影に咲く恋、光に散る命【シナリオ】

安江「唯菜さまは、屋敷にお戻りになられてはいませんよ。」
光「…何処に行ったんだ。」
思わず光は壁に自分の拳を強く打ち付ける。
安江「きっと、坊ちゃまが行かれる先が、唯菜さまの行かれる先です。」
光「は?」
安江「この時間帯、坊ちゃまなら何処へ向かわれますか?」
光「まさか…。」

校庭の桜の木の下で、唯菜は泣きじゃくっていた。
唯菜(姫那を助けられなかった。天国のお母さまに何て言えばいいの。)
その時、
謎の声『お前も死ね。』
と謎の声がした。顔を上げると、真っ黒な影が大蛇のように形をなし、唯菜に襲い掛かろうとしていた。唯菜は手を伸ばす。
刹那。光の閃光が散った。
謎の声『ううっ…。』
影は散らばり、大蛇の姿は消えていく。
長い黒髪を夜風になびかせ、振り向いた光。
唯菜「光さま。」
その姿は、やはり美しかった。
光「怪我はないか、唯菜。」
その優しい声を聞き、唯菜の瞳に再び涙が溢れた。
唯菜「姫那を救えなかった。光さまを一人で戦わせてしまった。刀を盗み出したあの日も。西園寺家を飛び出した今日も。今この瞬間も。私は何一つ守れていない…!私に生きる価値などないのよ!」
光は思わず唯菜を強く抱きしめる。
唯菜「うっ…う。」
光「唯菜が生きていてくれた、それだけで私は良かった。」
唯菜と向き合い、そっと両手を頬にあてがうと唇を押さえつける光。
光「帰ろう。」
しとしとと雨が降ろうとしていた。

安江「お二人とも濡れてしまって。風邪を引いたら大変です。」
光「唯菜を先に風呂に入れて温めてやってくれ。」
平然を装っていた光だが、一人書斎へ行くとその場に倒れ込み苦しそうに息をあらげた。
光「くそっ。…雨が降って来ただけなのに。」

唯菜「安江さん、お風呂気持ち良かったです。光さまはどちらに?」
安江「…坊ちゃまは部屋に籠っておいでです。雨降る夜ですから。」
唯菜「書斎ですか?」

床の中で苦しそうにうなされている光の手をとり、唯菜は声をかけた。
唯菜「光さま、大丈夫ですか。」
光「…心配するな。いつものことだ。」
天井を見上げる光の額には汗が滲んでいる。
光「やはり、唯菜は守姫にはなるな。」
唯菜「何故そのようなことを?」
光「私の父も、以前は影切りの刀を振るっていた。母は唯菜と同じ神代家の血筋を引く守姫だったが…早くに亡くなった。私が死ぬ前に、渡しておきたいものがある。」
唯菜「縁起でもないことを言わないで下さい。」
光はかすかに微笑み、唯菜の手に一つの勾玉を握らせた。
光「姫那を斬った時、体内から出てきたものだ。これを取り出せれば、姫那を救うことは出来たかもしれない。すまない。」
ぜえぜえと光の息が荒くなる。
光「一人にしてくれ。」

台所であんこを餅で包みながら、暗い表情をしている唯菜に、安江は努めて明るく声をかけた。
安江「坊ちゃまなら、大丈夫ですよ。」
満「うんうん。大丈夫、我が息子だ。そんな簡単に死ぬような器じゃ困る。」
突然の満の登場に、唯菜は驚く。
安江「大福の材料を揃えておくように提案して下さったのは、満さまなんですよ。」
満「雲行きが怪しかったからね。一つ味見させてもらってもいいかな。」
できたての大福を口にして、
満「これは美味い。」
と満足気な満。
満「光にも食べさせてあげてね、きっと体調も良くなるはずだ。」
唯菜「満さまは…以前、影切りの刀を振るわれていたんですか。」
満「うん。そうだよ。」
唯菜「奥さまは早くに亡くなられたと…。」
満「守姫だったからね。仕方がない。本人も納得の上だった。」
唯菜「満さまは…どのような心境でしたか。奥さまを亡くされて。」
満「そりゃ悲しかったよ。でもいつまでも悲しみに暮れている場合ではない。残された者は生きて行かねばならないからね。唯菜ちゃん。」
満は唯菜と目線を合わせた。
満「姫那ちゃんを斬った光のことが、嫌いになった?恨んでる?」
唯菜「滅相もない!そんなことは微塵もありません。嫌いになって恨んでいるのはむしろ自分自身です。…光さまには、先程再び恋をしてしまいました。」
安江「まぁ。」
色めき立つ安江に、満は腕を組んで興味津々だ。
満「光の何処に恋をしてしまったのか教えてほしいな。」
唯菜「影を切っている、その瞬間にです。とても美しかった。桜舞い散る花弁の中、その姿は本当に美しく…。」
そこで、唯菜はふと気づいた。
唯菜「鷹山女学校の校庭の桜は、いつも満開ですね。四季を問わず。」
満「今更気づいた?」
満は愉快そうに笑う。
満「ちょっと特別な桜の木でね。ところで、緑茶が冷めない内に光に大福を届けるのが先決じゃないかな?光も冷えてるだろうし、温かい飲み物はありがたいと思うよ。」
唯菜「あっ、はい。」

お盆の上に大福と緑茶の入った湯呑を置き、光の書斎へ向かった唯菜。光は夢にうなされているようだった。そっと指先で光の額に触れてみるが熱はなさそうだ。
唯菜「貴方を、守ります。」
初めて唯菜から、光へと唇を重ねた。
光はうっすらと目を開けると唯菜の背後に腕を回し、今度は光から、唇を押し付けた。
互いを求めあう二人の様子を戸の間からこっそり覗いていた満は、こんな言葉をぽつりと口にした。
満「継承の儀を行っても良さそうだね。」