鷹山家、本家の書斎。満は肩肘をつきながら、本のページをめくっている。
満「私のことを恨んでいるかい?」
光「いえ。」
満「正直に言っていいんだよ。君の母が死んだのは、確実に私のせいだからね。」
光「母上は心の底から父上を愛してみえました。」
満「同じ道を歩むのが怖かった?」
光「…。」
パタンと本を閉じ、満は顔を上げる。
その時だった。
侍女「満さま、大変です。」
満「何事かな。」
侍女「姫那という女子が…影生みの刀たるものを持ってきたようです。」
満「ほぉ。」
満と光が玄関口に向かうと、青ざめた表情で、姫那が刀を両手に、中に入れてと叫んでいた。
姫那「光さま!私を鷹山家の花嫁として迎えて下さい。ほら、忠誠の証に西園寺家から影生みの刀を持って参りました。お姉ちゃんより、私の方が役に立つでしょう?」
満「これはこれは。君は七塚家の子だね。西園寺家から影生みの刀を持って来てくれるとは。対になった刀が揃うのは何年ぶりかな。」
光「…。」
黙ったままの光に、姫那は媚いる。
姫那「私は光さまのことが、ずっと好きだったんです。女学校で光さまと何度も視線が合って、運命だと思っていましたわ。」
満は何が面白いのかニヤニヤ笑っている。
満「どうする?光。七塚家の縁談は白紙にするつもりだったけど、入れ替えることにしようか。」
光「…分かりました。」
姫那は、ぱあっと顔色を輝かせる。
満「影生みの刀は、とりあえず近場の神社に奉納しておこう。いいかな?姫那ちゃん。」
姫那「ええ、ええ、勿論ですとも。お好きにして構いませんわ。」
光「父上、私から一つ条件があります。」
しがみつく姫那の肩に手を置き、光は言った。
光「唯菜を本家の女中として雇ってやって下さい。」
翌日、光にべったりとくっついて姿を現した姫那に、唯菜は息を呑んだ。
唯菜「西園寺さまと結婚したんじゃなかったの?姫那。」
姫那「私は本当は光さまのことの方が好きだったの。」
姫那は、ふふんと鼻を鳴らす。
光「唯菜は今日から鷹山家の本家に移り、女中として働くように。」
安江「坊ちゃま…本当にそれでよろしいのですか。」
眉根を寄せる安江に、姫那は蹴りを入れたい気持ちだったが、流石にそんなにはしたない真似はできず、表情で嫌悪感をあらわにした。
姫那「お姉ちゃんは幸せになる資格なんてないのよ。せいぜい、私の幸せを見ながら、生涯女中としてこき使われると良いわ。」
ぎゅっと手を握りしめながら、唯菜は声を出した。
唯菜「和菓子屋で働き続けることは、許して頂けないでしょうか。」
姫那「ダメよ。」
光「姫那。」
せいせいした顔で、姫那は言う。
姫那「お姉ちゃんは鷹山家以外の、だぁれの役にも立たないの。」
暗い表情になる唯菜を見て、声高らかに姫那は笑うのだった。
唯菜(全ては私が犯した失態。)
唯菜は顔をあげた。
唯菜(こうなったら——徹底的に女中として働いてやるわ!)
掃除、洗濯、料理、毎日、次々に家事を手際よくこなしていく唯菜を見て、鷹山家の女中たちは思わわず惚れ惚れとしてしまうのだった。
長い廊下を雑巾がけしていると、誰かにぶつかってしまった。
唯菜「痛っ。」
満「愚痴一つこぼさず、よーく働くねぇ。」
湯浴みを済ませ、浴衣姿で腕を組む満の姿がそこにあった。
満「以前、光が大福を差し入れてくれたことがあるんだけど、唯菜ちゃんが作ったんだって?もしよかったら、材料と道具は揃えるから私の為に作ってくれないかな。」
思わぬ申し入れに、唯菜の表情は明るくなった。
唯菜「喜んで!」
その頃、光は悪夢に侵されているようだった。
姫那が離れの質素な装飾を気に入らず、鷹山家の財力を利用してあれやこれやと家具や調度品を買い集めていたのだ。
光「…なんて強欲な女子なんだ。」
と光は頭を抱えていた。姫那は安江の作る料理にもことさら文句をつけるので、安江も頭を抱えることになっていた。
安江「同じ姉妹なのに、こんなにも性分が違うなんて。」
思わずもれたため息に、安江はハッとした。
安江「申し訳ございません、光さまの新しい婚約者さまに向かって失礼な口を聞いてしまって。」
光は苦笑する。
光「本音だろう。七塚家が抱える影が、こんなにも深いものだとは私も思っていなかった。」
安江「最近は女学校に行っていないようですが。そちらは大丈夫で?」
光「姫那をこのまま女学校に通わせるわけにはいかない。私も側を離れるわけにはいかない。まるで悪夢だ。」
そんな二人のやり取りには気づかず、姫那は鼻歌混じりに新しいワンピースを選んでいる。
光は息をはいた。
光「…会いたいな。」
安江「やはり唯菜さまのことが気になりますか。」
光は片眉を上げる。
光「誰に会いたいとは言っていないだろう。母上に会いたい、かもしれない。」
安江はくつくつと笑う。
安江「ごまかすのが下手ですねぇ、坊ちゃまは。唯菜さまは本家で楽しく暮らしているそうですよ。」
光「楽しく?」
安江「ええ。楽しく、です。先日は当主さまのご意向で大福をお作りになられたとか。」
赤色のワンピースを手に取り、姫那は声を上げた。
姫那「光さま!このワンピースに映える真珠のネックレスが欲しいわ。」
光「悪夢は続きそうだ。」
