森で拾われたちびっこ魔術師、辺境騎士団で今日もお手伝いします! ~生活魔法しか使えない僕ですが、なぜかみんなに褒められます~

 森の外へ行く。そう決めて家を出たけれど、ぼくは森の外がどっちにあるのか、よく知らなかった。

「えっと……こっち、かな?」

 小さな杖を持って、細い道を歩く。
 背中には、おばあちゃんの魔導書とパンを入れた鞄。
 水筒もあるし、干したお肉もある。
 そして、着替えもちゃんと入れた。
 おばあちゃんのお墓に「いってきます」も言ったから大丈夫だ。

「うん。だいじょうぶ」

 忘れ物はない、多分。
 ぼくは森の中をずんずん進んだ。
 黒耀の森は、とても大きいし、空が見えなくなるくらい高い木がたくさん生えていて、太い根っこが地面からぼこぼこ飛び出している。
 気をつけないと転んでしまう。

「よいしょ」

 大きな根っこをまたぐ。

「よい……しょっ」

 今度のは高かったので、両手を使って登り、降りる時は、ぴょんっと飛ぶ。
「できた!」

 ふふ、ちょっと楽しい。
 ぼくは森の外へ行くのが初めてだった。
 おばあちゃんが元気だった頃も、遠くまで行ってはいけないと言われていた。

『リオ。一人で遠くへ行ってはいけないよ』
『どうして?』
『森には怖いものがいるからさ』
『怖いもの?』
『そうだよ』
 
 でも、何が怖いのかは教えてくれなかった。
 狼さんもいるし、大きな猪さんもいる。たまに家の近くまで大きなトカゲさんが来る事もあった。
 でも、みんな近づかなければ何もしない――だから、ぼくは森が怖いと思った事はなかった。

「外には何があるのかなぁ」

 歩きながら考えてみよう。
 おばあちゃんから、いろんな話を聞いたことがある。
 森の外には、大勢の人が暮らしているらしい。
 家もいっぱいあったり、お店というところもある。そしてお金を渡すと、パンやお肉をもらえるらしい。

「パン屋さん、あるかな?」

 おばあちゃんが作ってくれたパンも好きだったけれど、外のパンも食べてみたい。
 甘いパンもあるって聞いたし、おばあちゃんから聞いた話では果物がいっぱい乗ったものや、蜂蜜をたっぷり使ったものもあるらしい。

「うん、食べたいなぁ」

 そう考えたら、急にお腹が鳴った。
 ぐうう。

「…………」

 ぼくは立ち止まった。
 お腹を見て、ため息を吐いちゃった。

「まだ朝ごはん食べたばっかりなのに」

 でも、いっぱい歩いたから仕方ない。
 ちょうど近くに倒れた木があったので、そこへ座ることにした。

「よいしょっと」

 鞄を下ろして、中からパンを一つ取り出す。

「いただきます」

 ぱくり。

「ん!んー!!」

 ちょっと硬いけど、おいしい。
 昨日、自分で焼いたパンだ。
 おばあちゃんみたいにふわふわにはできなかったけれど、ちゃんとパンの味がする。

「今度は、もっと上手に作ろう」

 パンを食べながら、周りを見てみると、鳥さんが鳴いている。
 木の上を小さな動物が走っていくのが見えた。
 風が吹くと、木漏れ日がきらきら揺れる。

「おでかけって、楽しいなぁ」

 一人なのは少し寂しい。
 だけど、知らないところへ行くのはわくわくする。
 おばあちゃんも、こんな気持ちだったのかな。
 若い頃はいろんなところへ行ったと言っていた。

「おばあちゃん……ぼくも、いっぱい見てくるね」

 誰に言うでもなく呟いて、残りのパンを食べた。

  ◇

 それから、しばらく歩いた。

「ふんふんふーん」

 鼻歌を歌いながら進む途中で赤い木の実を見つけた。

「あ」

 ぼくはしゃがみ込む。

「これ、お薬になるやつだ」

 おばあちゃんに教えてもらった事、これは熱が出たときに煮て飲むといいらしい。

「持っていこう」

 ぼくは手を伸ばし、三つだけ摘んで鞄に入れる。
 全部取ってはいけない。理由は森の動物さんたちも食べるから。
 少し歩くと、今度は黄色い花を見つけた。

「これも!」
 虫に刺されたときのお薬になる。
 さらに進むと、青い茸もあった。

「これは食べちゃ駄目なやつ」

 おばあちゃんが言っていた。食べると三日くらいお腹が痛くなるらしい。
 ぼくは茸を避けて歩いていると、ふと考えた。
 なんだか、いつもの薬草採りみたいだった。

「森の外、まだかなぁ」

 家からかなり歩いた気がする。
 でも、周りはまだ木ばかり。

「もうちょっと、かな?」

 その時だった。

 ――ガサッ。

「ん?」

 前の茂みが揺れた。

 ――ガサガサッ。

 何かいる、のかな?

