無能の白髪娘は胡蝶の君と結ばれる 〜噂の遊び人は、かつて救えなかった少年でした〜


部屋に残された佳乃と楓雅は、しばらく黙ったままだった。
ぽつんと佳乃がつぶやく。

「……私は、本当にこれでいいのでしょうか」
「佳乃は被害者だ。それに、毒は無毒化されていたと言っただろう?」
「でも、最後にお渡しした薬湯は毒のままだったんですよね?」
「……実は、俺には毒が効かないと言ったら?」
「え?」

楓雅が空中に手を降ると、黒と浅葱色の蝶が現れた。
昼間に誘拐されたとき、黒スーツの男に襲いかかっていた蝶と同じだ。

「これはアサギマダラという毒蝶だ。この蝶の妖が俺たちの祖先だから……大抵の毒は効かない。面倒だから説明を省いたが、あの猛毒も俺には聞いていなかった。ただ、間が悪くてあんな騒ぎになっただけだ」
「そうだったのですね。……驚きましたが、毒のせいで楓雅様が苦しまれたのではないと分かって安心しました」
「でも、納得はしていないだろう? 毒を渡した罪は消えないと」
「……」

黙って頷いた佳乃の頭を、ゆっくりと楓雅が撫でた。

「責任感の強い佳乃にいいことを教えてやろう。二人で過ごした時間のなかで、ひとつだけ鮮明に思い出したことがあるんだ」
「え?」

佳乃が楓雅を見上げると、浅葱色の瞳がじっと佳乃を見つめている。

「よく思い出してほしい。俺が倒れる前、佳乃が薬を渡したか? 嫌な予感がすると作り直そうとしたのを、俺がひったくるようにとったのではなかったか?」
「たしかに……」
「だったら、佳乃が渡したとは言えないんじゃないか?」
「……もしかして、すべてお見通しで、そのうえで毒を飲んだのですか?」
「ああ。佳乃が罪に問われないためにはそれが一番だと思った。まさか直後に蛹(さなぎ)になるとは思わなかったけどな」
「蛹?」
「蝶まじりは成人前に蛹と羽化の期間があって、蛹の期間は仮死状態になる。たまたま毒を飲んだときと蛹の始まりが重なって、佳乃を助けることができなかった」
「そんな……私より楓雅様の方が大変だったではないですか。私は、楓雅様が亡くなったかと思って……生きていて本当によかった……」
「佳乃のおかげだ。あの莫大な神力のお陰で俺の体調は安定し、無事成人できたんだから。俺の方こそ、感謝してもしきれない」
「では、私は……お役に立てていたのですね。良かった……」
「役に立ったなんてものじゃない。昼に恩人だと言ったをもう忘れたのか?」

ぽろぽろと涙を流す佳乃を、優しく楓雅は抱きしめた。

「佳乃、そんなに泣かないでくれ」
「すみません。ああ、せっかくのお化粧が落ちちゃう」
「……そうじゃなく、俺の理性が保たなくなるだろ」
「はい?」

驚きで涙が止まり、きょとんと目を丸くした佳乃に、楓雅は盛大なため息をついた。

「はあ〜〜〜〜。あのな、佳乃、この部屋に入ってきたときから俺はずっと極上の餌をお預けされている犬の気分なんだ。美しく着飾った佳乃をずっと見つめていたかったし、こうして触れたくてたまらなかった。あの家族をすぐさま憲兵に突き出さなかった俺を褒めてほしい」
「わ、私……気づきませんでした」
「だよな。俺がさっきからせっせと外堀を埋めていることも分かってないだろう」
「ええと、楓雅様を幸せにする償い、とか……?」
「そう。あと、蛹と羽化の期間について、蝶まじりの一族しか知らない事実なんだ。もし知ってしまったよそ者は、その存在を消されるか……家族になるしかない」
「家族って……」
「佳乃は俺と結婚するしか道はないってことだ。嫌だと言われてももう離せないからな」
「私は──」
「俺が恐ろしくなった?」

佳乃は嬉し涙があふれてとまらない。楓雅に拒否の涙だと思われないよう、何度も何度も首を横に振った。

「いいえ。いいえ。こんなに幸せな一本道でいいのだろうかと、感動しております」
「……本当に?」
「はい! 私も楓雅様と一緒にいたいです。でも、もしまた髪が白くなるようなことがあっても……良いのですか?」
「何の問題もない。俺が好きなのは美味しそうに食い物を頬張る佳乃や、二人で過ごす何気ない時間だからな。神力の量や治癒力は後付けだ。むしろ、過去をすべて思い出していない俺で、佳乃は満足か?」
「それこそ何の問題もありません。思い出は、これから二人でいくらでもつくっていけますから」
「そうか、そうだな」

満面の笑みをみせた楓雅が、佳乃の涙を優しく拭う。

「佳乃、俺と結婚してほしい」
「はい……!」

楓雅の両手が佳乃の頬を優しく撫で、佳乃は楓雅の首に両腕をまわした。
どちらからともなく瞳を閉じ、二人は口づけたのだった。

✣ ✣ ✣

嫁入りとともに遊郭から去った佳乃だったが、女将の強い依頼で週に一度は妓楼を訪れ、花魁たちの健康と美容に貢献した。

しかも佳乃の治癒力は、白髪になる前に戻ったどころか、より強くなっていた。
昔から楓雅は佳乃の神力と相性がよかったが、楓雅の体内で二人の神力がまざったおかげか、再会後はよりよく馴染んだ。
そのため、楓雅はほかの女性から神力をもらう必要がなくなった。

おまけに二人で過ごすうちに楓雅の失われた記憶が少しずつ蘇り、そのたび彼の佳乃への愛情は深まったという。

「あの……楓雅様、今日はもう十分神力は注いだのですが……」
「神力なんて関係なく、俺はいつだって佳乃に触れていたいし愛でていたいだけだ」
「また午前中が終わってしまいますよ……!」
「あと一度だけ、軽く口を吸うだけだから」
「いいえそれだけで終わらな、んっ……」

その後、子宝にも恵まれ、幸せな家庭を二人は築いたという。

【おわり】