無能の白髪娘は胡蝶の君と結ばれる 〜噂の遊び人は、かつて救えなかった少年でした〜


やがて日が暮れて夜が訪れた。
今日も遊郭街、宵の楽園は昼に負けない明るさで客を出迎える。

そんななか、佳乃は牡丹の部屋で着物を着付けられ、化粧を施されていた。

「本当に私がこの着物を着ていていいのかしら?」
「これから楓雅様を迎えるんでしょう? それなら思いきりおしゃれしないとね」
「飾りで頭が重いわ……」
「ちょっと黙ってて」

言われたとおりに口をつぐむ。
真剣な表情で牡丹が佳乃の口元に紅を引いた。

「いいわ。佳乃、とっても素敵よ!」

牡丹が声を弾ませるが、佳乃は鏡に映る自分をまじまじと見つめるのに忙しい。
あでやかな浅葱色に、金糸で模様の入った振袖姿になった佳乃は、いつもとは見違えるほど華やかで美しい。
成人式を間近にして着飾っていた義妹よりもずっと。

「……これが私?」
「素材の良さを活かせたわ。私たち、いつもは佳乃に世話になりっぱなしでしょう? だからこれは私たちからのおまもり」

刹那に攫われかけて雅に助けられた佳乃が店に戻ったとき、 外で起こったいざこざについて聞く人はいなかった。
ここはもとから訳あり者の集まりだから、気にするだけ野暮なのだ。
ただ、楓雅が佳乃に“今夜会いに来る”と宣言したことは、聞き捨てならなかったらしい。

「あとはほら、胸を張って笑顔になる! 好きな相手に会うときはそれだけを考えて笑うの。それが一番綺麗になれるから」
「ありがとう、牡丹。でも私、雅様が好きだなんて一言も……」
「見てれば分かるわよ」

牡丹の笑顔を見て言葉を聞いていると、刹那に攫われた恐れや、家族がどうでてくるか不安な気持ちが和らいでいく。
着物と化粧、そしてみんなが見守り応援してくれる──いくつもの“お守り”が、佳乃の心を引き締め、背筋を伸ばす勇気をくれるのだ。

しかし、佳乃の意気込みに水をさすような知らせが、難しい表情をした女将から伝えられた。

「佳乃、お前の両親と名乗る者が来ているが、どうする? 無理に会うことはないと思うが」
「いいえ。私からはっきりとお話します」

(今までずっと我慢するだけだった。だけど今の私なら、きっと堂々と立ち向かえる!)


お客用の部屋とは別の客室で、佳乃の家族は待っていた。
洋風の壁紙や家具でしつらえられた部屋で、応接用のソファに父と義母と義妹がそろって腰かけている。
皆、佳乃が家を出る前よりも質素な格好をしており、着飾った佳乃が姿を見せると3人とも目を見開いた。

彼らとは向かいのソファに佳乃が座るなり、口々に質問をあびせる。

「お姉様、その格好は!?」
「それより髪が黒いじゃない!」
「神力は戻ったのか?」
「……お伝えする義務はありません。私はもう家を出ましたので」
「勝手にでていっただけだろう! この恥知らず!」
「何も恥ずべきことはしておりません。ご要件は何です?」
「まあ、生意気。随分とふてぶてしくなったわね」
「お父様、お母様、お姉様が残念なのは今に始まったことではありません。ともかく見つかって良かったではないですか。早く本題を伝えしましょう?」

丁寧でもったいぶった話し方が気になっていると、父が大きなため息をついた。

「わが家に逮捕状がでている」
「……逮捕状?」

思いがけない言葉に嫌な予感がよぎり、佳乃は身構える。

「蓼藍家の後継者暗殺未遂だ」
「つまり……楓雅様を暗殺しようとしたと疑われているの?」
「ああそうだ。そして、楓雅様に毒をもったのはお前だろう。お前が逮捕されるべきだ」
「それは……」