「鹿さんかな?」

 ぼくは立ち止まった。
 茂みの向こうから、低い音が聞こえてきた。

 ――ぐるるるる……。

「……鹿さんじゃないね」

 次の瞬間、大きな影が飛び出してきた。

「わぁ」

 ぼくが見上げてみると、現れたのは狼だった。
 ただし、家の近くで見かける狼より、ずっと大きい。
 ぼくが三人くらい並んでも足りないくらい大きな体。
 黒っぽい毛に赤い瞳を見せて、口からは鋭い牙がたくさん見えている。

「おっきい狼さんだ!」
 初めて見た。
 初めて見た狼さんは道の真ん中に立ったまま、ぼくを睨んでいる。
 
 ――ぐるるるる……。

「…………」

 ぼくは右を見ると、木があった。
 左を見ると、茂みがある。
 そして前を見る。
 狼さん――うん、困った。
 この道を通りたい。

「あのー」

 声をかけてみる。
 狼さんの耳がぴくっと動いた。

「ごめんね。そこ、通りたいの」

 お願いしてみた。
 だけど、狼さんは動かない。

「ぼく、森の外に行かなくちゃいけないんだ」

 ――ぐるるるる……。

「ちょっとだけ、どいてくれない?」
「ガウッ!」
「わっ」

 お、怒られちゃった。

「……だめ?」

 どうしよう……。おばあちゃんは、動物を困らせてはいけないと言っていた。
 だったら、別の道を探したほうがいいのかな。

「じゃあ、ぼく、あっちから――」

 そう言って後ろへ下がった瞬間。

「ガアアアッ!」

 狼さんが飛びかかってきた。

「わっ!?」

 大きな口が目の前まで迫ってくる。
 危ないと思ったぼくは、慌てて杖を振った。

「《風払い》!」

 おばあちゃんから教えてもらった生活魔法。
 家の中に入った埃や、落ち葉をまとめて飛ばすための魔法だ。
 その瞬間。

 ――ドンッ!!

「ひゃっ!?」

 ものすごい風が吹いて、木々が大きくしなる。
 落ち葉が空へ舞い上がってしまった。
 そして、目の前にいた狼さんも――。

「キャウン!?」

 飛んでいった。

「……え?」

 ぼくは目をぱちぱちさせた。
 狼さんはくるくる回りながら、ずっと向こうへ飛んでいく。
 一つ、二つ、三つ、と木々の間を抜けて――どさあっ!
 遠くの茂みに落ちた。

「…………」

 静かになった。
 ぼくは杖を持ったまま、しばらく動けなかった。

「狼さん?」

 返事はない。
 少し心配になってそっと近づいてみると、ずっと向こうの茂みから、狼さんが顔を出した。

「あ。いた」
「…………」
「大丈夫?」

 狼さんはぼくを見る。
 ぼくも狼さんを見る。

「…………」
「…………」

 狼さんの耳がぺたんと伏せられた。
 
「キュン……」

 そして、小さく鳴くと、ものすごい速さで森の奥へ逃げていった。

「あっ」

 行っちゃった。

「…………」

 ぼくは周りを見ると、落ち葉がひらひら落ちてきて、髪もぐしゃぐしゃになっていた。

「……今日、風つよいなぁ」

 ぼくは、杖を鞄に戻した。
 おばあちゃんがいたら、ちゃんと帽子をかぶりなさいって言われたかもしれない。

「そうだ!次から帽子も持ってこよう」

 ぼくは鞄を背負い直した。
 これで道も通れる。

「狼さん、どいてくれてありがとう!」

 もう姿の見えなくなった狼さんへ、大きな声でお礼を言った。
 そして再び、森の外を目指して歩き始める。

 このときのぼくは知らなかった。

 さっき出会った狼さんが、この森でも上位に位置する凶悪な魔物――『黒牙の魔狼』と呼ばれている事を。
 そして、普通の騎士なら、何人も集まらなければ倒せないことも。
 もちろん、生活魔法の《風払い》で、そんな魔物を何十メートルも吹き飛ばす六歳児なんて、普通はどこにもいないということも。
 ぼくは何も知らないままのんきに。

「森の外、どんなところかなぁ」

 次に食べるパンのことを考えながら、ご機嫌で森を歩いていたんだ。