1 .高校一年 秋
いい秋晴れの朝いつも通り目を開ける。
アラームの音と朝早くからはたらくトラックの走る音が聞こえまた今日も一日が始まると感じさせてくる。
僕はいつも通りアラームを止め、顔を洗いつつ今日の単語テストの勉強をして朝ごはんを食べ制服に着替えて家の扉を開けて学校に行く。
そんないつも通りの暮らしはいつまで続くのだろうか。
教室に入り朝礼をする。
「起立、気をつけ、礼。」
日直は言う。その後担任が出席確認をする。
「またあいつは休みか。」
"あいつ"とは最近ずっと休んでいる人だ。
なぜ来ないのかはわからない、いやわかろうとしていないのかもしれない。
僕は人との会話を覚えることが少し苦手だ。
会話だけではないのかもしれないが、やはり記憶力はない方だ。数週間前のことしか覚えることができない。ゆえに学校の成績はいつも下から二番目だ。
そんなことよりも今日は単語のテストがある、そのための勉強をしなければならない。
6時限目、単語テストの時だ。いつも思う、テストの日の過ぎる時間はなぜ速くなるのだろう。結果は二十点分の十二点、何とも言えない点数だ。その後の授業の内容は覚える必要がないのであまり聞いていない。そんな一日が終わり今日もまた家に帰り扉を開ける。そして夕方の家での記憶もほとんどない。
数週間後の朝、今日はかなり激しい雨が降っていた。今日もまたアラームが鳴りトラックの音が聞こえていたのだがなぜかアラームを自分の手で止めることができなかった。なぜだろう、まあそんなことはどうでもいい。最近は本当に物忘れがひどい。昨日の出来事ですら覚えることができなくなっていた。しかしいつものルーティンは忘れることはできなかったらしい。いつも通り学校に行く。
「起立、気をつけ、礼。」
今日も日直は言う。
「おまえやっと来たのか〜 みんな心配してたぞ」
担任は出席確認をしてだいぶ前から休んでいた人が来ているらしい。なのに黒板の欠席者の人数は”1”
と刻まれていたらしい。
今日は何も覚えていない。学校で何があったのか、テストはあったのかなどすべてを忘れていた。
家の前に着くとなぜか親と警察、救急隊員が話し込んでいた。家の前にはブルーシートで目隠しされていて何か殺人事件でもあったのではないかと思わせていた。しかしその憶測はすぐに想像に過ぎないことを知らしめられた。
ブルーシートが風に吹かれて少し隙間ができた。
そこには見慣れた顔があった。その顔を見ると今までずっと忘れていた記憶がすべて戻ってきた。
今日のテストの結果、高校入試のときの点数など様々な記憶が流れてきたが一つ、本当に思い出したくないものがあった。
「そうか僕は昨日殺されてしまったんだ。」
2.中学三年 冬
少し顔がヒリヒリする冬の夕暮れ、僕は塾に向かっていた。
この今の時期、中学三年の冬というのはクラスの雰囲気が少しピリピリしてきてとても居心地が悪いことがある。特に今日は模試の成績公開日の直後で第一志望校の判定が低かった人を中心に、冬の寒さよりも冷たい空気を皆少しながらまとっていた。僕も例にもれずその空気をまとっていた。
「はあ〜、またC判定か。志望校落とそうかな。」
そんなことを言っていると目の前に春先のような暖かい空気をまとっていた人が一人いた。
「やっほ〜、なんか元気なくない? 大丈夫?」
彼女は学校や塾で成績が一、二番を争っている僕の幼馴染だ。
「そうなんだよ、志望校の判定が悪くってさ〜、ちょっと落ち込んでいるんだよね。」
「そっか〜、それは残念だったね、、、 今度勉強教えてあげよっか? 」
彼女にはきっと味わうことのない気持ちだろうがやはり彼女は優しくていつも僕に親身になって応えてくれる。そんな彼女が夕日に照らされて輝き、地面に影が映されていた。その影が少しゆがんで見えたのは気のせいだったのだろう。
彼女と塾の前で会って少し会話したあと僕たちは一緒に扉を開けた。その扉をまたぐと少し彼女との距離が離れてしまうような気がした。
僕は塾のなかでは中の中、そのため普通コースの授業を受けていた。そんななか、彼女は上の上、当然難関校コースの授業を受けていた。
さらに僕の周りには人はあまりいない。しかし彼女の周りには男子女子関係なく「勉強教えて」と人が集まっていた。
授業が始まった。最近はずっと演習をしている。今日は国語の演習だった。
周りの人がどんどん解き終えて答え合わせをして、先生に質問をしたりしている中、僕はある問題を前に手が止まってしまっていた。
