無能の白髪娘は胡蝶の君と結ばれる 〜噂の遊び人は、かつて救えなかった少年でした〜


今日も佳乃の部屋、もとい小さな診療所は出勤前の花魁のたまり場になっていた。
肌荒れに効くというお茶を飲みながら話に花を咲かせている。

「佳乃、毎朝のように雅様と会ってるんですって?」
「なんでそれを……」
「私たちの情報網を侮らないほうがいいわよ」
「いい雰囲気なんでしょう? 告白はしないの?」
「し、しませんよ」

このままじゃ根掘り葉掘り聞かれてしまうと佳乃が危機感を抱いたときだった。
禿の一人が部屋にやってきて、おずおずと佳乃に話しかけた。

「あの……どうしても佳乃さんに会いたいという殿方が来ています」
「噂をすれば。雅様じゃない?」

牡丹の言葉に、禿は困ったように眉を下げた。

「いえ、蜂喰(はちくい)刹那(せつな)様と名乗られました」
「蜂喰……?」

聞き覚えのある名前に記憶を探る。

(私が嫁ぐ予定だった、先代様の姓が蜂喰だったわね。刹那様はそのお孫さん……どうしてここまで来たのかしら)

家を飛び出しここで働き始めた時は、実家や蜂喰家の者が追ってきたらどうしようと不安な日々を送っていた。
結局どちらも音沙汰がなく、自分のことなんて追う価値もないと思われたのだと安心していたのだ。
対応すれば絶対に面倒なことが起こる──暗い表情で黙りこんだ佳乃に、牡丹が声をかけた。

「もしかして、会いたくない相手? 私が代わりに対応しましょうか?」
「大丈夫です! 私が出ます」

牡丹を巻きこみたくない、と佳乃は素早く立ち上がり、店の玄関に向かった。
土間の式台に、佳乃と同年代の見知らぬ男が腰かけていた。きっと彼が刹那なんだろう。
珍しい青みがかった金髪をしており、ダークブラウンのスーツを立派に着こなしている。
お待たせしました、と声をかけた佳乃に向けた目は、鮮やかな唐紅色だった。

日本人には珍しい色合いに、彼が妖まじりであることを実感させられる。


「お前が仁科佳乃か。外に出て少し話せないか?」
「……ええと」
「時間はかけない」
「では、少しだけなら」

何の連絡もなく訪れて何を話すつもりなのだろう。絶対にろくな話じゃないなと佳乃は神経を尖らせながら玄関を出た。
店の前で話すのかと思いきや、刹那が止まることはなく、大通りの真ん中を歩いていく。
周囲を見渡し、他の人影がないことを確かめてから後を追いかけた。
肩越しに佳乃が付いてきているのを見て、刹那は口を開く。

「じいちゃんが欲しがったのも分かるな。本当に髪が真っ白だ」
「あの、ご要件はなんでしょう?」
「知らないのか? じいちゃんは今もお前を探していてな。それらしき女がいると聞いたから来てみたんだ」
「刹那様が直接いらっしゃった理由はなんですか?」

わざわざ名家の後継者が出てくるほど重大な事項ではないはずだ。
刹那もそれを承知なのか、嘲るように笑った。

「暇つぶしによさそうだったからな」

刹那が発する神力の色が、池の水が急な大雨で濁るような速さで、黒く禍々しい形へと変化していく。
蜂喰家は鳥の妖まじりの家系だ。佳乃を見下ろす視線も捕食者の威圧感がある。

「わざわざ俺が出向いてやったんだ。一緒に来てもらうぞ」

佳乃の腕を刹那が掴んだ。
それが合図だったのか、物陰から黒スーツを来た体格のいい男が飛び出してきた。佳乃を抱えあげると、荷物を持つように肩に担ぐ。

「おろしてください!」
「抵抗しても無駄だ」

必死な佳乃を嘲るように刹那は笑い、佳乃を担いだ男とともには走り出した。

「離して!」

佳乃は力任せに男の背中を叩いたがびくともしない。

「このまま投げ出されたいか?」

黒スーツの男が威嚇する獣のような声で警告した。
けれど構っていられない。
このままだと遊郭の入口である大門を超えてしまう。門をくぐったら、もう二度とここには戻れない気がする。

「いいから離しなさい!」

力の限り暴れていると、ふいに男が足を止めた。
本当に投げ出されてしまうかも、と佳乃が身を縮めたときだった。

「離せよ。嫌がってるじゃねぇか」

雅の声だった。安堵すると同時に、雅が危険にさらされないかが気になってくる。
すると、刹那が鼻で笑った。

「出たな、蓼藍家の蝶まじり。女の間をひらひら飛び回るしかない能なしじゃねぇか」
「三歩で物を忘れる鳥頭よりマシだ」

担がれている佳乃からは黒スーツ男の背中しか見えないが、刹那と雅が向かい合って威嚇し合っている雰囲気を感じる。

「そこをどけ。もともとうちで引き取る予定だった女を迎えに来ただけだ」
「迎え? 荷物のように連れて行くことがか? とにかく離してやれ。お前たちが触れるのは彼女の負担になる!」
「そうか? 別に生死は問わないって言われてるんだ。気絶してくれる方が都合がいいくらいだ」

気絶? そういえば頭がクラクラとする。手足に力が入り切らず、うまく抵抗できない。

(刹那様だけでなく、この人も妖まじりなんだわ。だから神力が吸われて……)

