成り損ないの僕ら。


 例えば、人の人生が一冊の本だとする。


 その内容は様々で、中でもベストセラーに選ばれるのは、「生まれつき病気で、それでも愛の為に最期まで生き抜いた女の話」とか「自分の才能に気づいた男が恩師と出会い色んな人々を救う話」とか。


 僕はそのどれでもない。年季の入った古い本屋の誰も立ち寄らないような片隅で、埃を被ってしまっている無地の表紙の本。それが僕、真宮璃玖(まみやりく)の人生である。


 言うなれば、誰が読んでもつまらないごく普通の、それ以下の、何の面白味もない男子高校生。才能も特技もなければ何か特別なものがある訳ではなく、成績は普通だし、親も普通だし、趣味といえばソシャゲか某動画サイトのshort動画を一生見てるみたいな。


 ここまでで親近感が湧く人も探せばもちろん居るだろうが、流行りの転生物や異能バトルみたいな爽快なストーリーが好きなやつは僕のことなんて見向きもしない。つまりは、何かを共有し合う友達も居ないわけだ。


 そんな僕が特別になれるとしたら、一体何が起こった時だろう?


 不幸?または、特別な出会いとか。


 突然病弱な女の子が僕を見つめてきたり、前世で恋人だった美少女が「また会えたね!」と笑顔で手を握ってきたり……


 と、残念ながら妄想に浸った所でここは当然リアルなのでそんなことは起こりえない。とはいえ、人間は希望的観測をしてしまう生き物である。


 例えば、この通学路。少し寄り道をしたらそういうことが起こるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて寄り道できそうな場所を考える。ゲーセンとか本屋とか、そういうよく行く場所じゃなくて、普段なら見向きもしないような……


「……」


 この、古い神社とか。


 平凡で健全な男子高校生、しかし少しオタク寄りである為、先程のような妄想をしてしまう、こんな行動をしてしまうくらいには厨二心を持ってしまっている。


 今日の行動をネットに書いたら即「厨二乙www」とかいう同じく厨二な奴からのリプライが届くだろう。


 そんな匿名でしか軽口を叩けないやつのことはどうでもいい。とにかく何か起こってくれないか、と、砂や葉っぱが散らばる石段を一歩一歩上がっていく。


 澄み渡る青空、少しの雲、古臭い神社を背景にひっそりと建つ不気味なほど真っ赤な鳥居は、年季が入っていることを物語るように塗装が少し剥がれていた。


 少々足りない体力で何とか階段を登りきった僕の視界に映ったのは、想像していた通りの神社。と、


 想像もしていなかった人物の姿だった。


「……え」


 それは、僕と同じくらいの歳の男だった。


 制服は……僕の学校と反対にある金持ちの学校のやつだ。


 いや、違う、そこじゃない。そうじゃない。


 そいつの特徴は髪にあった。


 白いペンキをひっくり返したように真っ白だった。老人のような、歳で色が抜けた白さじゃなくて、白で染めたような、生まれつきそうだったような……


 少年は僕に気づくと、こちらを向いて微笑んだ。


「やぁ。こんにちは……あるいは、初めましてかな」


 その目玉は、赤かった。


 知ってる。これ、なんて言うんだっけ。色素が生まれつき薄い人、だったような。


そうだ。アルビノだ。


 漫画やアニメでは定番のカラーリングだが、現実世界においてはその人口は圧倒的に少ない。


 彼の異質さに、僕は思わず息を呑んだ。


「君は……あぁ。向こうの学校の子?」

「え? あ、う、うん」

「へぇ」


 彼は背もたれにしていた柱から離れると、僕の前まで歩いてきて顔を近づけてくる。時が止まったように動けなくなった。


 近くで見たら肌も凄く白いし、目が思ったより赤いし、体はモデルみたいに細い。
 でも、多分、人間。だと……思う。


 自信が無くなったのは、一つ、強く思うことがあったからだ。


「どうやら、困惑させてしまっているみたいだね。ボクの容姿のせいで。……嫌悪、あるいは奇異。君はどちらを感じたの?」


 僕が見上げるくらい背が高い彼は、首を僅かに傾げる。
 さらりと白髪が揺れ動いて、精巧に作られた人形じゃなく、生きているんだと思わせられる。


 こんなことを思ったら失礼なのだろうが、そう思ってしまうくらい、彼は…………


「​──きれい」


赤い目玉がぱちくりと、瞬きした。数秒、数分、どのくらいの時間だっただろう。僕はようやく、自分が言ったことのおかしさに気づいた。


「……あっ、え? 僕今なんて」


 吹いた風は何とも無情に僕の言葉を攫ってはくれず、彼の耳に無意識の三文字を届けてしまう。


 最悪だ。初対面の、しかも男にきれいとか言うの。馬鹿か僕は、少女漫画かよ。


「……ふっ、ははっ…………!」

「え?」

「あはははっ、あはははは!」


 思わず口を覆ってしまった僕を前に、彼は腹を抱えて笑いだした。そりゃあ恥ずかしいこと言ったけど!今すぐ取り消したいし穴があったら入りたいけど!そんな笑うことないだろ!!