「この文章中の主人公の気持ちの変化について百字以内で答えなさい。」
主人公は自分の生きがいであり仲の良かったおじいちゃんの形見であったギターをやっていたがあるとき、ギターが壊れていた。ギターが壊れて自分のすべてを失ったとでも言える主人公がどのようにして自信や生きる楽しみを見つけるのかというよくある文章だった。そんな中なぜか最後の記述問題で手が止まってしまっていた。その理由は分からないまま授業の時間が終わってしまった。
塾が終わり皆が帰宅するとき彼女はいた。
「一緒にかえろっか」
その言葉を聞いたとき今まで離れていた彼女との距離はとても近く感じられるようになっていた。
「うん」
そう答えた僕は、やはり今日の自分は何かおかしいと感じていた。しかし彼女はいつもと変わらずに明るく、僕はまるで光に寄せられる虫のように彼女の魅力に惹かれていっていた。
「そんなことがあったんだ〜 不思議だね〜」
なぜか彼女に今日の問題のことを話してしまった。彼女はその後も「なんか結構そんな感じの文章読んでるのにどうしたんだろうね〜」や、「勉強しすぎて疲れてるんじゃない?」と普段と変わらずにあっけらかんと話している彼女は今日もいつもと同じように輝いて見える。この時の僕はきっと彼女のことばかりを考えてしまっていたのだと今は考えてしまっている。
そんな会話をしているといつの間にか家に着いていた。彼女の家は僕の家の数十メートル先にあっていつも一緒に帰っている。
「それじゃ、また明日ね〜」
彼女に返事をするのがなぜか難しかった。今この時の僕は冷たい空気ではなく、温かい空気をまとってしまっていた。
「ただいま〜」
僕は自分の家の扉を開けて、僕の周りの空気より少し冷たい部屋の中へ足を踏み入れた。そこからのことは覚えていなかった。
数カ月後のある日。今日は受験の合格発表だった。
結果は第一志望校には落ちて、滑り止めとして受けた学校に行くことになってしまった。
彼女はというとなぜかその話題を避け頑なに話そうとしなかった。この時僕が問い詰めなかったのは彼女は言いたいことと言いたくないことの区別がしっかりしていて、それを無理に聞くとすぐに怒ってしまう性格だったからだ。その日もいつも通りに二人で一緒に帰っていた。
「なんで第一志望に落ちたのよ!」
家に帰り結果を伝えると母親は僕を怒鳴りつけた。
「せっかくあなたにたくさんお金を費やして少しいい塾に入れさせてあげて少しでもいい学校に行けるようにって思っていたのに! 私の教育の何が悪かったのよ! ねえ、聞いているの、あなたの話をしているのよ わかってる?」
僕の母親は世の中で言う毒親というやつなのかもしれないと思う時がいくつかあった。その一つがこれだ。しかし普段の母親はよく見える。ほかの人から見るとそんなことはないのかもしれないが、僕にとってはいい親だと考えている。
「まあ、なんだ 全力でやりきったならいいんじゃないか 第二志望のところでも上手くやっていけるだろう」
そんな母とは対照的に父はいつも穏やかで母親のあとに僕を励ましてくれる。この二人が結びついたのは必然だったのかもしれない。凸凹がうまくかみ合ってこの二人が出会っているのだと考えたらとてもいい話のように聞こえる。しかしこの世は残酷でそんなにうまく物事は運ばなかったらしい。それ以上は怖くなって聞けていない。
「ごめんなさい。でも第二志望のところで頑張っていくからこれからも見守っていてほしいです。」
これは僕がミスしたときやらなければならない儀式のようなものだった。
父はこんなことやめろと言っているのを聞いたが母親はこういうことを言える人こそが将来いい人に育つのよ!と少し怒りながら言っていたのを聞いていた。やはりこのときも外の温度より部屋は肌寒かった。
結果発表の日を境に彼女とは会うことができていなかった。
そこで僕は彼女にメッセージを送ってみた。
「最近元気? 」
あまり女子にメッセージを送ったことはなく、後から見たら何がしたいのか分からないメッセージを送ってしまっていた。その後彼女からは返事も返ってくることはなく、気づけば卒業式の日になってしまっていた。
3.高校一年 春
暖かく毛布がいらなくなってきた春先の陽気、今日もまたアラームがなっていた。今日は高校の入学式だった。
「いってきます。」
普通入学式には親がついてくるものなのだろうが僕の親はついてくることはしなかった。新しい制服、新しいローファー、学校指定のバック、数日前に髪を切りさっぱりした頭にくしを通して身だしなみを整えていた。これは新しい高校に浮かれていたのだろう。
