憲久と瑠璃が部屋に残される。話とはなんだろう。
緊張が顔に出たのかもしれない。憲久は瑠璃に視線を向けると苦笑した。
「悪いな。一度、噂の瑠璃さんと話してみたかったんだ。――俺のことはどれくらい聞いてる?」
「あなたが貴弥の『目』だったことは聞きました。信頼できる人間だと」
「そうか。俺は、あいつの兄弟子なんだ」
憲久は貴弥の父親に術を習ったという。貴弥のことも幼い頃から知っているようだ。
「貴弥は膨大な霊力があるが、ケガレが見えないのは致命的だ。それをあいつも薄々感じていたんだろうな。そのことを気に病んでいた」
「……」
貴弥が「見えない」ことに悩んでいたのは、瑠璃にもうっすらと記憶がある。
「正直、霊力はあるものの祓い師になるのは諦めるのかと思っていたんだ。でも違った。あるときから更に熱心に修行するようになった。自分の『目』になってくれる子がいた。その子のためにがんばる、と」
「……っ」
瑠璃はかあっと頬が熱くなるのを感じた。
それはまさしく瑠璃をさしているからだ。
「貴弥がその子のことを話すときは、とても目が輝いていたよ。ただ、ある日いきなり会えなくなって――かなり落ち込んでいたけれど」
会えなくなって、という言葉に、瑠璃の胸が罪悪感で痛む。
瑠璃にとっても実家の没落は突然だった。
もともとそこまで裕福だったわけじゃない。ただ決定的になったのは、信用していた使用人に裏切られたことだった。どうやら女に入れあげて貢いでいたらしい。
そのために篠宮家の財産を使い込み、それどころか父親の名義で借金までしていたのだ。
使用人は貢いでいた女ともども捕まったが、だからといって借金が帳消しになるわけじゃない。
結局、私財を整理し借金返済のめどを立て、母の実家がある田舎に引っ込むことになった。
――貴弥のことは気に掛かっていたのだ。また会う約束をしたのに、会うことが叶わなかったから。
だから、今回はいい機会だと思ったのだ。
「まあ、あなたの方にも事情はあるんだと思うけど、かなり落ち込んでいたから。だからこそ、俺は貴弥がこうしてあなたと再会できたことは喜ばしいと思ってる」
そういう憲久の表情はとても優しかった。貴弥のことを本当の弟のように思っているのだろう。
「今回の俺の怪我は自分としては痛恨の極みだけど、貴弥があなたと行動を共にするきっかけになったなら、怪我の功名かもしれない」
瑠璃はどう相づちを打てばいいのか困っって曖昧な笑みを浮かべる。
憲久は単独でも祓い師として活動しており、大きな仕事のときだけ貴弥と共に行動していたらしい。
「ただ……」
憲久は意味ありげに言葉を切った。
「瑠璃さん。あなたは三春屋の若旦那に取り憑いていたケガレを見たんだろう?」
「はい。――とてもおぞましい繭のようなケガレでした」
瑠璃は神妙な顔で答える。憲久がうなずいた。
「昔のように口頭で指示するだけだと、貴弥でも対応は辛いだろう」
それは、昨日の浄化で思い知ったことだった。瑠璃が指示するにしても限界がある。しかも、昨日は周りに誰もいなかったからできたことだ。
そうだ。憲久はどうしていたのだろう。佐吉のケガレを祓う際も同じように苦労したはずだ。しかもその場には三春屋の主人が同席していたという。
祓うときに声を出したとは思えない。
「それに、おそらく今後板垣と対峙する場面も出てくる。瑠璃さんの力は必要だけれど、その場にいると狙われる可能性も高い。何しろ相手はケガレを操る人間だ」
瑠璃ははっとした。確かに憲久の言う通りだ。そして瑠璃には自分で身を守る術はない。
(どうしたらいいの?)
