一応な」
「すごい!」

 初めて見た。
 ぼくがじっと鎧を見ていると、ガルドおじさんが聞いた。

「お前の名前は?」
「リオ」
「そうか」
「よろしくね、ガルドおじさん」
「…………」
「団長がおじさん……」
「カイル」
「はい。黙ります」

 ガルドおじさんは、もう一度ため息をついた。
 それから、ぼくの鞄を見て、森の奥を見て、最後に、ぼくを見る。

「……リオ」
「なあに?」
「俺はな、大人としてお前を一人で歩かせるわけにはいかん」
「でも、ぼく、森の外に行かなくちゃ」
「なら連れていく」
「え、本当?」
「ああ」
「ガルドおじさん、森の外への道、知ってるの?」
「……知っている」
「迷子じゃなかった!」
「最初から迷子ではない」
「よかったぁ」

 安心した。これで森の外へ行ける。
 そのまま、ぼくは迷いもなく、ガルドおじさんに手を差し出した。
 
「じゃあ、一緒に行こう!」
「…………」

 ガルドおじさんが、その手を見る。

「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」

 ガルドおじさんはそのように言った後、大きな手が、ぼくの手を握った。
 おばあちゃんとは全然違う、硬くて大きな手だった。

「行くぞ」
「うん!」

 こうしてぼくは、森の中でガルドおじさんたちを拾った。

 ――本当はぼくが拾われたのだと知るのは、もう少し後の事だった。