入学式が始まる前、自分の教室に集まった。その中に見慣れた顔があった。
あの日から連絡が取れていなかった彼女だった。
「この学校だったんだね。 不思議だよ。」
僕は前までの雰囲気で彼女に話しかけた。しかし彼女は僕との会話に乗ってはくれなかった。こうして二人の間に前線のように空気が混ざり合わない不思議な感覚がのこったまま時間が過ぎ入学式が始まっていた。
一通りやることが終わり新しい高校での一日が終わり帰路についていた。
そこで僕は不思議に思った。今日は一斉下校のはずなのに彼女の姿が見えない。しかしその不思議を解消することはきっとできないだろう。
そのまま家に帰り、ベットで寝た。夢を見た。その夢は新しい高校での日常のようなものだった。彼女と一緒に過ごし、勉強をして同じ大学に合格する。なぜそんな夢をみたのかその時の僕はまたしても分からなかった。
次の日、アラームが鳴り、いつものルーティンをして学校に行った。
教室に入り少しした後出席確認が始まった。
その時僕はあの時の問題の答えの手がかりがつかめた気がした。解ききれずに終わってしまった記述の問題。
「あれ? もう早速休みか〜 みんな慣れてないから体調には気をつけろよ〜」
彼女が休んでいたのだ。ここから僕の記憶力が無くなってしまったのかもしれない。
何日経っても彼女が学校に来ることはなかった。そして日が経つにつれて僕の記憶は少しずつなくなってしまっていった。
4.高校1年夏
数ヶ月経っても彼女は学校に来ることもなく毎朝の出席確認でのみ名前を聞くぐらいだった。その間も僕の記憶はどんどんとなくなって数週間前までしか覚えることができなくなってしまっていた。さらに日に日に行動もおかしくなっていっていたのを自覚していた。この頃からか、いつも家の周りでよく人から見られているような感覚もあったことを今になって思い返す。ただしこの時の僕はなににも気づかずただ、いつものルーティンをして生活をするそれだけのことだった。さらに家での僕の存在が薄くなっていったのもこの頃だっただろうか。いつも家に帰っても誰にも迎えられずに家の中で家族との間に高く分厚い壁のようなものがあった。そのため僕の変化に親は気づかず、また親の変化にも気づくことができずにいた。
夏休みに入って学校に行くことがなくなり彼女のことを忘れないようにと毎日のように彼女のことを考えていた。時にそれは行き過ぎて気づいたら夜が明けていた時もあった。ある日ふとなぜ彼女は学校に来なくなってしまったのかというとても単純なそして最も大切な疑問を持った。僕は必死に考え、ひとつまたひとつと仮説が捨てられていく。そして考えるのが面倒になってしまった僕は放心状態になってしまっていた。この時なぜ彼女の喪失があの日の記述問題の手がかりになっていたのかを考えていた。その時僕にとって彼女は主人公にとってのギターのように僕の大切なものになっていってしまっていたのだという誰でも思いつく至極真っ当な理由を今ようやく見つけることができた。そうなったとき僕は続きの文章を思い出した。
ギターを無くしてしまった主人公は多くの人に頼られながら自分の人生を見直し幸せになることができていたはずだ。この文章の答えが分かりかけていた僕は今からこの物語を追っていくのだろうと確信していた。そこから僕はすぐに行動した。もとの中学の友達に連絡をして多くの場所に遊びに行った。さらに自分を見つめ直すために様々な本を読んだり、自分の気持ちを書き綴ったりもした。それでもなお彼女のことを考えることができなくなっていて僕は彼女が僕のなかで大きな存在になっていたことを自覚した。
この自覚が僕のすべての結末を変えることになったのだろう。
数日後なぜか僕は彼女の家の近くにいた。少し言い方を変えると電柱の裏に隠れていた。ここ数日僕は何をするでもなく彼女の家の近くに行ってしまっていた。これは世の中ではストーカーと言われるのかもしれないが僕は彼女の生活が知りたいとかつきまとっているとかではなくただ近くに行ってしまうだけだった。そのため今の時間は深夜2時、街はほとんどの場所が寝ていてたまに車が走っているだけであった。彼女の家は大きいとも小さいとも言えない普通の一軒家でそれなりに裕福な家庭であったようだ。僕はそんな自分と違う彼女にどんどんと惹かれていったのだろう。気づいたらここまでになってしまっていたのは今になっては恐怖で身が震えてしまう。