先日のようにケガレに取り憑かれた人間を祓うことばかり考えていて、人間と対峙することは考えていなかったことに気づく。
「今気づいたって顔してるね」
「すみません」
「いや、あいつも言わなかったと思うし。今なら他の人間をあてがうこともできるよ。貴弥の祓師会での立場は多少悪くなるかもしれないけど、まあすぐに挽回できる」
見えないことがばれるよりはましだ、と憲久が言う。
素晴らしい祓い師になるのは貴弥の幼い頃からの夢だ。なるべくなら協力したかった。
「私にできることならやります」
そこに迷いはない。
「そうか。だったら、俺から一つ提案があるんだ」
憲久は、瑠璃の目をじっと見つめて言った。
緊張が顔に出たのかもしれない。憲久は瑠璃に視線を向けると苦笑した。
「悪いな。一度、噂の瑠璃さんと話してみたかったんだ。――俺のことはどれくらい聞いてる?」
「あなたが貴弥の『目』だったことは聞きました。信頼できる人間だと」
「そうか。俺は、あいつの兄弟子なんだ」
憲久は貴弥の父親に術を習ったという。貴弥のことも幼い頃から知っているようだ。
「貴弥は膨大な霊力があるが、ケガレが見えないのは致命的だ。それをあいつも薄々感じていたんだろうな。そのことを気に病んでいた」
「……」
貴弥が「見えない」ことに悩んでいたのは、瑠璃にもうっすらと記憶がある。
「正直、霊力はあるものの祓い師になるのは諦めるのかと思っていたんだ。でも違った。あるときから更に熱心に修行するようになった。自分の『目』になってくれる子がいた。その子のためにがんばる、と」
「……っ」
瑠璃はかあっと頬が熱くなるのを感じた。
それはまさしく瑠璃をさしているからだ。
「貴弥がその子のことを話すときは、とても目が輝いていたよ。ただ、ある日いきなり会えなくなって――かなり落ち込んでいたけれど」
会えなくなって、という言葉に、瑠璃の胸が罪悪感で痛む。
瑠璃にとっても実家の没落は突然だった。
もともとそこまで裕福だったわけじゃない。ただ決定的になったのは、信用していた使用人に裏切られたことだった。どうやら女に入れあげて貢いでいたらしい。
そのために篠宮家の財産を使い込み、それどころか父親の名義で借金までしていたのだ。
使用人は貢いでいた女ともども捕まったが、だからといって借金が帳消しになるわけじゃない。
結局、私財を整理し借金返済のめどを立て、母の実家がある田舎に引っ込むことになった。
――貴弥のことは気に掛かっていたのだ。また会う約束をしたのに、会うことが叶わなかったから。
だから、今回はいい機会だと思ったのだ。
「まあ、あなたの方にも事情はあるんだと思うけど、かなり落ち込んでいたから。だからこそ、俺は貴弥がこうしてあなたと再会できたことは喜ばしいと思ってる」
そういう憲久の表情はとても優しかった。貴弥のことを本当の弟のように思っているのだろう。
「今回の俺の怪我は自分としては痛恨の極みだけど、貴弥があなたと行動を共にするきっかけになったなら、怪我の功名かもしれない」
瑠璃はどう相づちを打てばいいのか困っって曖昧な笑みを浮かべる。
憲久は単独でも祓い師として活動しており、大きな仕事のときだけ貴弥と共に行動していたらしい。
「ただ……」
憲久は意味ありげに言葉を切った。
「瑠璃さん。あなたは三春屋の若旦那に取り憑いていたケガレを見たんだろう?」
「はい。――とてもおぞましい繭のようなケガレでした」
瑠璃は神妙な顔で答える。憲久がうなずいた。
「昔のように口頭で指示するだけだと、貴弥でも対応は辛いだろう」
それは、昨日の浄化で思い知ったことだった。瑠璃が指示するにしても限界がある。しかも、昨日は周りに誰もいなかったからできたことだ。
そうだ。憲久はどうしていたのだろう。佐吉のケガレを祓う際も同じように苦労したはずだ。しかもその場には三春屋の主人が同席していたという。
祓うときに声を出したとは思えない。
「それに、おそらく今後板垣と対峙する場面も出てくる。瑠璃さんの力は必要だけれど、その場にいると狙われる可能性も高い。何しろ相手はケガレを操る人間だ」
瑠璃ははっとした。確かに憲久の言う通りだ。そして瑠璃には自分で身を守る術はない。
(どうしたらいいの?)
先日のようにケガレに取り憑かれた人間を祓うことばかり考えていて、人間と対峙することは考えていなかったことに気づく。
「今気づいたって顔してるね」
「すみません」
「いや、あいつも言わなかったと思うし。今なら他の人間をあてがうこともできるよ。貴弥の祓師会での立場は多少悪くなるかもしれないけど、まあすぐに挽回できる」
見えないことがばれるよりはましだ、と憲久が言う。
素晴らしい祓い師になるのは貴弥の幼い頃からの夢だ。なるべくなら協力したかった。
「私にできることならやります」
そこに迷いはない。
「そうか。だったら、俺から一つ提案があるんだ」
憲久は、瑠璃の目をじっと見つめて言った。