姫那「はっ?」
光「いや、何も。」
満「私のことを恨んでいるかい?」
光「いえ。」
満「正直に言っていいんだよ。君の母が死んだのは、確実に私のせいだからね。」
光「母上は心の底から父上を愛してみえました。」
満「同じ道を歩むのが怖かった?」
光「…。」
パタンと本を閉じ、満は顔を上げる。
その時だった。
侍女「満さま、大変です。」
満「何事かな。」
侍女「姫那という女子が…影生みの刀たるものを持ってきたようです。」
満「ほぉ。」
満と光が玄関口に向かうと、青ざめた表情で、姫那が刀を両手に、中に入れてと叫んでいた。
姫那「光さま!私を鷹山家の花嫁として迎えて下さい。ほら、忠誠の証に西園寺家から影生みの刀を持って参りました。お姉ちゃんより、私の方が役に立つでしょう?」
満「これはこれは。君は七塚家の子だね。西園寺家から影生みの刀を持って来てくれるとは。対になった刀が揃うのは何年ぶりかな。」
光「…。」
黙ったままの光に、姫那は媚いる。
姫那「私は光さまのことが、ずっと好きだったんです。女学校で光さまと何度も視線が合って、運命だと思っていましたわ。」
満は何が面白いのかニヤニヤ笑っている。
満「どうする?光。七塚家の縁談は白紙にするつもりだったけど、入れ替えることにしようか。」
光「…分かりました。」
姫那は、ぱあっと顔色を輝かせる。
満「影生みの刀は、とりあえず近場の神社に奉納しておこう。いいかな?姫那ちゃん。」
姫那「ええ、ええ、勿論ですとも。お好きにして構いませんわ。」
光「父上、私から一つ条件があります。」
しがみつく姫那の肩に手を置き、光は言った。
光「唯菜を本家の女中として雇ってやって下さい。」
翌日、光にべったりとくっついて姿を現した姫那に、唯菜は息を呑んだ。
唯菜「西園寺さまと結婚したんじゃなかったの?姫那。」
姫那「私は本当は光さまのことの方が好きだったの。」
姫那は、ふふんと鼻を鳴らす。
光「唯菜は今日から鷹山家の本家に移り、女中として働くように。」
安江「坊ちゃま…本当にそれでよろしいのですか。」
眉根を寄せる安江に、姫那は蹴りを入れたい気持ちだったが、流石にそんなにはしたない真似はできず、表情で嫌悪感をあらわにした。
姫那「お姉ちゃんは幸せになる資格なんてないのよ。せいぜい、私の幸せを見ながら、生涯女中としてこき使われると良いわ。」
ぎゅっと手を握りしめながら、唯菜は声を出した。
唯菜「和菓子屋で働き続けることは、許して頂けないでしょうか。」
姫那「ダメよ。」
光「姫那。」
せいせいした顔で、姫那は言う。
姫那「お姉ちゃんは鷹山家以外の、だぁれの役にも立たないの。」
暗い表情になる唯菜を見て、声高らかに姫那は笑うのだった。
唯菜(全ては私が犯した失態。)
唯菜は顔をあげた。
唯菜(こうなったら——徹底的に女中として働いてやるわ!)
掃除、洗濯、料理、毎日、次々に家事を手際よくこなしていく唯菜を見て、鷹山家の女中たちは思わわず惚れ惚れとしてしまうのだった。
長い廊下を雑巾がけしていると、誰かにぶつかってしまった。
唯菜「痛っ。」
満「愚痴一つこぼさず、よーく働くねぇ。」
湯浴みを済ませ、浴衣姿で腕を組む満の姿がそこにあった。
満「以前、光が大福を差し入れてくれたことがあるんだけど、唯菜ちゃんが作ったんだって?もしよかったら、材料と道具は揃えるから私の為に作ってくれないかな。」
思わぬ申し入れに、唯菜の表情は明るくなった。
唯菜「喜んで!」
その頃、光は悪夢に侵されているようだった。
姫那が離れの質素な装飾を気に入らず、鷹山家の財力を利用してあれやこれやと家具や調度品を買い集めていたのだ。
光「…なんて強欲な女子なんだ。」
と光は頭を抱えていた。姫那は安江の作る料理にもことさら文句をつけるので、安江も頭を抱えることになっていた。
安江「同じ姉妹なのに、こんなにも性分が違うなんて。」
思わずもれたため息に、安江はハッとした。
安江「申し訳ございません、光さまの新しい婚約者さまに向かって失礼な口を聞いてしまって。」
光は苦笑する。
光「本音だろう。七塚家が抱える影が、こんなにも深いものだとは私も思っていなかった。」
安江「最近は女学校に行っていないようですが。そちらは大丈夫で?」
光「姫那をこのまま女学校に通わせるわけにはいかない。私も側を離れるわけにはいかない。まるで悪夢だ。」
そんな二人のやり取りには気づかず、姫那は鼻歌混じりに新しいワンピースを選んでいる。
光は息をはいた。
光「…会いたいな。」
安江「やはり唯菜さまのことが気になりますか。」
光は片眉を上げる。
光「誰に会いたいとは言っていないだろう。母上に会いたい、かもしれない。」
安江はくつくつと笑う。
安江「ごまかすのが下手ですねぇ、坊ちゃまは。唯菜さまは本家で楽しく暮らしているそうですよ。」
光「楽しく?」
安江「ええ。楽しく、です。先日は当主さまのご意向で大福をお作りになられたとか。」
赤色のワンピースを手に取り、姫那は声を上げた。
姫那「光さま!このワンピースに映える真珠のネックレスが欲しいわ。」
光「悪夢は続きそうだ。」
姫那「はっ?」
光「いや、何も。」