そんな行動をしている僕のことを心配する人はこの世にいなかった。
そして停めることができる人もまたこの世にいなかったのだ。
ある日彼女の家に入っていた。
彼女に会いたいと思う気持ちが大きくなりすぎてしまっていたのだ。
彼女は急に泣き出し彼女の親は警察に電話をして僕は連行されていった。
「バチンッ」
連行先で僕は親に叩かれた。しかしそれ以上は親から何も言われなかった。
警察の人の話を聞くと、僕は裁判まではいかないらしい。ただし彼女への接近禁止命令などが課されるということは覚えている。
こんな状態になっても親は僕のことを心配してくれることはなかったのだろう。こんな親だから僕はこうなってしまった、この時僕はこう思っていたのをはっきりと覚えることができていた。
僕はいつから物語から外れていたのだろうか。その答えは今になってようやくわかってきていた。はじめから手がかりが合っていなかったのだろう。
この回答をするなら部分点は無しというぐらい酷い結果であった。
そしてこのことがきっかけで僕の試験時間は短くなってしまっていたのだろう。
5.高校1年秋(死亡日直前〜死亡日)
この日もいつもどおりルーティンをして学校にいき授業を受けていた。
あの一件のことは教師以外は誰も知らない。教師は僕のことを信頼して学校に行くための手続きをしてくれていたらしい。そのため前までと大きく変わらずに過ごすことができていた。この日が終わり家に帰っていた。
「おい! 帰ってるなら早く飯作れ! 」
僕は反省のために家での家事の一部を負担していた。今日は僕が夜ご飯を作る役割だった。この日はクリームソースのスパゲッティだった。牛乳やシチューソースを使って作った簡単なものだった。それを作って僕はすぐ自分の部屋にいた。この時なぜか少し荒らされていたことに気づくことはできていなかった。ここで気づいていたとしてもこの先の運命は変わることはなかっただろうが。気づけば少し眠ってしまっていた。そんなとき窓に鍵がかかっていないことをいいことに誰かが部屋に入ってきていたのが分かった。
「久しぶり 数カ月ぶりだね 君のおかげで少し丸くなっちゃったよ」
そこにいたのは少し食べ過ぎてしまったのか少し丸くなっていた彼女だった。
「どうしてここにいるの?」
僕は少し寝ぼけていた。もっと聞くべきところがあったはずがこれを聞いてしまった。
「君と話をしにこようと思って 最初に無視したのはね…」
ここで僕は様々なことを聞いた。彼女は第一志望に落ちて親の期待に添えなかったことに落ち込んで話をしてくれなかったこと僕と同じ高校だったことにプライドが傷つけられ学校に来づらくなってしまったことそして
「私ねもともと君のことあんまり得意じゃなかったんだよね」
僕はここであっけにとられてしまっていた。それが失敗だった。
「だからあんまり話したくなかったの 話していてもあんまり楽しくなかったし でもそんな気分になるのも今日でやっとおわり 今までたくさん調べて楽に死ねる方法探してきたから安心してよ まあ最後だし少しだけ好きにしてあげる やりたいこと勝手にやっていいよ でもその1時間が終わったらもう君の人生はおわり そんな時に何をするのかな 主人公気取りの脇役くん」
僕はたくさん考えた。現状を飲み込むことができなかったからだ。ただ気づいたら1時間がたっていた。
「あ〜ぁ 何にもできなかったね そんなんだから私にも嫌われるし誰にも助けてもらいないんだよ 次はもっとやりたいことをやったほうがいいね まあこの世ですることはできないけど 君のせいで大切な高校1年生の期間がなくなったしこころに傷を負った その責任は取ってもらうからね それじゃバイバイ 生まれ変わっても私の前には現れないで」
その後のことはわかるよしもなかった。しかし首を一発で切られ失血死をしたのだと今死んでから明かされていた。
僕はどこで物語から外れたのかそれははじめからわかっていた。
僕はあの文章の主人公のように活力があるわけでもないやる気のない人間だった。しかしそんな僕でも人生を変えられると思ったからあの行動をしたのだ。ただしはじめから僕の人生はこのように終わると決まっていたのだろう。人生においての正解はないと思っていた。それは少し間違いで、すべての人に共通の目標がありそこに向かうまでの部分点があったのだろう。
僕は一体何点だったのか誰にもつけることはできないのだろう。
