これからのことに結論が出ぬまま、朝を迎えた。
護国寮への出勤前に父のもとに呼びつけられた雪緒は、開口一番思いもよらぬ命を受けた。
「お前には名取川家へ行ってもらう」
名取川という名前を聞き、雪緒は息を呑んだ。この国で異能術を扱う家は百を超えると言われるが、名取川は異能御三家の筆頭であり、三枝よりも遥かに格上の存在だ。
現当主の名取川景は雪緒と同じ異能士官であり、若いながらも小隊長を務める傑人だと聞いている。
(名取川殿とは直接会ったことはないが……もしかしたら私の腕を買ってくれたのかもしれない)
彼の部隊に所属し功績を上げれば、父も認めてくれるかもしれない。淡い期待を抱く雪緒に、父は表情ひとつ変えず告げた。
「先方はお前を妻にと言っている」
「……は?」
意味の分からない指示に雪緒は混乱した。今”妻”という言葉が聞こえなかったか?
「どうせ妾のつもりだろうが。お前にとっては渡りに船だろう」
やはり勘違いではなかったのだと気づき、即座に固辞の意を示す。
「申し訳ありません父上。私はこれからも男として生きていくつもりです。結婚など」
そう言いかけて背筋に冷たいものが滑り落ちた。動悸が早鐘を打ち始める。
「……なぜ先方は私が女であるとご存じなのですか」
「なんだ知らんのか」
父は鼻を鳴らしながら手元にあった紙を投げつけた。そこに記されていたのは、寮長の名で記された雪緒宛の「不名誉除隊」勧告。
「なぜこんな……」
「お前が女であるとタレコミがあったそうだ。まぎれもない証拠付きでな」
添えられていたのは幼き日の雪緒の写真と、出生届の写し。虚偽申告による入隊は重大な規約違反であり、除隊処分が決定したと書面に記されている。
「異能士官ですらなくなったお前に行き場は無い。名取川の妾になるなら少しは役に立つだろう」
「お待ちください父上!」
「今日中に荷物をまとめて出ていけ。話はそれだけだ」
冷ややかにそう言い放ち、父は部屋を出て行った。残された雪緒の、除隊勧告を握りしめる手が震えた。
(これまで何の問題もなく隠し通せていたのに)
そもそも護国寮への入隊は父の指示であったし、性別を偽れたのも父による根回しがあったからだ。
つまりこんな暴露ができるのは、この家の人間でしかありえない。思わず乾いた笑いが出た。
「そこまでして私を追い出したいのだな」
もう三枝家にも、護国寮にも、自分の居場所はない。突き付けられた現実を、雪緒は受け入れるしかないのだ。
その日のうちに荷物をまとめ、三枝家を後にした。見送ってくれたのは幼い頃から仕えてくれた女中ひとり。
次期当主として担ぎ上げられ、この家のために尽くした十五年は、こんなにも簡単に”無かったこと”にされてしまった。
名取川の家に向かう雪緒の心はどこまでも暗く冷え切り、今にも凍えてしまいそうだった。