「お、おい笑うなよ! 今のは〜ほら〜その、言葉の綾! 言葉の綾ってやつで! 本気で思ってるわけじゃ」

「ははっ、あーっ……いいな、君。人に笑わせてもらったのは久しぶりだよ。爆笑、あるいは朗笑かな」

「ろう……? な、何でもいいけど」

「ねぇ君、名前は?」

「は? 今日会ったばっかの知らないやつに名前なんか教えるかよ」

「出会いの記念さ。ボク達ってほら……いい関係になれると思わない?」

「ヘッタクソなナンパだな」


 踵を返して帰ろうとすると、彼は僕を通せんぼするように立った。


「待って、今逃すともう出会えない気がするんだ。君みたいな面白い人に」

「だから、言葉の綾だって。それに僕は普通過ぎてつまんない人間だから」

「そんなことないよ。君ほど面白い人間はいない」

「はぁ?」


 そいつは目を細めて意味深に笑うと、手を大仰に広げた。


「この世界に普通の人間は存在しないとボクは思っている。人にはそれぞれ物語があって、その物語が人を形作る。人は人の物語を受け継ぎ、歴史は幾重にも重なっていき、世界という箱の中に詰め込まれていく。君もボクもその一つ」

「……」

「君は特別だよ、真宮璃玖(まみやりく)」

「!? な、何で名前」

「何でかな? 偶然、あるいは……開いた鞄の中に見えてたノート、かな」


 ほ、ほんとだ、チャックが開いてる……でもこんなの見えるか普通?

 あ、そっか。さっき顔を近づけた時…………

「で、でも、そんなの、平凡だったら埋もれてくだけじゃん。特別って上の方で目立つことだろ」

「平凡があるからこそ特別が目立つんだ。君の黒髪と、ボクの白髪。君の黒目とボクの赤目みたいにね」

「結局踏み台なんじゃん」

「君がいつボクの下になったって?並んでるからだよ。並んでるからこそ、お互いが特別なんだ」

「意味わかんねー」

「……少なくとも、ついさっき君はボクの特別になったよ」


 その微笑みはあまりに綺麗すぎた。男なのに男に見蕩れるとか、こいつずるくね。こんな綺麗なの誰だって見蕩れるだろ。意味わかんないことばっか言うくせに。


 悔しい。僕はこいつに、興味を抱き始めている。


「……お前は?」

「ん?」

「名前だよ名前。僕の名前勝手に見たんだから、お前のも教えろよ」


 そいつは惜しくも鞄を持っていないし、名前を書いていそうなものもパッと見持っていない。だから仕方なく聞いた。


 けど返ってきたのは、


「君がつけてよ」

「は?」

「ボクの名前……あるいは、あだ名。本名が好きじゃないんだ。だから、今君が、ここで決めて」

「んなの、急に言われても」


 ペットも飼ったことないから、名前つけるなんてゲームの中のキャラくらいしか……いや、それも食べ物の名前とかでろくなのにしたことないな……


「アルビノ、あるいは宇宙人とか? 謎の物体X、あるいはUMA……何でもいいよ」

「名乗るの嫌なら自分で考えろよ」

「君が考えることに意味があるんだ」


 ほんとに何だこいつ。断るにも、なんか凄い期待した目で見られてるし……


 他人をあだ名で呼ぶなんて今までしたことないから、初めてのことにワクワクしてる僕も、思考に反して矛盾してて小っ恥ずかしい。


 こいつの名前、か……


 考える僕の視界に入ったのは、風に吹かれて靡く綺麗な白髪だった。


「……ハク。白髪だから、ハク」

「……」

 それを聴いたそいつは、目を見開いて……また腹を抱えて笑いだした。


「な、なんだよ! お前がつけろって言ったんだろ!!」

「あははっ、ごめんごめん……実に君らしい名前だったから。じゃあ、今日からボクはそう名乗ろう。ボクの名前はハクだ。友達になろう、りく」

「…………」


 差し出された細くて白い手を、ぎこちなく握る。冷たすぎてびっくりした。ほんとに人間なのか、こいつ。


「また明日、この場所、この時間に会ってくれる?」

「……用事がなかったら」

「決まりだ」



 これが、平凡な僕にとっての特別の始まり。
 僕の運命を変える……ハクとの、出会いの物語だ。