いい秋晴れの朝いつも通り目を開ける。
アラームの音と朝早くからはたらくトラックの走る音が聞こえまた今日も一日が始まると感じさせてくる。
僕はいつも通りアラームを止め、顔を洗いつつ今日の単語テストの勉強をして朝ごはんを食べ制服に着替えて家の扉を開けて学校に行く。
そんないつも通りの暮らしはいつまで続くのだろうか。
教室に入り朝礼をする。
「起立、気をつけ、礼。」
日直は言う。その後担任が出席確認をする。
「またあいつは休みか。」
"あいつ"とは最近ずっと休んでいる人だ。
なぜ来ないのかはわからない、いやわかろうとしていないのかもしれない。
僕は人との会話を覚えることが少し苦手だ。
会話だけではないのかもしれないが、やはり記憶力はない方だ。数週間前のことしか覚えることができない。ゆえに学校の成績はいつも下から二番目だ。
そんなことよりも今日は単語のテストがある、そのための勉強をしなければならない。
6時限目、単語テストの時だ。いつも思う、テストの日の過ぎる時間はなぜ速くなるのだろう。結果は二十点分の十二点、何とも言えない点数だ。その後の授業の内容は覚える必要がないのであまり聞いていない。そんな一日が終わり今日もまた家に帰り扉を開ける。そして夕方の家での記憶もほとんどない。
数週間後の朝、今日はかなり激しい雨が降っていた。今日もまたアラームが鳴りトラックの音が聞こえていたのだがなぜかアラームを自分の手で止めることができなかった。なぜだろう、まあそんなことはどうでもいい。最近は本当に物忘れがひどい。昨日の出来事ですら覚えることができなくなっていた。しかしいつものルーティンは忘れることはできなかったらしい。いつも通り学校に行く。
「起立、気をつけ、礼。」
今日も日直は言う。
「おまえやっと来たのか〜 みんな心配してたぞ」
担任は出席確認をしてだいぶ前から休んでいた人が来ているらしい。なのに黒板の欠席者の人数は”1”
と刻まれていたらしい。
今日は何も覚えていない。学校で何があったのか、テストはあったのかなどすべてを忘れていた。
家の前に着くとなぜか親と警察、救急隊員が話し込んでいた。家の前にはブルーシートで目隠しされていて何か殺人事件でもあったのではないかと思わせていた。しかしその憶測はすぐに想像に過ぎないことを知らしめられた。
ブルーシートが風に吹かれて少し隙間ができた。
そこには見慣れた顔があった。その顔を見ると今までずっと忘れていた記憶がすべて戻ってきた。
今日のテストの結果、高校入試のときの点数など様々な記憶が流れてきたが一つ、本当に思い出したくないものがあった。
「そうか僕は昨日殺されてしまったんだ。」
2.中学三年 冬
少し顔がヒリヒリする冬の夕暮れ、僕は塾に向かっていた。
この今の時期、中学三年の冬というのはクラスの雰囲気が少しピリピリしてきてとても居心地が悪いことがある。特に今日は模試の成績公開日の直後で第一志望校の判定が低かった人を中心に、冬の寒さよりも冷たい空気を皆少しながらまとっていた。僕も例にもれずその空気をまとっていた。
「はあ〜、またC判定か。志望校落とそうかな。」
そんなことを言っていると目の前に春先のような暖かい空気をまとっていた人が一人いた。
「やっほ〜、なんか元気なくない? 大丈夫?」
彼女は学校や塾で成績が一、二番を争っている僕の幼馴染だ。
「そうなんだよ、志望校の判定が悪くってさ〜、ちょっと落ち込んでいるんだよね。」
「そっか〜、それは残念だったね、、、 今度勉強教えてあげよっか? 」
彼女にはきっと味わうことのない気持ちだろうがやはり彼女は優しくていつも僕に親身になって応えてくれる。そんな彼女が夕日に照らされて輝き、地面に影が映されていた。その影が少しゆがんで見えたのは気のせいだったのだろう。
彼女と塾の前で会って少し会話したあと僕たちは一緒に扉を開けた。その扉をまたぐと少し彼女との距離が離れてしまうような気がした。
僕は塾のなかでは中の中、そのため普通コースの授業を受けていた。そんななか、彼女は上の上、当然難関校コースの授業を受けていた。
さらに僕の周りには人はあまりいない。しかし彼女の周りには男子女子関係なく「勉強教えて」と人が集まっていた。
授業が始まった。最近はずっと演習をしている。今日は国語の演習だった。
周りの人がどんどん解き終えて答え合わせをして、先生に質問をしたりしている中、僕はある問題を前に手が止まってしまっていた。
