影に咲く恋、光に散る命【シナリオ】

光の家は、鷹山女学校に隣接していた。光は母屋ではなく離れに、侍女の安江という老婆と一緒に住んでいるようだった。風呂に入れてもらい、髪を乾かしている唯菜に、安江は真新しい着物と帯を差し出した。薄桃色で統一されていた。
唯菜「可愛い…。」
安江「坊ちゃまが自ら出向いて買って来たものですのよ、帯を結ぶのを手伝いますね。」
着替えが終わり居間へと通されると、そこにはいかにもくつろいだ様子の光が寝そべっていた。
光「…悪かったな。」
唯菜「え?」
光は体を起こし、唯菜と向かい合う。
光「女学校で陰湿なイジメを受けているとは知らなかった。そんなことが起きているとも知らなかった。担任は卵を無造作に扱うからと言い訳していたが、本当の所は違うのだろう?」
唯菜「…。」
何と返したらいいのか分からなかった。
黙り込む唯菜を見て、光は手を伸ばし、そっとその頬に触れた。
光「私は唯菜が好きだ。」
突然の告白だった。
光「唯菜を鷹山女学校に通わせれば、その笑顔がもっと見れるものだと思っていた。今の時代、良いお嫁さんになる為には女学校に通うのが普通だし、唯菜もそれを望んでくれるものだと思い込んでいた。」
唯菜「身分相応ではなかっただけです。」
光「そんなことはない。いっそのこと、私の元へ嫁いでこないか?」
唯菜「…はい?」
光「七塚家に縁談を申し込み、結納金も納めて、正式に私の妻になるということだ。」
唯菜「ちょ、ちょっと待って下さい。」
光「私も世帯を持ってもおかしくない年だしな。」
唯菜「私が光さまの妻に…?」
光「勿論、七塚家の方が居心地が良いとか、女学校に戻りたいとかなら話は別だが?」
唯菜「そ…それは…その…。」
茶と和菓子を持ってきた安江がくつくつと笑う。
安江「坊ちゃま、気がせいておりますよ。」
光は少しだけムッとした表情になった。
安江「せっかちな所、独占欲が強い所は、誰にも変えられませんねぇ。」
光「余計なお世話だ。どう思う、唯菜。」
唯菜「えぇ…どうと言われましても。」
自分は七塚家で下働きをして一生を終えるものだと、つい最近までそう思い込んでいた。自分に縁談の話が来るなど考えもしていなかった。でも確かに、光の言う通りだ。女学校は良いお嫁さんになる為に通う場所のはずだ。
光「まだ少し用事が残っている。唯菜は今日はこの家に泊まっていけ。安江、布団だけ準備しておいてやってくれ。」
安江「はいはい。」
そこで光はいたずらに瞳を輝かせて、ずいと唯菜に顔を近づけた。
光「美味しい夕食を期待している。」
それだけ言い残し、光は家を出て行ってしまった。
唯菜「私、光さまの好物知らないんですけど。」
いつも自分が作って来たお弁当を好んで食べているのは知っていたが、そもそも何の具材が好きなのかまでは知らなかった。
安江「そうですねぇ。肉じゃが、魚の塩焼き、大根の入った味噌汁とか素朴な味がお好みですよ、坊ちゃまは。野菜は揃っていますが、肉や魚は買いに行かないといけませんねぇ。」
唯菜「私が商店街で買ってきますね。お肉は牛肉でしょうか。魚は鯖で良いですよね。」
安江「これはこれは。いいお嫁さんが嫁いでくることになりそうで。」
唯菜「はは。」
唯菜は苦笑するしかなかった。

気分転換もかねて、唯菜は食材探しに商店街を回った。
しかし、そこで思わぬ人物に会うことになった。
姫那「あらぁ。見たことのある人だと思えばお姉ちゃんじゃない。女学校を追い出されたって本当?それにしては随分と品のあるいい着物を着てるわね。」
神楽「へぇ。この人が君のお姉さんか。」
隣に立つ男性は、丸眼鏡をかけ、何処か謎めいた雰囲気を醸し出していた。
神楽「僕は姫那さんの婚約者の西園寺神楽です。」
唯菜「婚約者…?姫那、結婚するの?」
姫那はここぞとばかりにふんぞり返り、鼻の孔を膨らませる。
姫那「私は七塚家の娘だもの。西園寺さまに告白されて、断る理由などないわ。私は幸せになるのよ。」
唯菜(幸せになる、か。)
幸せになるとは自分には程遠いことと思えた。
唯菜(でも、もし光さまと結婚したら、私も幸せになれるのだろうか。)
はっきりとした確信は持てない。
姫那「行きましょ、西園寺さま。日が暮れちゃう。」
姫那の言う通りでとうに日は暮れ、空は橙色に染まろうとしていた。

唯菜が手際よく仕上げた夕食を前に、光は満足気だった。大根と油揚げの入った味噌汁をすすり、鯖の塩焼きを箸でつまんでそっと口に運ぶ。
光「どれも美味しい。」
と光は微笑む。
安江「んまぁ。唯菜さまの手料理にはこの安江、敵いませんわ。」
唯菜は照れ臭そうにもじもじしていた。

布団の中で丸まっていると、夜中ふと目が覚めた唯菜。戸口で安江の声が聞こえる。
安江「お坊ちゃま、お気をつけて。刀を振るうのは、最低限に。」
光「分かっている。」
光が出て行ったのを確認して、唯菜は安江に声をかけた。
唯菜「あの、光さまはどちらへ?」
安江「…起こしてしまいましたか。坊ちゃまは校庭に行かれました。」
鷹山女学校は目と鼻の先。裏口から校舎を入ってすぐの場所、桜の木の下で。
刀を抜き、影を裂き、花弁と戯れる光の姿が——そこにあった。