没落令嬢は、再会した年下祓い師の「目」になる

 貴弥からの頼みに、瑠璃ははっと息を呑む。

(『目』になってほしいって、それは――)

 よみがえるのは、まだ瑠璃が華族令嬢だったときの記憶。
 まさか。まだ彼は。

「あなたの『目』……?」

 かすれた声で瑠璃が問うと、貴弥がこくりとうなずいた。

「そうだ。その、昔みたいに。昔はしょっちゅう、俺の『目』になってくれていただろう?」
「それは、そうだけれど……。今まではどうしていたの?」
「この前一緒だった男がいただろう。憲久(のりひさ)っていうんだが、あいつに手伝ってもらっていた。憲久は俺の秘密を知っているから。ただあいつが怪我をしてしまって、しばらくは身動きが取れない」

 祓い師である貴弥にはある重大な秘密がある。

 ――それはケガレが見えないこと。

 強い霊力を持つにもかかわらず、貴弥はケガレが見えない。強力なものは存在を感じることができるらしいけれど、それだけだ。

(たしかに、祓い師なのにケガレが見えないのは致命的だわ。それを周囲に知られたら――おそらくいい方向には転ばない)

「『目』になってほしいなんて、誰にも頼めることじゃない。そんなときに瑠璃がここにいたことを思い出したんだ。あんたなら、俺の『目』になるのは初めてじゃない」

 貴弥の言う通りだった。瑠璃は何度か貴弥の『目』――といっても、ケガレの場所を教える程度だけれど――となったことがある。
 まだお互い子どもだったあの日。

 ――『私があなたの「目」になってあげるわ!』

 そう言ったのは瑠璃の方からだった。

「今、大きな事件を追っていて、憲久が回復するまで待っているわけにはいかない。あんたしか頼める人間がいないんだ。頼む」

 貴弥が両膝に手を置いて、深々と頭を下げる。

(私は……)

 貴弥が瑠璃の力を必要としている。それは確かだろう。
 助けてあげたい気持ちはもちろんある。
 けれど、瑠璃には仕事がある。

 三春屋の主人は家が没落して行き場所がなくなった瑠璃たちを拾ってくれた恩人だ。両親が住む田舎の家も世話してくれた。
 だから、少しでも恩を返したくて三春屋で働いている。
 華族令嬢として瑠璃が身につけた礼儀作法は接客でとても役立つから。
 貴弥の「目」になることが、片手間に出来るとは思えない。それに。

「三春屋の主人には話はつけてある。あんたの意志に任せる、と」

 瑠璃の心の揺れを見抜いたように貴弥が言った。いいひとだな、とほんの少し表情を緩ませる。
 いつの間にそこまで話をつけたのだろうか。主人の機嫌の良さは、おそらく貴弥を気に入ったからなのだろう。
 ケガレを見る力を役立てたい。そう思う瑠璃にはいい機会なのはわかっている。
 けれど、素直にはい、と言えないのは。

 ――家が没落して変わってしまった自分を知られたくないから。
 とうの昔に割り切って、諦めたはずの自分の境遇。それを思い出してしまうから。

「もちろん、無理にとは言わない。祓い師の仕事だ。子どもの頃とは違って危険がないとは言えないから。ただ、せめて憲久が回復するまで手伝ってもらえると嬉しい」

 貴弥のまっすぐな瞳が瑠璃を射貫く。
 記憶の中の彼と変わっていない。だからこそためらう。でも。

「駄目か? 瑠璃」

 上目遣いでそう言われてしまったら、昔の記憶を刺激された瑠璃はうなずかずにはいられなかった。

「その相方さんが回復するまでよ」

 ぱっと貴弥の表情が輝いた。

「ありがとう! 瑠璃」