「瑠璃。あんたに俺の『目』になってほしいんだ」
貴弥の琥珀がかった瞳が瑠璃を見据える。
彼のそのまっすぐさは七年前と変わっていない、と瑠璃は思った。
お互いの立場はあの頃と大分変わってしまったけれど。
帝都一と言われる呉服店三春屋。上得意様が通される特別室にお茶を出すのは、いつも篠宮瑠璃の役目だ。
といっても、今日の客は少し毛色が違う。そもそも顧客ですらない。ケガレと呼ばれる悪しき気を祓う者――祓い師だ。
三春屋の若旦那である佐吉がケガレに倒れたのは三日ほど前。それを祓ってもらうために主人が呼んだのだ。
(祓い師、か……)
瑠璃の脳裏に昔の思い出がよぎる。感傷的な思いを振り祓って、瑠璃は静かにふすまをあけた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
和室には三春屋の主人の他に、祓い師の制服である紺色の羽織をきた若い男性の二人組が座っていた。
一人は二十代半ばくらい、もう一人は瑠璃と同年代だろうか。二人とも姿勢がいい。
お茶を出すために顔を上げて――瑠璃は思わず息を呑んだ。
(――貴弥)
瑠璃と同年代の男性の凜と整った顔立ちに見覚えがあったのだ。最後に会ったのはもう七年も前になる。
瑠璃はゴクリとつばを呑む。動揺してはいけない。おそらく向こうは瑠璃に気づいていないはずだ。
瑠璃は何事もなかったかのように、三人にお茶を出す。
ふと顔を上げると青年と目が合った、気がした。
(気のせいよね)
自分にそう言い聞かせて瑠璃は部屋を出る。
彼が瑠璃に気づくわけがない。最後に会ったとき、まだお互い子どもだった。
それに、そもそも彼は、瑠璃が商家で働いているとは思いもしないだろう。
「瑠璃。お茶出してきたんでしょ? それで、祓い師の方はどうだった? 腕はよさそう?」
お盆を返しに厨房へ行くと、同僚が心配そうに尋ねてくる。彼女はケガレの影響で床に臥せっている佐吉が心配なのだろう。
「さすがに見ただけじゃわからないわ。でも、旦那様が選んだくらいなのだから、腕はいいんじゃない?」
瑠璃は、真っ黒な靄に包まれていた佐吉の姿を思い出す。あのケガレの強さは、生半可な術者では祓えないだろう。
何を隠そう、そう主人に助言したのは瑠璃だ。
瑠璃は昔から普通の人には見えないはずのケガレを見ることができる。もっとも、見ることができるだけで祓うことはできない。
三春屋の主人は瑠璃が「見える」ことを知っているので、ケガレの助言については素直に受け入れてくれるのだ。
ケガレは悪しきものを呼ぶ。この力を何かに役立てられればと思うこともあるけれど、今の瑠璃には、ケガレを見たときにこっそり主人に打ち明けるくらいしかできない。それが少しもどかしい。
「――若旦那様、無事にケガレを祓ってもらえるとよけれど……」
同僚が心配そうに呟く。
「きっと、大丈夫よ」
瑠璃はしっかりとしたたたずまいになっていた貴弥の姿を思い出す。
あのケガレを祓えるくらい立派な祓い師になっていたのなら喜ばしい。
鈍く胸が痛むのは、久しぶりに自分が華族令嬢だった頃の記憶を刺激する存在に出会ったからだろう。京本貴弥は父の友人である祓い師の息子だ。
そう。七年前、十一歳の頃まで、瑠璃は伯爵令嬢だったのだ。そのことを知るのは、周りには母の遠縁である三春屋の主人しかいないけれど。
無事に貴弥たちはケガレを祓ったらしい。
らしい、というのは翌日すっかり回復した佐吉の姿を見たからだ。
幼い頃に宣言していたとおり、貴弥は立派な祓い師への道を順調に歩んでいるらしい。
ほんの少しの羨望と共に、よかったねと懐かしい顔に思いを馳せて――それで終わるはずだった。