「この文章中の主人公の気持ちの変化について百字以内で答えなさい。」
主人公は自分の生きがいであり仲の良かったおじいちゃんの形見であったギターをやっていたがあるとき、ギターが壊れていた。ギターが壊れて自分のすべてを失ったとでも言える主人公がどのようにして自信や生きる楽しみを見つけるのかというよくある文章だった。そんな中なぜか最後の記述問題で手が止まってしまっていた。その理由は分からないまま授業の時間が終わってしまった。
塾が終わり皆が帰宅するとき彼女はいた。
「一緒にかえろっか」
その言葉を聞いたとき今まで離れていた彼女との距離はとても近く感じられるようになっていた。
「うん」
そう答えた僕は、やはり今日の自分は何かおかしいと感じていた。しかし彼女はいつもと変わらずに明るく、僕はまるで光に寄せられる虫のように彼女の魅力に惹かれていっていた。
「そんなことがあったんだ〜 不思議だね〜」
なぜか彼女に今日の問題のことを話してしまった。彼女はその後も「なんか結構そんな感じの文章読んでるのにどうしたんだろうね〜」や、「勉強しすぎて疲れてるんじゃない?」と普段と変わらずにあっけらかんと話している彼女は今日もいつもと同じように輝いて見える。この時の僕はきっと彼女のことばかりを考えてしまっていたのだと今は考えてしまっている。
そんな会話をしているといつの間にか家に着いていた。彼女の家は僕の家の数十メートル先にあっていつも一緒に帰っている。
「それじゃ、また明日ね〜」
彼女に返事をするのがなぜか難しかった。今この時の僕は冷たい空気ではなく、温かい空気をまとってしまっていた。
「ただいま〜」
僕は自分の家の扉を開けて、僕の周りの空気より少し冷たい部屋の中へ足を踏み入れた。そこからのことは覚えていなかった。
数カ月後のある日。今日は受験の合格発表だった。
結果は第一志望校には落ちて、滑り止めとして受けた学校に行くことになってしまった。
彼女はというとなぜかその話題を避け頑なに話そうとしなかった。この時僕が問い詰めなかったのは彼女は言いたいことと言いたくないことの区別がしっかりしていて、それを無理に聞くとすぐに怒ってしまう性格だったからだ。その日もいつも通りに二人で一緒に帰っていた。
「なんで第一志望に落ちたのよ!」
家に帰り結果を伝えると母親は僕を怒鳴りつけた。
「せっかくあなたにたくさんお金を費やして少しいい塾に入れさせてあげて少しでもいい学校に行けるようにって思っていたのに! 私の教育の何が悪かったのよ! ねえ、聞いているの、あなたの話をしているのよ わかってる?」
僕の母親は世の中で言う毒親というやつなのかもしれないと思う時がいくつかあった。その一つがこれだ。しかし普段の母親はよく見える。ほかの人から見るとそんなことはないのかもしれないが、僕にとってはいい親だと考えている。
「まあ、なんだ 全力でやりきったならいいんじゃないか 第二志望のところでも上手くやっていけるだろう」
そんな母とは対照的に父はいつも穏やかで母親のあとに僕を励ましてくれる。この二人が結びついたのは必然だったのかもしれない。凸凹がうまくかみ合ってこの二人が出会っているのだと考えたらとてもいい話のように聞こえる。しかしこの世は残酷でそんなにうまく物事は運ばなかったらしい。それ以上は怖くなって聞けていない。
「ごめんなさい。でも第二志望のところで頑張っていくからこれからも見守っていてほしいです。」
これは僕がミスしたときやらなければならない儀式のようなものだった。
父はこんなことやめろと言っているのを聞いたが母親はこういうことを言える人こそが将来いい人に育つのよ!と少し怒りながら言っていたのを聞いていた。やはりこのときも外の温度より部屋は肌寒かった。
結果発表の日を境に彼女とは会うことができていなかった。
そこで僕は彼女にメッセージを送ってみた。
「最近元気? 」
あまり女子にメッセージを送ったことはなく、後から見たら何がしたいのか分からないメッセージを送ってしまっていた。その後彼女からは返事も返ってくることはなく、気づけば卒業式の日になってしまっていた。
3.高校一年 春
暖かく毛布がいらなくなってきた春先の陽気、今日もまたアラームがなっていた。今日は高校の入学式だった。
「いってきます。」
普通入学式には親がついてくるものなのだろうが僕の親はついてくることはしなかった。新しい制服、新しいローファー、学校指定のバック、数日前に髪を切りさっぱりした頭にくしを通して身だしなみを整えていた。これは新しい高校に浮かれていたのだろう。
