「瑠璃」
厳しい声で貴弥が瑠璃の名を呼ぶ。
瑠璃はうなずいてあたりを見回した。感じるケガレの気配はなかなか強い。
狭い路地に、古い建物が並んでいる。
当たりを見回して、瑠璃ははっと息を呑んだ。
建物の壁によりかかるように、真っ黒なケガレが見えたのだ。
「あそこにうずくまっている男か?」
瑠璃の反応から見えない貴弥もケガレの場所に見当をつけたらしい。
「あれは、男性なの?」
「どう見える?」
「真っ黒な繭にくるまれているように見えるわ。まるで、あなたが祓った若旦那様みたいに」
瑠璃の目からは、人間だということすらわからなかった。
貴弥の顔色が変わった。
男の目の前に駆け寄ると、小さく息を吸う。黒い繭の方に手を伸ばすと、呪文めいた言葉を唱えだした。
「ケガレよ、散れ」
貴弥の言葉に呼応するように彼の手から光が生まれる。その光はまっすぐに繭にぶつかっていった。
さすがに問屋で祓った穢れとは違うのだろう。じわじわと光が穢れを削っていくように見える。
瑠璃はそれを見ながらぐっと拳を握った。
光が当たっている部分のケガレはずいぶんなくなったようだ。
別の場所に光をあてて祓った方がよさそうに見える。
(迷っている暇はないわ)
貴弥の額に汗がにじむ。
「貴弥。もう少し上」
瑠璃は貴弥の元に駆け寄る。貴弥は一瞬目を見開いたものの、こくりとうなずいて光の角度を調整した。
――初めて貴弥の「目」になったときも、こんな感じだった。
二人で遊んでいて庭で見つけたケガレ。それは野良猫に取り憑いたものだった。
弱り切って動かない猫からケガレを祓うために、瑠璃が貴弥の目になる、と言ったのだ。
瑠璃はケガレが薄くなった時を見計らって次の場所を指示する。それを三回ほど続けて――。
「ケガレが消えたわ」
貴弥の手から光が止まる。
「ありがとう。瑠璃。助かった」
流石に大きな術を使ったためか、貴弥はうっすらと額に汗をかいていた。
「いえ。私はこのためにいるんだもの。貴弥の役に立てたのなら嬉しいわ
真っ黒な繭に包まれていたのは、貴弥の言う通り男性だった。
年齢は三十代半ばくらい。この辺りの住人だろうか。灰色の着物を着ていてる。
瑠璃はぐったりとしている男性に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
声をかけただけでは反応がなかったので、そっと揺さぶる。小さなうめき声と共に男性が目を開けた。
「あ、ああ。おれは」
「ケガレにやられていたんです。でもあそこにいる祓い師さんが祓ってくれました」
瑠璃は手ぬぐいで汗を拭いている貴弥の方を見た。
「ケガレ……。確かに身体がすっきりした気がする」
男性は目の前で手の平を握ったり開いたりしている。
「ならよかったです。その、少し話を聞かせてもらえませんか?」
瑠璃は男性の羽織紐に視線を向けた。灰色の紐の中央に木製の珠が二つ通された洒落た羽織紐。
それは、さきほど訪ねた問屋でケガレが取り憑いていた物とよく似ていた。それに。
(若旦那様もこんな感じの羽織紐使っていた気がする……)
「話?」
「はい。その」
見上げてくる男性に、その羽織紐はどこで手に入れたんですか? そう質問しようとしたときだった。
「その羽織紐、どこで手に入れたんだ?」
むすっとした表情で、貴弥がまさしく今瑠璃が口にしようとした質問をする。
まあ、祓い師である貴弥が直接尋ねる方がいいだろう。少し態度が悪いようにも見えるけど……。
「これか?」
男はが戸惑ったように羽織紐に触れた。
「これは――」
厳しい声で貴弥が瑠璃の名を呼ぶ。
瑠璃はうなずいてあたりを見回した。感じるケガレの気配はなかなか強い。
狭い路地に、古い建物が並んでいる。
当たりを見回して、瑠璃ははっと息を呑んだ。
建物の壁によりかかるように、真っ黒なケガレが見えたのだ。
「あそこにうずくまっている男か?」
瑠璃の反応から見えない貴弥もケガレの場所に見当をつけたらしい。
「あれは、男性なの?」
「どう見える?」
「真っ黒な繭にくるまれているように見えるわ。まるで、あなたが祓った若旦那様みたいに」
瑠璃の目からは、人間だということすらわからなかった。
貴弥の顔色が変わった。
男の目の前に駆け寄ると、小さく息を吸う。黒い繭の方に手を伸ばすと、呪文めいた言葉を唱えだした。
「ケガレよ、散れ」
貴弥の言葉に呼応するように彼の手から光が生まれる。その光はまっすぐに繭にぶつかっていった。
さすがに問屋で祓った穢れとは違うのだろう。じわじわと光が穢れを削っていくように見える。
瑠璃はそれを見ながらぐっと拳を握った。
光が当たっている部分のケガレはずいぶんなくなったようだ。
別の場所に光をあてて祓った方がよさそうに見える。
(迷っている暇はないわ)
貴弥の額に汗がにじむ。
「貴弥。もう少し上」
瑠璃は貴弥の元に駆け寄る。貴弥は一瞬目を見開いたものの、こくりとうなずいて光の角度を調整した。
――初めて貴弥の「目」になったときも、こんな感じだった。
二人で遊んでいて庭で見つけたケガレ。それは野良猫に取り憑いたものだった。
弱り切って動かない猫からケガレを祓うために、瑠璃が貴弥の目になる、と言ったのだ。
瑠璃はケガレが薄くなった時を見計らって次の場所を指示する。それを三回ほど続けて――。
「ケガレが消えたわ」
貴弥の手から光が止まる。
「ありがとう。瑠璃。助かった」
流石に大きな術を使ったためか、貴弥はうっすらと額に汗をかいていた。
「いえ。私はこのためにいるんだもの。貴弥の役に立てたのなら嬉しいわ
真っ黒な繭に包まれていたのは、貴弥の言う通り男性だった。
年齢は三十代半ばくらい。この辺りの住人だろうか。灰色の着物を着ていてる。
瑠璃はぐったりとしている男性に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
声をかけただけでは反応がなかったので、そっと揺さぶる。小さなうめき声と共に男性が目を開けた。
「あ、ああ。おれは」
「ケガレにやられていたんです。でもあそこにいる祓い師さんが祓ってくれました」
瑠璃は手ぬぐいで汗を拭いている貴弥の方を見た。
「ケガレ……。確かに身体がすっきりした気がする」
男性は目の前で手の平を握ったり開いたりしている。
「ならよかったです。その、少し話を聞かせてもらえませんか?」
瑠璃は男性の羽織紐に視線を向けた。灰色の紐の中央に木製の珠が二つ通された洒落た羽織紐。
それは、さきほど訪ねた問屋でケガレが取り憑いていた物とよく似ていた。それに。
(若旦那様もこんな感じの羽織紐使っていた気がする……)
「話?」
「はい。その」
見上げてくる男性に、その羽織紐はどこで手に入れたんですか? そう質問しようとしたときだった。
「その羽織紐、どこで手に入れたんだ?」
むすっとした表情で、貴弥がまさしく今瑠璃が口にしようとした質問をする。
まあ、祓い師である貴弥が直接尋ねる方がいいだろう。少し態度が悪いようにも見えるけど……。
「これか?」
男はが戸惑ったように羽織紐に触れた。
「これは――」
