遺書図鑑

手短に、この文章を書いている経緯と、これからお見せする書籍について説明しておきたい。

今年の初め、私はふらりと立ち寄った街の古書店で、店頭の軒先に置かれた均一ワゴンの隅から一冊の奇妙な本を拾い上げた。値札シールには「500円」とだけ印字されていた。

手に取った理由は、単純にその背表紙の題名に目を奪われたからだ。

『遺書図鑑』

装丁は飾り気のない黒い布クロス張りで、どこか学術書めいた重厚感があった。「情死」や「文豪の死にざま」を扱ったルポルタージュや雑学新書は昔から珍しくない。これもそうした、死にまつわるエピソードを寄せ集めた俗悪なゴシップ本か、あるいはどこかの物好きな研究者がまとめた民俗資料の一種だろうと高をくくっていた。500円なら外れても痛くない。私は小銭を払い、その本を鞄に放り込んで帰宅した。

しかし、自宅の机で頁を開いてすぐに、自分の見立てが完全に間違っていたことを思い知らされた。

そこに並んでいたのは、聞きかじりの逸話や安っぽい解説などではなかった。明治から現代に至るまでのあらゆる時代の「本物の遺書」が、極めて整然とした時系列順に蒐集・分類されていたのだ。手書きの遺稿の複写写真、発見現場の見取り図、筆跡や紙質の分析、そして冷徹なまでに客観的な注釈。

その圧倒的な筆致と資料の網羅性から、私は、名の知れたベテランのノンフィクション作家か、著名な社会学者の手による労作なのだろうと考えた。

ところが、編纂者として記されていた「神林隆志」という名前をいくら検索しても、該当する人物の情報は一切出てこなかった。それどころか、書名である『遺書図鑑』で検索をかけても、出版情報はおろかブログ記事の記録一件すらヒットしない。

不審に思って巻末の奥付を確認して納得した。ISBNコードもバーコードもない。流通に乗った商業出版ではなく、個人が身銭を切って刷った私家版、いわゆる自費出版物だったのだ。念のため国立国会図書館の蔵書データベースも照会してみたが、同一の書籍は納本されていなかった。ひょっとしたら……と思って、都道府県の公立図書館の蔵書も調べたが、こちらもヒットしなかった。この世に何部存在しているのかすら定かではない、完全な「規格外の書物」である。

思いがけない掘り出し物を手に入れた、と当初の私は密かに歓喜していた。

恥を忍んで明かせば、私には作家になりたいという野心がある。こんな骨太で誰も知らない資料集を手に入れたのだから、他人に教えることなく、自分だけの「秘密のネタ本」として次の執筆に利用してやろう――そう浅ましく考え、貪るようにページをめくり進めていたのだ。

だが、読み進めるうちに、どうしても見過ごすことのできない「一点の異常」に突き当たってしまった。

その違和感に気づいた瞬間、背筋が凍りつくような悪寒が走った。ネタ本にして楽しむなどという呑気な気分は完全に消し飛んだ。どうしても、この編纂者である神林隆志という人物を探し出し、直接コンタクトを取らなければならないという焦燥感に駆られたのだ。しかし前述の通り、奥付に記載された連絡先もすでに使われておらず、私一個人の手では手掛かりが完全に途切れてしまっている。

だから私は、こうしてインターネットの場を借り、本書の全文および掲載されている資料写真(遺書そのもののスキャンデータを含む)を順次テキスト化して公開することに決めた。

この本について何か知っている人、あるいは「神林隆志」という人物の行方に心当たりのある人がいれば、どんな些細な情報でもいいので私に教えてほしい。

当然、あなた方は眉をひそめ、「明白な著作権違反だ」「他人の著作物を無断転載して晒し上げるなど言語道断だ」と私を非難するだろう。作家を志している身である以上、著作権という権利の重さや、創作者の権利を侵害する行為の卑劣さは、痛いほど理解しているつもりだ。法的に弁解の余地がないことも解っている。

それでも、私はこれを公開せずにはいられなかった。

どうか、これから私が順次掲載していく本文と、そこに収められた「死者たちの最後の言葉」を、最初から順を追って目を通してほしい。

読み進めていただければ、私がなぜこれほどの強い違和感を抱いたのか、そしてなぜ、批判やリスクを冒してまでこの本を世間に白日のもとに晒さなければならなかったのか――その理由を、きっと理解してもらえることだろう。


(以下、『遺書図鑑』本文より転載)