入学式が始まる前、自分の教室に集まった。その中に見慣れた顔があった。
あの日から連絡が取れていなかった彼女だった。
「この学校だったんだね。 不思議だよ。」
僕は前までの雰囲気で彼女に話しかけた。しかし彼女は僕との会話に乗ってはくれなかった。こうして二人の間に前線のように空気が混ざり合わない不思議な感覚がのこったまま時間が過ぎ入学式が始まっていた。
一通りやることが終わり新しい高校での一日が終わり帰路についていた。
そこで僕は不思議に思った。今日は一斉下校のはずなのに彼女の姿が見えない。しかしその不思議を解消することはきっとできないだろう。
そのまま家に帰り、ベットで寝た。夢を見た。その夢は新しい高校での日常のようなものだった。彼女と一緒に過ごし、勉強をして同じ大学に合格する。なぜそんな夢をみたのかその時の僕はまたしても分からなかった。
次の日、アラームが鳴り、いつものルーティンをして学校に行った。
教室に入り少しした後出席確認が始まった。
その時僕はあの時の問題の答えの手がかりがつかめた気がした。解ききれずに終わってしまった記述の問題。
「あれ? もう早速休みか〜 みんな慣れてないから体調には気をつけろよ〜」
彼女が休んでいたのだ。ここから僕の記憶力が無くなってしまったのかもしれない。
何日経っても彼女が学校に来ることはなかった。そして日が経つにつれて僕の記憶は少しずつなくなってしまっていった。
4.高校1年夏
数ヶ月経っても彼女は学校に来ることもなく毎朝の出席確認でのみ名前を聞くぐらいだった。その間も僕の記憶はどんどんとなくなって数週間前までしか覚えることができなくなってしまっていた。さらに日に日に行動もおかしくなっていっていたのを自覚していた。この頃からか、いつも家の周りでよく人から見られているような感覚もあったことを今になって思い返す。ただしこの時の僕はなににも気づかずただ、いつものルーティンをして生活をするそれだけのことだった。さらに家での僕の存在が薄くなっていったのもこの頃だっただろうか。いつも家に帰っても誰にも迎えられずに家の中で家族との間に高く分厚い壁のようなものがあった。そのため僕の変化に親は気づかず、また親の変化にも気づくことができずにいた。
夏休みに入って学校に行くことがなくなり彼女のことを忘れないようにと毎日のように彼女のことを考えていた。時にそれは行き過ぎて気づいたら夜が明けていた時もあった。ある日ふとなぜ彼女は学校に来なくなってしまったのかというとても単純なそして最も大切な疑問を持った。僕は必死に考え、ひとつまたひとつと仮説が捨てられていく。そして考えるのが面倒になってしまった僕は放心状態になってしまっていた。この時なぜ彼女の喪失があの日の記述問題の手がかりになっていたのかを考えていた。その時僕にとって彼女は主人公にとってのギターのように僕の大切なものになっていってしまっていたのだという誰でも思いつく至極真っ当な理由を今ようやく見つけることができた。そうなったとき僕は続きの文章を思い出した。
ギターを無くしてしまった主人公は多くの人に頼られながら自分の人生を見直し幸せになることができていたはずだ。この文章の答えが分かりかけていた僕は今からこの物語を追っていくのだろうと確信していた。そこから僕はすぐに行動した。もとの中学の友達に連絡をして多くの場所に遊びに行った。さらに自分を見つめ直すために様々な本を読んだり、自分の気持ちを書き綴ったりもした。それでもなお彼女のことを考えることができなくなっていて僕は彼女が僕のなかで大きな存在になっていたことを自覚した。
この自覚が僕のすべての結末を変えることになったのだろう。
数日後なぜか僕は彼女の家の近くにいた。少し言い方を変えると電柱の裏に隠れていた。ここ数日僕は何をするでもなく彼女の家の近くに行ってしまっていた。これは世の中ではストーカーと言われるのかもしれないが僕は彼女の生活が知りたいとかつきまとっているとかではなくただ近くに行ってしまうだけだった。そのため今の時間は深夜2時、街はほとんどの場所が寝ていてたまに車が走っているだけであった。彼女の家は大きいとも小さいとも言えない普通の一軒家でそれなりに裕福な家庭であったようだ。僕はそんな自分と違う彼女にどんどんと惹かれていったのだろう。気づいたらここまでになってしまっていたのは今になっては恐怖で身が震えてしまう。
