光「唯菜。」
名前を呼ばれ、唯菜は前を見た。
唯菜「光さま。」
光「付いてくるなと何度言えば分かるんだ。」
刀を振り払い、鞘に収める光。唯菜は再び後ろを振り向いた。そこに神楽の姿はない。
唯菜「命が削られてるって、本当ですか?」
光「…は?」
唯菜「さっき、西園寺さまがここにいました。そして教えて下さいました。」
光「西園寺…。」
唯菜は光に詰め寄る。
唯菜「答えて下さい!答えられないのですか?」
光は沈黙したままだった。
それから唯菜は部屋に籠り、昼夜問わずずっと泣いていた。
安江「唯菜さま、せめてお食事はとって下さい。体に障ります。」
心配する安江の隣で、光は黙ったまま腕を組んでいた。
出かけ際、玄関にて。
光「唯菜から目を離さないように。私も今日は早く帰ってくるつもりだ。」
安江「ええ、ええ。どうかお気をつけて。」
神楽「唯菜さん。」
優し気な声。信じられないことに、嗚咽する唯菜の枕元に立っていたのは——神楽だった。気づいた唯菜は目を真っ赤にして、状況が飲み込めずにいた。どうして神楽がここにいるのか、疑問に思いながらも幻覚だとは思えない。
神楽「影切りの刀さえなければ、光殿は長生きできますよ。愛する人が自分より先に死んでいくことに、貴方は果たして耐えられますか?」
目をこすって、その姿を再確認しようと顔を上げた唯菜だったが、そこに神楽の姿はなかった。
光「ただいま帰った。」
安江「お帰りなさいませ。」
光「唯菜の様子はどうだ?」
安江「相変わらずでして。」
光「入るぞ、唯菜。」
すっと障子が開く音がする。光はまじまじと唯菜を見つめていたが、勢いよく布団を引きはがすと、顔と顔を近づけた。泣き疲れたように目を細める唯菜に胸が鷲掴みにされたような感覚に陥る光。
そっと、唇を重ねた。
光の腕の中で、唯菜は声を震わせた。
唯菜「怖い夢を見ます。光さまが、私よりも先に死んでしまう夢です。」
光「影に近寄り過ぎるからだ。余計な心配は無用だ。」
唯菜「では、西園寺さまが言っていたことは真実ではないと?」
光「…ああ。そもそも、西園寺はあの場にいなかっただろう?唯菜の幻覚だ。」
唯菜「私は最近、幻覚をよく見てしまうようです。」
光「医者に診てもらうか?」
唯菜「光さまがずっと傍にいて下さるなら——大丈夫です。」
安堵したように、唯菜は眠りに陥った。
しかし、その夜、唯菜は夢にうなされることになった。
母「唯菜。愛してる。」
母が死んでいく夢だ。
唯菜(いかないで、お母さま。私を一人ぼっちにしないで——。)
飛び起きると真夜中だった。隣には光の姿がある。今夜は外に出かけていないようだ。そして枕元には、刀が置かれていた。
唯菜(これが、裏切りなってしまったとしても。)
意を決したように刀を手に取ると、唯菜は鷹山家を飛び出した。
向かったのは、西園寺家。
息を切らして、うずくまる唯菜に、誰かが手を叩いていた。
神楽「貴方なら、影切りの刀をここに持ってきてくれるだろうと、予感していましたよ。」
唯菜は手にしていた刀を神楽に渡そうとした——その時。
満「我が家の家宝を他家に渡すわけにはいかないな。」
何処から後をつけていたのか、満の姿があった。その更に後ろには、光の姿も。
満「唯菜ちゃん、自分がしようとしていた事に自覚はあるのかな。」
目を細める満に、唯菜は動揺を隠せない。神楽はチッと舌打ちすると、屋敷の中へと姿をくらました。
満「めんどくさいなぁ。光に全部滅多切りしてもらうのが一番早いんだけど。そういう訳にもいかないみたいだし。」
唯菜から影切りの刀を取り上げ、光へと投げ渡す。光は至って平然として刀を受け取る。
満「うーん…。影生みの屋敷って、意識すればするほど思った以上に影が濃いんだなぁ。これでは確かに、ねぇ…。」
と満はよく分からない独り言をぶつぶつと繰り返している。
唯菜は恐る恐る光の表情を伺った。怒っているようではなかった。ただ何処か、悲し気な表情を浮かべていた。
満「ま、手をつけられない状態ならば、今はどうすることもできないね。問題は、唯菜ちゃんの処分だけど。」
ドクンドクンと心臓の音が高鳴った。鷹山家の家宝を、盗み出して他家に渡そうとしたのだ。それ相応の処分が下っても文句は言えない。
満「光はどう思う?」
光「…唯菜に、影切りの刀の代償の話をしなかったのは、私の責任です。」
満「で?話したところで、唯菜ちゃんは同じ道を選んだんじゃないかな。」
光「それは…。」
満「甘いよ。甘過ぎる。これでは、鷹山家の時期当主の荷は果たせない。ある程度意図したものだとしても、酌量の余地はないね。」
唯菜「…守りたかったんです。」
満「守りたかった?」
唯菜「光さまの命が削られていると知り、光さまに少しでも長生きしてほしいと私は願いました。」
満「あのさぁ。」
満はぽりぽりと頭をかく。
満「それって、唯菜ちゃんが自分で自分を守りたかっただけじゃないの?光に先立たれて、一人ぼっちになるのが怖いから。これ以上自分が傷つくのが怖いから。違う?」
返す言葉がなかった。
満「二人の縁談は、取り消しだね。」
