用済みだと言われた男装の麗人は、女の子だと思っていた元幼馴染の軍神に娶られる

 名取川家に来て三ヶ月が経った頃、雪緒は景にとある相談事を持ちかけていた。
「術符が欲しい……? うちにもそれなりの数があったはずだが」
「私が使用しているものは特別製でな。ここにあるものでは賄えないんだ」
 なるほどとうなずく彼に説明を重ねる。 
「これまで門下生に教えたのは基礎中の基礎だから、必要なかったんだが。本格的に天刀流異能術を授けるなら専用術符は欠かせない」
 雪緒は材料さえあれば作れることを告げると、彼は今から買いに出ることを提案した。
「必要なものを買い揃えてくれ。費用ならいくらでも出す」
「感謝する! では今から出かけて」
「私も同行しよう」
 聞き間違いかと思い景を見ると、既に彼は外套に手をかけていた。
「待ってくれ。ただの買い物に景殿が来てもらう必要はない」
「なんだ。私がいたら問題でも?」
「そういうことでは……貴方にわざわざ時間を取らせるのは悪いと」
「なら何も問題ないな」
 そう言い切られてしまえば断る理由などない。外套を羽織った景は、どこか満足そうに言った。
「では、出かけよう」
 景の運転する車に揺られ、久しぶりに街へ来た雪緒は不思議な気分だった。
(前に来たときは、任務の一環だったか)
 護国寮はその名の通り国家防衛が主な役割だが、ときに町で起きた怪異や事件を解決することもある。雪緒が以前訪れたときも、異能を用いた詐欺事件を摘発するためだった。
 あれから半年と経っていないのに、ずいぶん昔のことのように感じる。
 隣の景をちらりと見やった。今日の景は休日とあって、いつもの隊服とは違ってスリーピースの洋装を身に着けている。
(何を着ても似合うな)
 髪も瞳も色素が薄いせいなのか、それとも手足の長い体形のせいなのか。彼の洋装は驚くほど似合っているし、道行く女性たちが皆振り返っているのがわかる。
 対する雪緒は男ものの着物に袴姿。景は無理して女の格好をする必要はないと言ってくれているし、他に着るものを持っていないのだから仕方ないとはいえ……さすがに不釣り合いな気がしてしまう。
「どうした?」
 こちらを振り向いた景にどきりとしつつ、誤魔化すようにからかう。
「道行く女性たちが景殿を見ている。さすがだな」
「いや……それは君もだろう」
 は?と困惑した表情を浮かべると、景はやれやれと吐息を漏らした。
「まったく君は手がかかる」
「なんだそれは。馬鹿にしているのか」
 睨んだ先で彼は「可愛いと言っているんだ」などと分かりやすい嘘をいう。
 ひと通りの買い物を済ませ店を出ると、時計を確認した景が雪緒を見た。
「腹が減ったから食事をして帰ろう。近くにいい店がある」
 連れられて入った店は、落ち着いた雰囲気の洋食レストランだった。出迎えた店主は景を見るなり丁寧にお辞儀をする。
「これは名取川様、ようこそいらっしゃいました」
「今から二名で構わないか」
「もちろんでございます。こちらへ」
 案内されたのはホールの奥にある個室だった。いわゆるお得意様の特別室というやつだろう、上品な調度品に囲まれた席についた雪緒は、慣れない場所に緊張してしまう。
「そう硬くならなくて大丈夫だ。この店は父の代からの行きつけで、店主も信頼できる」
「すまない……こういう場所に来たのは初めてで」
 そう言いながら、雪緒は恥ずかしい思いがした。三枝家の跡取りだったにもかかわらず、修業に明け暮れていたせいでテーブルマナーすら分からない。
 景はそうかと頷いてから、目の前にあるカトラリーを示した。
「外側から使うのさえ覚えていれば難しいものじゃない。私を真似てくれ」
「わかった」
「心配するな。ここには私と君しかいない」
 そう言って微笑む姿を見ていると、不思議と安心してしまう。子供の頃は自分が安心させる立場だったのに……いつの間にか、景のほうがすっかり頼もしくなってしまった。
 その後たどたどしくナイフやフォークを使いながらも、雪緒は彼と楽しく食事した。出てきた料理はどれも美味しく、すっかり洋食が好きになってしまった。
 夢中になって食べる自分を、景がどこか楽しそうに眺めているのが少々気になったが。