「彼女を離せ。何度も言わせるな!」

雅が声を荒げると、どこからともなく大量の蝶が現れた。
クロアゲハに似ているが、少しちがう。黒く縁取るような模様は同じだが、模様の間を埋める色が黄色ではなく浅葱色だった。

蝶たちは佳乃を担いだ男の顔に群がった。振り払おうと男が腕を振るが蝶たちは怯まない。

「ああ! しつこい!」

男が大きく身をよじった瞬間、佳乃の体が宙に投げ出された。
衝撃に備えて目を閉じた佳乃を雅が抱きとめ、そのまま地面に尻餅をついた。

「雅様! 申し訳ありません!」
「アンタこそ大丈夫か? 今すぐ俺から離れ──え?」

雅の上からどこうとしたが、腰が抜けてしまった佳乃はうまく動けない。
二人の体は触れ合ったままとなるが、黒スーツの男に抱えられたときとは違った感覚だった。

「雅様に触れても、まったく苦しくない、です」

むしろ、雅に触れてから途端に呼吸が楽になった。
視界がぼやけていない。雅も蝶まじり、あやかしの血が入っているのは一緒なのに何がちがうのだろう、と佳乃が首をかしげた。

二人の様子を見ていた刹那の叫び声がする。

「髪の色が……黒く⁉︎」
「え?」

佳乃は急いで後頭部でひとつにまとめていた髪をほどいた。
たしかに、真っ白だった髪の毛全体が灰色にそまっている。

あっけにとられていると、頭頂部から毛先にかけて色が濃くなり、ほどなくして艶かな黒髪へと変化した。


「お前……! 黒髪じゃ珍しくもなんともないだろうが! どうしてくれるんだ! 仁科家に責任を追求するぞ!」

仁科家、と聞いて雅が目を見開いた。

「アンタ、もしかして仁科家の佳乃なのか⁉︎」
「え、ええ……」
「……なるほど、黒髪だろうと決めつけていた。盲点だったな」

(気づかれてしまった……!)

助けてもらったのはうれしい。けれど、これで自分が役立たずになってしまったことを雅──楓雅にバレてしまった。

「アンタが、俺の恩人なんだな」

楓雅に支えられながらその場に立つ。
手を握られているが、やはり調子がいい。
楓雅がうれしそうに目を細めた。

「そんな立派なことはしていないです」
「いいや。あの日、佳乃はありったけの神力を注いで俺を救ってくれたと聞いている。そうか、それで髪が真っ白にかわってしまったんだな」
「おっしゃる通りですが、でも、たしかにあの時──」

楓雅の命は閉じたはずだった。
今でも、冷たくなっていく楓雅の感触を覚えている。

「詳しく話してやりたいが──」
「死ね!」

楓雅の言葉は、飛びかかってきた黒スーツの男によって遮られた。
とっさに佳乃を横抱きにして、楓雅は飛び退いた。

「こっちが片付いてからだな」

佳乃を地面におろし、自分の背中に隠すようにして、楓雅は黒スーツの男や刹那と向かい合った。


まだ太陽が高くのぼっている時間、遊郭街の道は静かだ。
とはいえ全ての人が眠っているわけではない。
近くの店からじっと佳乃たちの様子をうかがっている人々の気配を感じる。

「ああ、思いついた」

刹那がニヤリと笑った。

「黒くなったなら、白に戻せばいいよなあ?」
「それは無理だ」

楓雅も好戦的な笑みを見せる。

「俺はそっくりそのまま、佳乃の神力を返したわけではない。何年もかけて俺の神力と混じり合ったものを返した。よって、佳乃だけの神力を吸い出すのは難しい。妖まじりは人間の神力しか受け付けないからな」
「やってみないと分からないだろう!」
「もし吸い出せたとして、佳乃はもともと神力の量が桁違いに多い。おたくらの貧相な器では収まらないくらいにな。どちらにせよ、佳乃の髪色を変えることはできない」
「……くそ! おい一旦引き上げるぞ」

刹那は黒スーツの男に言い捨てると、大門の外に控えていた黒塗りの車に乗り込んだ。黒スーツの男もそれに続く。
走り出した車が見えなくなって、やっと佳乃は大きく息をはいた。

「助けていただき、ありがとうございました。……楓雅様」
「もしかして、佳乃はとっくに気づいていたのか?」
「はい。神力の違いを見分ける力は残っていたので。楓雅様と私の神力をまとっていらしたのを見て驚きました」
「そうだったのか」

両腕を組み、楓雅はしばらく考え込んでいた。

「楓雅様?」
「悪い。今すぐ詳細を話したいけど、ちょっと向かうところができた。今夜中に佳乃を尋ねるから、その時でもいいだろうか?」
「……仁科家に向かうということですか?」
「そうだ。蜂喰家が来たということは、仁科家も佳乃の居場所を知ったと考えていいだろう。まあ、俺に任せておけ」
「すみません。私自身の問題に巻きこんでしまって」
「もとはといえば、体が弱かった俺の事情に佳乃を巻きこんだことが原因だ。これくらい貢献させてくれ。じゃあまた夜に」
「はい。お待ちしていますね」

楓雅の向けてくる笑顔が今までに増して優しい。
うれしい反面、自分では刹那にも家族にも対処できない──無能さをつきつけられる。

沈んだ表情で店に戻ると、玄関に店中の花魁がずらりと並んでいた。

「ただいま戻りました──皆さんお揃いでどうしました?」
「佳乃、ちょっとこっちにおいでなさいな」

牡丹の言葉に、ほかの花魁たちも目を輝かせた。

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