名前を呼ばれ、唯菜は前を見た。
唯菜「光さま。」
光「付いてくるなと何度言えば分かるんだ。」
刀を振り払い、鞘に収める光。唯菜は再び後ろを振り向いた。そこに神楽の姿はない。
唯菜「命が削られてるって、本当ですか?」
光「…は?」
唯菜「さっき、西園寺さまがここにいました。そして教えて下さいました。」
光「西園寺…。」
唯菜は光に詰め寄る。
唯菜「答えて下さい!答えられないのですか?」
光は沈黙したままだった。
それから唯菜は部屋に籠り、昼夜問わずずっと泣いていた。
安江「唯菜さま、せめてお食事はとって下さい。体に障ります。」
心配する安江の隣で、光は黙ったまま腕を組んでいた。
出かけ際、玄関にて。
光「唯菜から目を離さないように。私も今日は早く帰ってくるつもりだ。」
安江「ええ、ええ。どうかお気をつけて。」
神楽「唯菜さん。」
優し気な声。信じられないことに、嗚咽する唯菜の枕元に立っていたのは——神楽だった。気づいた唯菜は目を真っ赤にして、状況が飲み込めずにいた。どうして神楽がここにいるのか、疑問に思いながらも幻覚だとは思えない。
神楽「影切りの刀さえなければ、光殿は長生きできますよ。愛する人が自分より先に死んでいくことに、貴方は果たして耐えられますか?」
目をこすって、その姿を再確認しようと顔を上げた唯菜だったが、そこに神楽の姿はなかった。
光「ただいま帰った。」
安江「お帰りなさいませ。」
光「唯菜の様子はどうだ?」
安江「相変わらずでして。」
光「入るぞ、唯菜。」
すっと障子が開く音がする。光はまじまじと唯菜を見つめていたが、勢いよく布団を引きはがすと、顔と顔を近づけた。泣き疲れたように目を細める唯菜に胸が鷲掴みにされたような感覚に陥る光。
そっと、唇を重ねた。
光の腕の中で、唯菜は声を震わせた。
唯菜「怖い夢を見ます。光さまが、私よりも先に死んでしまう夢です。」
光「影に近寄り過ぎるからだ。余計な心配は無用だ。」
唯菜「では、西園寺さまが言っていたことは真実ではないと?」
光「…ああ。そもそも、西園寺はあの場にいなかっただろう?唯菜の幻覚だ。」
唯菜「私は最近、幻覚をよく見てしまうようです。」
光「医者に診てもらうか?」
唯菜「光さまがずっと傍にいて下さるなら——大丈夫です。」
安堵したように、唯菜は眠りに陥った。
しかし、その夜、唯菜は夢にうなされることになった。
母「唯菜。愛してる。」
母が死んでいく夢だ。
唯菜(いかないで、お母さま。私を一人ぼっちにしないで——。)
飛び起きると真夜中だった。隣には光の姿がある。今夜は外に出かけていないようだ。そして枕元には、刀が置かれていた。
唯菜(これが、裏切りなってしまったとしても。)
意を決したように刀を手に取ると、唯菜は鷹山家を飛び出した。
向かったのは、西園寺家。
息を切らして、うずくまる唯菜に、誰かが手を叩いていた。
神楽「貴方なら、影切りの刀をここに持ってきてくれるだろうと、予感していましたよ。」
唯菜は手にしていた刀を神楽に渡そうとした——その時。
満「我が家の家宝を他家に渡すわけにはいかないな。」
何処から後をつけていたのか、満の姿があった。その更に後ろには、光の姿も。
満「唯菜ちゃん、自分がしようとしていた事に自覚はあるのかな。」
目を細める満に、唯菜は動揺を隠せない。神楽はチッと舌打ちすると、屋敷の中へと姿をくらました。
満「めんどくさいなぁ。光に全部滅多切りしてもらうのが一番早いんだけど。そういう訳にもいかないみたいだし。」
唯菜から影切りの刀を取り上げ、光へと投げ渡す。光は至って平然として刀を受け取る。
満「うーん…。影生みの屋敷って、意識すればするほど思った以上に影が濃いんだなぁ。これでは確かに、ねぇ…。」
と満はよく分からない独り言をぶつぶつと繰り返している。
唯菜は恐る恐る光の表情を伺った。怒っているようではなかった。ただ何処か、悲し気な表情を浮かべていた。
満「ま、手をつけられない状態ならば、今はどうすることもできないね。問題は、唯菜ちゃんの処分だけど。」
ドクンドクンと心臓の音が高鳴った。鷹山家の家宝を、盗み出して他家に渡そうとしたのだ。それ相応の処分が下っても文句は言えない。
満「光はどう思う?」
光「…唯菜に、影切りの刀の代償の話をしなかったのは、私の責任です。」
満「で?話したところで、唯菜ちゃんは同じ道を選んだんじゃないかな。」
光「それは…。」
満「甘いよ。甘過ぎる。これでは、鷹山家の時期当主の荷は果たせない。ある程度意図したものだとしても、酌量の余地はないね。」
唯菜「…守りたかったんです。」
満「守りたかった?」
唯菜「光さまの命が削られていると知り、光さまに少しでも長生きしてほしいと私は願いました。」
満「あのさぁ。」
満はぽりぽりと頭をかく。
満「それって、唯菜ちゃんが自分で自分を守りたかっただけじゃないの?光に先立たれて、一人ぼっちになるのが怖いから。これ以上自分が傷つくのが怖いから。違う?」
返す言葉がなかった。
満「二人の縁談は、取り消しだね。」