貴弥の琥珀がかった瞳が瑠璃を見据える。
彼のそのまっすぐさは七年前と変わっていない、と瑠璃は思った。
お互いの立場はあの頃と大分変わってしまったけれど。
帝都一と言われる呉服店三春屋。上得意様が通される特別室にお茶を出すのは、いつも篠宮瑠璃の役目だ。
といっても、今日の客は少し毛色が違う。そもそも顧客ですらない。ケガレと呼ばれる悪しき気を祓う者――祓い師だ。
三春屋の若旦那である佐吉がケガレに倒れたのは三日ほど前。それを祓ってもらうために主人が呼んだのだ。
(祓い師、か……)
瑠璃の脳裏に昔の思い出がよぎる。感傷的な思いを振り祓って、瑠璃は静かにふすまをあけた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
和室には三春屋の主人の他に、祓い師の制服である紺色の羽織をきた若い男性の二人組が座っていた。
一人は二十代半ばくらい、もう一人は瑠璃と同年代だろうか。二人とも姿勢がいい。
お茶を出すために顔を上げて――瑠璃は思わず息を呑んだ。
(――貴弥)
瑠璃と同年代の男性の凜と整った顔立ちに見覚えがあったのだ。最後に会ったのはもう七年も前になる。
瑠璃はゴクリとつばを呑む。動揺してはいけない。おそらく向こうは瑠璃に気づいていないはずだ。
瑠璃は何事もなかったかのように、三人にお茶を出す。
ふと顔を上げると青年と目が合った、気がした。
(気のせいよね)
自分にそう言い聞かせて瑠璃は部屋を出る。
彼が瑠璃に気づくわけがない。最後に会ったとき、まだお互い子どもだった。
それに、そもそも彼は、瑠璃が商家で働いているとは思いもしないだろう。
「瑠璃。お茶出してきたんでしょ? それで、祓い師の方はどうだった? 腕はよさそう?」
お盆を返しに厨房へ行くと、同僚が心配そうに尋ねてくる。彼女はケガレの影響で床に臥せっている佐吉が心配なのだろう。
「さすがに見ただけじゃわからないわ。でも、旦那様が選んだくらいなのだから、腕はいいんじゃない?」
瑠璃は、真っ黒な靄に包まれていた佐吉の姿を思い出す。あのケガレの強さは、生半可な術者では祓えないだろう。
何を隠そう、そう主人に助言したのは瑠璃だ。
瑠璃は昔から普通の人には見えないはずのケガレを見ることができる。もっとも、見ることができるだけで祓うことはできない。
三春屋の主人は瑠璃が「見える」ことを知っているので、ケガレの助言については素直に受け入れてくれるのだ。
ケガレは悪しきものを呼ぶ。この力を何かに役立てられればと思うこともあるけれど、今の瑠璃には、ケガレを見たときにこっそり主人に打ち明けるくらいしかできない。それが少しもどかしい。
「――若旦那様、無事にケガレを祓ってもらえるとよけれど……」
同僚が心配そうに呟く。
「きっと、大丈夫よ」
瑠璃はしっかりとしたたたずまいになっていた貴弥の姿を思い出す。
あのケガレを祓えるくらい立派な祓い師になっていたのなら喜ばしい。
鈍く胸が痛むのは、久しぶりに自分が華族令嬢だった頃の記憶を刺激する存在に出会ったからだろう。京本貴弥は父の友人である祓い師の息子だ。
そう。七年前、十一歳の頃まで、瑠璃は伯爵令嬢だったのだ。そのことを知るのは、周りには母の遠縁である三春屋の主人しかいないけれど。
無事に貴弥たちはケガレを祓ったらしい。
らしい、というのは翌日すっかり回復した佐吉の姿を見たからだ。
幼い頃に宣言していたとおり、貴弥は立派な祓い師への道を順調に歩んでいるらしい。
ほんの少しの羨望と共に、よかったねと懐かしい顔に思いを馳せて――それで終わるはずだった。