そんな行動をしている僕のことを心配する人はこの世にいなかった。
そして停めることができる人もまたこの世にいなかったのだ。
ある日彼女の家に入っていた。
彼女に会いたいと思う気持ちが大きくなりすぎてしまっていたのだ。
彼女は急に泣き出し彼女の親は警察に電話をして僕は連行されていった。
「バチンッ」
連行先で僕は親に叩かれた。しかしそれ以上は親から何も言われなかった。
警察の人の話を聞くと、僕は裁判まではいかないらしい。ただし彼女への接近禁止命令などが課されるということは覚えている。
こんな状態になっても親は僕のことを心配してくれることはなかったのだろう。こんな親だから僕はこうなってしまった、この時僕はこう思っていたのをはっきりと覚えることができていた。
僕はいつから物語から外れていたのだろうか。その答えは今になってようやくわかってきていた。はじめから手がかりが合っていなかったのだろう。
この回答をするなら部分点は無しというぐらい酷い結果であった。
そしてこのことがきっかけで僕の試験時間は短くなってしまっていたのだろう。
5.高校1年秋(死亡日直前〜死亡日)
この日もいつもどおりルーティンをして学校にいき授業を受けていた。
あの一件のことは教師以外は誰も知らない。教師は僕のことを信頼して学校に行くための手続きをしてくれていたらしい。そのため前までと大きく変わらずに過ごすことができていた。この日が終わり家に帰っていた。
「おい! 帰ってるなら早く飯作れ! 」
僕は反省のために家での家事の一部を負担していた。今日は僕が夜ご飯を作る役割だった。この日はクリームソースのスパゲッティだった。牛乳やシチューソースを使って作った簡単なものだった。それを作って僕はすぐ自分の部屋にいた。この時なぜか少し荒らされていたことに気づくことはできていなかった。ここで気づいていたとしてもこの先の運命は変わることはなかっただろうが。気づけば少し眠ってしまっていた。そんなとき窓に鍵がかかっていないことをいいことに誰かが部屋に入ってきていたのが分かった。
「久しぶり 数カ月ぶりだね 君のおかげで少し丸くなっちゃったよ」
そこにいたのは少し食べ過ぎてしまったのか少し丸くなっていた彼女だった。
「どうしてここにいるの?」
僕は少し寝ぼけていた。もっと聞くべきところがあったはずがこれを聞いてしまった。
「君と話をしにこようと思って 最初に無視したのはね…」
ここで僕は様々なことを聞いた。彼女は第一志望に落ちて親の期待に添えなかったことに落ち込んで話をしてくれなかったこと僕と同じ高校だったことにプライドが傷つけられ学校に来づらくなってしまったことそして
「私ねもともと君のことあんまり得意じゃなかったんだよね」
僕はここであっけにとられてしまっていた。それが失敗だった。
「だからあんまり話したくなかったの 話していてもあんまり楽しくなかったし でもそんな気分になるのも今日でやっとおわり 今までたくさん調べて楽に死ねる方法探してきたから安心してよ まあ最後だし少しだけ好きにしてあげる やりたいこと勝手にやっていいよ でもその1時間が終わったらもう君の人生はおわり そんな時に何をするのかな 主人公気取りの脇役くん」
僕はたくさん考えた。現状を飲み込むことができなかったからだ。ただ気づいたら1時間がたっていた。
「あ〜ぁ 何にもできなかったね そんなんだから私にも嫌われるし誰にも助けてもらいないんだよ 次はもっとやりたいことをやったほうがいいね まあこの世ですることはできないけど 君のせいで大切な高校1年生の期間がなくなったしこころに傷を負った その責任は取ってもらうからね それじゃバイバイ 生まれ変わっても私の前には現れないで」
その後のことはわかるよしもなかった。しかし首を一発で切られ失血死をしたのだと今死んでから明かされていた。
僕はどこで物語から外れたのかそれははじめからわかっていた。
僕はあの文章の主人公のように活力があるわけでもないやる気のない人間だった。しかしそんな僕でも人生を変えられると思ったからあの行動をしたのだ。ただしはじめから僕の人生はこのように終わると決まっていたのだろう。人生においての正解はないと思っていた。それは少し間違いで、すべての人に共通の目標がありそこに向かうまでの部分点があったのだろう。
僕は一体何点だったのか誰にもつけることはできないのだろう。
