桜咲く春。
鷹山女学校の高等部に、唯菜は入学することになった。学費は全て学校側が負担し、七塚家には多額の援助金が振り込まれた。新しい花柄の衣に紺色の袴を用意して家を訪れた光に対し、唯菜は何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
唯菜(どうしてこの人は私に…こんなにも尽くしてくれるのだろう。)
登校して初めて知ったのが、光は鷹山女学校の理事長の息子だということだった。その見目麗しい容姿から、女学生の間からは「光の君」と呼ばれていた。
光「学校の居心地はどうだ?」
唯菜「悪くない、です。」
光「友人はできたか?」
唯菜「それは、まだ…。」
光「まぁ、これから、か。」
唯菜「はい…ところで、」
光「お弁当、持ってきたか?」
片眉を上げ、光はいたずらに瞳を輝かせる。
唯菜「も、もしかして…。」
光「ああ、そのもしかしてだ。」
他の女学生の視線が突き刺さる中、唯菜と光は校庭のベンチに座りお弁当を交換する。もはやこれが日常と化していた。
唯菜(これはこれで、十分に美味しそうなお弁当なんだけど。)
光「ああ、安江の作る料理は決して下手ではない。」
唯菜「心の声聞こえてました!?」
光「いや、何となく。」
光は笑顔を弾けさせているが、唯菜には、光と食べる昼食時間を楽しむ余裕などなかった。他の学生のヒソヒソ声が嫌でも耳に入ってくるからだ。
女学生「見て。また一緒にいるわよ。」
女学生「身分相応という言葉が分からないのかしら。」
女学生「光の君が穢れるわ。」
唯菜(光さまには聞こえていないのかしら。)
デザートに入っていた黒蜜のかかったわらび餅を食べ終わると、唯菜は箸を置いた。
唯菜「次の授業時間も迫っていますので、これで。」
正直、あまり光と時間を共にしたいとは思えなかった。
教師「Miss Yuina, what animal do you like?」
唯菜「…分かりません。」
これまで一度も勉強らしき勉強をしてこなかった唯菜にとって、高等部の女学校の授業に全くついていけないのは当然だった。教師はため息をつく。
教師「座りなさい。」
周囲の態度は冷ややかだった。
女学生「こんな簡単な英文も分からないなんて。」
そんな言葉が嫌でも耳に入ってくる。
唯菜(…情けない。)
そんな場面で、ふと教室の出入り口から助け船が入った。
光「I think she likes cats.」
思わぬ光の君の登場で、教室内が一気に騒めき立つ。
教師「Be quiet!」
唯菜が顔を上げると、光は穏やかに微笑んでいた。
光「Sir, may I borrow her?」
教師「Yes, of course.」
光は教室内に入ってくると、唯菜の手をとった。
光「おいで。」
校庭の桜の木の下で、二人腰を降ろす。
光「外国語の授業は、あまり楽しそうではないな。」
唯菜「私の努力が足りないだけです。」
光「私が教えてあげようか?」
まじまじと見つめられると、頬が赤く染まるのを隠せない。
唯菜は顔を逸らした。
唯菜「大丈夫です。」
光「そうか?心配なんだが。でも唯菜は料理が上手だから、家事の授業ではきっと実力を発揮できるだろうな。」
唯菜「あの…光さまって、」
光「“さま”は要らない。」
学校内で“さま”を付けずに呼んだら、周囲からどんな誤解を招くだろうか。
唯菜「…光さまと呼ばせて下さい。」
光「そんなこだわるとこか?」
唯菜「それより、いいんですか。」
光「何が。」
唯菜「光さまは軍人でしょう?毎日毎日学校内をうろうろしてて、いいのかなって。」
光「唯菜を外っておけないから。」
唯菜の手を取り、指をからめる。
唯菜「か…からかってるんですか!?」
思わずその手を払いのけてしまった。
そんな様子の唯菜を見て、光はふっと微笑む。
光「うん。ちょっとからかってみた。」
長い黒髪をかき上げる。
光「本当は、それが仕事だからだ。父に頼まれているんだ。学校内の秩序を守るようにっと」
唯菜「刀、必要なんですか。」
光「必要だ。切る時は切る。」
ちょっとよく分からない。光が女学生の喧嘩に割って入って、わざわざ刀を抜く所は想像し難い。
唯菜(とことん謎な人だなぁ。)
光「そろそろ次の授業の時間だ。家事だ、頑張って。」
光に励まされ、唯菜は少しだけ元気になれた気がした。
唯菜「はいっ!」
その日の家事の授業内容は、卵焼きの作り方についてだった。
唯菜は自信満々だった。光の言う通り、実力を発揮できる所かもしれない。
しかし予想外のことが起こった。
光と親しくしている所を快く思わなかった女学生が、卵を投げつけてきたのだ。
教師「何をしている!?」
担任の教師が教室に入って来た時、唯菜は黄身と白身でベタベタで卵は一つも残っていなかった。女学生は悪びれる様子も見せなかった。
教師「問題ばかり起こす生徒とは…。出て行きなさい!」
と言われたのは、理不尽にも唯菜の方だった。
校庭の水飲み場で顔を洗っていると、怒りよりも悲しみが勝った。ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
光「…唯菜?」
顔を上げると、光が立ち尽くしていた。