知らなかったとはいえ、楓雅に毒を手渡したのは佳乃だ。
無罪と言えない立場なのは分かっている。

けれど毒を用意したのは父で、義妹もそのことを知っていた。おそらく母もすべて知っているはずだ。
佳乃にだけ責任を被せようとするのは間違っていると叫びたかった。

しかし佳乃には自分が潔癖だと証明し、家族に罪を問える証拠を持っていない。
悔しくて奥歯を噛み締めたとき、部屋の入り口から声が聞こえた。

「俺も話にまぜてもらえないか」

楓雅だった。いつもの和装ではなく、真っ黒な礼装をまとっている。
髪が丁寧に撫でつけられて額がでているせいか、普段よりも凛々しい姿に、義母や義妹が言葉を失った。

「……どなたでしょう? お母様はご存知?」
「いいえ。あなた、出ていくよう言ってください」
「ああ。部外者に用はない」
「部外者なわけあるか。殺されかけた本人なのに」
「え? 楓雅様!?」

義妹の声が高くなったが、それを無視して楓雅は佳乃の隣に座った。
佳乃と視線が交わると、楓雅は目を見開いた。
しばらく佳乃を見つめていたが、ふいに目をそらし、佳乃の家族たちを見据える。

「佳乃が毒を持っていたのは事実だ。佳乃が処方した薬の余りから毒が出たからな」

父が勝ち誇ったように笑う。

「しかし、薬湯の入っていた湯呑みから毒は出なかった。これが何を意味するか分かるか?」
「どういうことだ?」
「俺に飲ませる前に、神力で解毒されていたんだ。無意識にな。だから湯呑みからは毒が出なかった」
「たまたまではないですか?」

父の言葉に義母が自信のある様子でうなずいたのを、楓雅は見逃さなかった。

「お前たちは佳乃に毒を持たせ、俺に盛るよう仕向けた。しかし佳乃は無意識に解毒して渡していた。しかも佳乃の治癒力で、俺は少しずつ回復していた。これで佳乃だけに責任を問えると思うのか?」

その場の空気が一気に張り詰める。緊張の面持ちで自分を見つめる三人へ、楓雅は不敵に笑ってみせた。

「それが気に食わなかったお前たちは佳乃に猛毒をもたせた。さすがの佳乃でも、解毒しきれなかった──が、苦しむ俺にすべての神力を注ぎ、救ってくれた」
「だから、佳乃は罪に問わないという理屈でしょうか?」

父の問いかけに、楓雅は「その通り」と大きく頷いた。

「それでも佳乃に罪があるというのなら、俺の隣で償ってもらう。今後の人生をかけて俺を幸せにするという“償い”をな」
「ふざけたことを……勝手な理屈は裁判で通用しませんぞ」
「楓雅様! 私のことも娶ってくださいませ」

唸るような声をあげた父の隣で、義妹が瞳を輝かせた。

「蝶まじりの方々は一夫多妻制だと聞いたことがあります。私も見て見ぬふりをしてきた罪がありますので、楓雅様のお隣で償います。楓雅様を幸せにしてみせます!」
「まあ、名案ね! そうそう、私は義理とはいえ佳乃の母親ですもの。この子と同じく、多少の罪は目をつぶってくださるわよね?」

義妹と義母の言葉に、楓雅は思い切り顔をしかめた。

「……なんて醜いんだ。いいことを教えてやる。俺は佳乃しか愛さないし愛せない。ほかの蝶まじりがどうかは関係ない」
「で、でも、人間の持つ神力が必要なのではないですか?」
「幸いにも、既に問題は解決している。佳乃の艷やかな黒髪を見れば力の大きさが明らかだろう。そもそも、お前の神力はまずそうだ」
「な、なんですって!?」
「食事のように、神力にも美味と不味いがあるということだ」
「力を受け取ってもいないのに分かるわけが……」
「分かるさ。底意地の悪さがにじみ出ているからな」
「……なんて失礼な方!」
「ほう? 心当たりはないと? 蝶は飛べるからな。悪事はすべて明らかだぞ」

義妹の表情がこわばった。

「二束三文にも満たない薬を男たちに売りさばき、贔屓の役者に貢いでいただろう。ほかの二人にもたんと余罪がある。今ごろ屋敷に捜索隊が入っているころだ。何が真実か明らかになるな」
「なんだと?」
「聞いてなかったのか? 蝶はすべてを見通していた。だから下手な抵抗はやめて大人しく捕まるんだな」

その直後、裏口からひっそりと入ってきた憲兵によって、三人は逮捕された。

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