影に咲く恋、光に散る命【シナリオ】

時は大正。
世間の私に対する風当たりは、決して温かいものではなかった。

和菓子屋と書かれた旗が目立つ店先の暖簾をくくぐる少女。
唯菜「遅れてすいません!」
店主「おやおや。唯菜ちゃんが遅刻とは、随分めずらしいね。」
唯菜は苦笑いをして頭をかく。
唯菜「妹のお弁当作りに凝ってたら、時間あっという間で。」
店主「唯菜ちゃんは優しい子ねぇ。」
エプロンを付け、小豆の湯出具合を確認する唯菜。
店主「でもさぁ、本当は唯菜ちゃんも妹ちゃんみたいに女学校に通いたいんじゃないの?七塚家は決して貧しい家庭ではないだろう。わざわざ唯菜ちゃんが働きにでなくったって…。」
唯菜「はは。」
唯菜は再び苦笑いする。
その時だった。店先の暖簾をくぐって入って来たのは、軍人とおぼしき長髪の男性。端正な顔立ちをしていて、思わず惹きつけられる。
唯菜(綺麗な人…。)
謎の客「大福を一つ、味見させてくれ。」
店主「はいはい。代金は頂きますよ。」
大福を手にとり、一口食べると客は頬を緩めた。
謎の客「美味い…。」
店主「うちの唯菜ちゃんが作るあんこは絶品でしょう、お客さん。」
唯菜と客の目線が合う。
謎の客「…来週の火曜日までに、大福を百五十個用意しておいてくれ。お代は前金で払っておこう。」
店主「まいどありー。」
店を去り際に、客はちらりと唯菜の方を見た。
唯菜(…変わったお客さん。)
店主「大儲けだね!今月分のお給料は弾ませておくよ!」

仕事は嫌いじゃない。料理も好きだ。だから家に帰っても仕事があったって文句は言ってこなかった、けど…。
姫那「お姉ちゃん、今日の卵焼き、甘すぎるわ!」
唯菜「姫那の好みに合わせたつもりだったんだけど。」
姫那「大切なお客さまが来るって言ってなかった!?だし巻き卵じゃないといけないって、そのくらい察してよね。」
父「姫那、光さまがお見えになったよ。」
姫那は表情を一変させ、玄関に走って行く。
思わずため息がもれた。
唯菜(味噌汁の具材は、いつもので良かったんだっけ。猪肉は臭みが強いから豚肉に変えた方が良いかもしれないな。)

料理を作り終わり、台所の隅っこでうずくまっていると、くしゃみが止まらなかった。冬の寒さが残る二月。
光「そんな所でうずくまっていると、風邪を引くぞ。」
ふわりと、誰かが上着をかぶせてくれた。思わず振り向くと、何処かで見覚えのある男性が微笑んでいた。
唯菜「貴方は…。」
光「私の名は光。やっぱり君は、和菓子屋で働いていた娘か。今日の料理も君が用意してくれていたのか…。」
興味深げに、台所の鍋の中を確認する光。
ドタバタと姫那が台所に顔を出した。
姫那「光さま!そんな所にいらっしゃらないで。晩酌をと父が呼んでおりますのに。」
光「姫那さん、君のお姉さんは女学校に通っていないようだな。」
姫那「…知りませんわ、そんなこと。」
姫那はプイと顔を背ける。
光は唯菜の手を取った。
唯菜の鼓動が高鳴る。
光「…。」
しもやけで赤く裂け、豆がいくつも浮いた痛々しい手。
恥ずかしさで、その手を思わず引っ込める唯菜。
唯菜「私のことはお気になさらず、宴の席にお戻りになって下さい。」
光「君は女学校に通いたいと思ったことはないのか?」
唯菜「…は?」
正直な所、女学校に通うのにはずっと憧れていた。袴を履いて、大きなリボンを髪に付けて、同級生と楽し気に笑い合う場面を何度想像したことか。しかし、家の都合上そんなわけにはいかない。家は裕福ではあるものの、侍女を雇っていないので、家事は全て唯菜が負担しなければならなかった。薪を割って風呂を沸かすのも、食事を作るのも、掃除をするのも、全て唯菜の役目だ。更に父は働くことを唯菜に強要し、和菓子屋に働きに出していた。
唯菜(そんなことを、この人は何も知らないのだろう。)
光「もしかして、料理だけじゃなく家のことは全て君に任されているのか?」
唯菜「えっ。」
図星過ぎて、言葉が見つからない。
光「おかしいとは思っていた。この家は決して貧困層ではないはずなのに、女中が一人もいる気配がない。君が女中なのかと、少し思ってしまったくらいだ。」
そこで、光はフッと笑みをこぼした。
唯菜(…笑うと可愛い顔をする人なんだ。)
そんな悠長なことを考えている唯菜を、姫那は鋭く睨みつけた。
姫那「光さま、お姉ちゃんは好きで家事をこなしてるんです。人の楽しみを奪うことって、残酷ですわ。」
光「そうなのか?」
純粋に訝しがる光に対して、姫那の視線が、そうでしょと言わんばかりに痛々しく突き刺さる。
唯菜(ここで否定して、本当は女学校に行きたかったなどと言い出したら、お父さんはきっと怖い顔をする。ぶたれるかもしれない。)
父は昔から妹だけを溺愛している。
唯菜「…私は、女学校になど行きたくありません。」
光「本当に?」
唯菜「本当です。」
光「本当に?」
唯菜「本当です。」
光「本当に?」
唯菜「何度も言いますが、本当に…。」
その瞬間、胸の奥に押し込めていた想いが決壊し、唯菜の瞳に涙が滲んだ。亡き母の面影が、光と重なったのだ。
母「唯菜はいつも遠慮がちだけれど、たまには本心を口にしてもいいのよ。」
唯菜「本当は…女学校に通いたいです。」