鷹山女学校の高等部に、唯菜は入学することになった。学費は全て学校側が負担し、七塚家には多額の援助金が振り込まれた。新しい花柄の衣に紺色の袴を用意して家を訪れた光に対し、唯菜は何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
唯菜(どうしてこの人は私に…こんなにも尽くしてくれるのだろう。)
登校して初めて知ったのが、光は鷹山女学校の理事長の息子だということだった。その見目麗しい容姿から、女学生の間からは「光の君」と呼ばれていた。
光「学校の居心地はどうだ?」
唯菜「悪くない、です。」
光「友人はできたか?」
唯菜「それは、まだ…。」
光「まぁ、これから、か。」
唯菜「はい…ところで、」
光「お弁当、持ってきたか?」
片眉を上げ、光はいたずらに瞳を輝かせる。
唯菜「も、もしかして…。」
光「ああ、そのもしかしてだ。」
他の女学生の視線が突き刺さる中、唯菜と光は校庭のベンチに座りお弁当を交換する。もはやこれが日常と化していた。
唯菜(これはこれで、十分に美味しそうなお弁当なんだけど。)
光「ああ、安江の作る料理は決して下手ではない。」
唯菜「心の声聞こえてました!?」
光「いや、何となく。」
光は笑顔を弾けさせているが、唯菜には、光と食べる昼食時間を楽しむ余裕などなかった。他の学生のヒソヒソ声が嫌でも耳に入ってくるからだ。
女学生「見て。また一緒にいるわよ。」
女学生「身分相応という言葉が分からないのかしら。」
女学生「光の君が穢れるわ。」
唯菜(光さまには聞こえていないのかしら。)
デザートに入っていた黒蜜のかかったわらび餅を食べ終わると、唯菜は箸を置いた。
唯菜「次の授業時間も迫っていますので、これで。」
正直、あまり光と時間を共にしたいとは思えなかった。
教師「Miss Yuina, what animal do you like?」
唯菜「…分かりません。」
これまで一度も勉強らしき勉強をしてこなかった唯菜にとって、高等部の女学校の授業に全くついていけないのは当然だった。教師はため息をつく。
教師「座りなさい。」
周囲の態度は冷ややかだった。
女学生「こんな簡単な英文も分からないなんて。」
そんな言葉が嫌でも耳に入ってくる。
唯菜(…情けない。)
そんな場面で、ふと教室の出入り口から助け船が入った。
光「I think she likes cats.」
思わぬ光の君の登場で、教室内が一気に騒めき立つ。
教師「Be quiet!」
唯菜が顔を上げると、光は穏やかに微笑んでいた。
光「Sir, may I borrow her?」
教師「Yes, of course.」
光は教室内に入ってくると、唯菜の手をとった。
光「おいで。」
校庭の桜の木の下で、二人腰を降ろす。
光「外国語の授業は、あまり楽しそうではないな。」
唯菜「私の努力が足りないだけです。」
光「私が教えてあげようか?」
まじまじと見つめられると、頬が赤く染まるのを隠せない。
唯菜は顔を逸らした。
唯菜「大丈夫です。」
光「そうか?心配なんだが。でも唯菜は料理が上手だから、家事の授業ではきっと実力を発揮できるだろうな。」
唯菜「あの…光さまって、」
光「“さま”は要らない。」
学校内で“さま”を付けずに呼んだら、周囲からどんな誤解を招くだろうか。
唯菜「…光さまと呼ばせて下さい。」
光「そんなこだわるとこか?」
唯菜「それより、いいんですか。」
光「何が。」
唯菜「光さまは軍人でしょう?毎日毎日学校内をうろうろしてて、いいのかなって。」
光「唯菜を外っておけないから。」
唯菜の手を取り、指をからめる。
唯菜「か…からかってるんですか!?」
思わずその手を払いのけてしまった。
そんな様子の唯菜を見て、光はふっと微笑む。
光「うん。ちょっとからかってみた。」
長い黒髪をかき上げる。
光「本当は、それが仕事だからだ。父に頼まれているんだ。学校内の秩序を守るようにっと」
唯菜「刀、必要なんですか。」
光「必要だ。切る時は切る。」
ちょっとよく分からない。光が女学生の喧嘩に割って入って、わざわざ刀を抜く所は想像し難い。
唯菜(とことん謎な人だなぁ。)
光「そろそろ次の授業の時間だ。家事だ、頑張って。」
光に励まされ、唯菜は少しだけ元気になれた気がした。
唯菜「はいっ!」
その日の家事の授業内容は、卵焼きの作り方についてだった。
唯菜は自信満々だった。光の言う通り、実力を発揮できる所かもしれない。
しかし予想外のことが起こった。
光と親しくしている所を快く思わなかった女学生が、卵を投げつけてきたのだ。
教師「何をしている!?」
担任の教師が教室に入って来た時、唯菜は黄身と白身でベタベタで卵は一つも残っていなかった。女学生は悪びれる様子も見せなかった。
教師「問題ばかり起こす生徒とは…。出て行きなさい!」
と言われたのは、理不尽にも唯菜の方だった。
校庭の水飲み場で顔を洗っていると、怒りよりも悲しみが勝った。ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
光「…唯菜?」
顔を上げると、光が立ち尽くしていた。



