影に咲く恋、光に散る命【シナリオ】

光と共に実家に出向いた唯菜は、これまで見たこともない上機嫌な父を目の前にただ頭を下げるしかなかった。
父「いやぁ。鷹山家の次期当主と七塚家の娘が縁談を結べるとは。」
光「すぐにでも結納金を納めさせて頂きます。」
部屋の片隅で悔しそうに歯ぎしりする姫那の視線に、唯菜は見て見ぬふりをした。

その足で街の問屋を訪れると、唯菜はそれまでの憂鬱さが吹き飛ぶくらいに目を丸くして喜んだ。色とりどりの反物がずらりと並べられていたのだ。
光「唯菜の好みは唯菜自身が一番よく知っているだろう。好きな柄、好きな色を選ぶと良い。全て着物に仕立ててもらおう。」
唯菜「どれも素敵です!」
はしゃぐ唯菜を横目に、光はふっと笑みを漏らした。

濃紺地に、銀糸で露の文様を縫い取った着物を身に着けた唯菜は、緊張のあまり汗ばむのを隠せなかった。
光「そんなに気を張らなくても大丈夫だ。父上は私よりずっと温厚で話しやすい人だ。」
鷹山家の本家は光が住んでいる離れよりもずっと広く、豪奢だった。庭には滝が流れ、多くの女中が常に忙しなく働いているようだった。
侍女「当主さまがお見えです。」
光と共に深々と頭を下げていると、穏やかな声が落ちてきた。
満「顔を上げなさい。」
四十代くらいの男性だろうか。白髪交じりの長い髪を一つに束ね、光の父なだけあって何処か品の良さを感じさせる。
光「この度、唯菜を妻として迎えることをお許し頂き大変嬉しく思っています。」
満「可愛い子だね。正式な儀はいつ頃行う予定なのかな。」
光「恥ずかしながら、梅雨の季節は私の体調が優れないことが多いため、初夏を意識しています。」
満「そう。」
満の視線が、唯菜に向けられる。
満「ところで、唯菜ちゃんは光の仕事についてどのような見解を持っているのかな。」
影切りのことだと唯菜はすぐに察した。
唯菜「大変、美しい職だと感じています。」
満「美しい?」
満は思わず声を上げて笑った。
唯菜(何かおかしなことを言ってしまっただろうか。)
満「美しい、ねぇ。光、仕事のことはちゃんと唯菜ちゃんに説明した方が良いかと思うよ。伴侶となる人には、表も裏も全て知っておいてもらうべきだ。」
唯菜(表と裏?)
満「光が女学校でどの女子にも目もくれず、見つけてきた花嫁が影切りを“美しい”と表現するとは。参ったな。」
光「それについては、時を見計らってと思っていました。」
満「ふぅん。隠し通そうとしてた訳ではないんだ。」
光「勿論です。」
唯菜(光さまは私に何か隠し事をしている…?)
満「まぁ、いいや。二人が幸せになってくれるなら私としてはそれが本望だ。唯菜ちゃんも、影切りという生業については追々知っていけば良いと思うよ。光がそれを望んでいるのだから。」
よいしょと声を上げて立ち上がり、満は部屋を後にした。

光「やはり、唯菜が作った味噌汁は美味い。」
安江「あら。私の作った味噌汁は不味かったと?失礼ですわねぇ。」
安江はそんなことを言いつつも、何処か嬉しそうだ。唯菜も味噌汁をすすっていたが、箸を置くと、姿勢を正して光を真っ直ぐに見つめた。
光「どうした。」
唯菜「影切りという生業に、何か秘密があるんですか?」
光「…。」
気まずそうに視線を逸らす光に、唯菜は詰め寄った。安江は察したように部屋を出て行く。
唯菜「私に隠し事をしないで下さい。夫婦になって下さるんでしょう?」
光「まだ早すぎる。」
唯菜「早いも遅いもありません。私は今知りたいのです。」
ため息をつき、光は唯菜を押し倒した。茶碗に乗っていた味噌汁が辺りにこぼれた。
上に乗られると、何とも気まずい。
光「本当に覚悟ができているのか?できていないだろう?」
唯菜は返す言葉が見つからなかった。
光「…そんなに怯えるな。私は焦ってはいない。」
光は身を起こし、髪を払った。唯菜はがたがたと震えていた。その様子を見て、光はため息をつく。
光「悪かった。そんなに怖がらせるつもりはなかったんだ。」
唯菜の腕をつかみ、起き上がらせると同時に腕の中に抱く。
光「私も唯菜と同じで心の準備ができていないんだ。分かってくれるな?」
光の温もりを感じると涙が滲んだ。
唯菜「いつか包み隠さず私に話してくれると誓って下さいますか。」
光「ああ。勿論だ。」
光は唯菜とゆっくりと顔を近づける。刹那、
安江「坊ちゃま!」
と、とんだタイミングで安江が部屋に戻って来た。
安江「家の玄関まで影が迫っています。この安江、何とかしようと街で売っていたお札を使って払おうとしたのですが、どうにもこうにも影は引いてくれません。」
光「お札?馬鹿か。そんなものが通じるわけないだろう。」
安江「魔除けとして、今流行ってるんです。」
光「そんな便利なものがあれば、私も影切りなどという仕事とうに捨てている。」
やれやれと刀を手に取り、光は立ち上がる。
光「最近、正直さぼっていたからな。」
安江「雨続きでしたもの。しょうがありません。」
光「唯菜。」
穏やかに微笑みを浮かべる光。
光「行ってくる。だが、必ずここに帰ってくる。私と唯菜の居場所はいつだって同じだ。」
唯菜「…はい。」
いつか、光さまの全てを知りたい。