隣のクラスのキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の魔法。 隣じゃなくても、繋がる想いがある~

春休みが終わり、
高校三年生最初の朝がやってきた。

校門をくぐった生徒たちが
真っ先に向かうのは、
新しい教室――ではなく、
昇降口近くに張り出された
クラス分けの掲示だった。

「ちょ、見えない! みんな背ぇ高すぎ!」

人だかりの後ろから
ぴょんぴょん跳ねる結衣に、
ひまりが思わず笑う。

「結衣、
そんなに跳んでも見えないと思うよ」

「だって気になるじゃん! 三年だよ?
最後のクラス替えだよ?」

「……最後なんだね」

乃愛がぽつりと呟く。

その言葉に、
三人はほんの一瞬だけ顔を見合わせた。

高校生活最後の一年。

そう考えると、
さっきまでいつもと変わらなく見えていた
校舎まで、少しだけ違って見える。

「よし。
じゃあ最後のクラス、確認しに行こ!」

結衣に促され、
三人は人の流れに混ざって掲示へ近づいた。

乃愛は並んだ名前を
上から順番に目で追っていく。

やがて――自分の名前を見つけた。

「あ……あった」

「どこどこ?」

「ここ。三組……」

「三組⁉」

結衣が勢いよく同じ欄を探し始める。

「あった! 私も三組!」

「ほんと?」

「ほんとほんと! ほら!」

嬉しそうに指差す結衣の隣で、
ひまりも自分の名前を見つけたらしく、
ふっと表情を緩めた。

「私も三組だよ」

「えっ、三人一緒⁉」

結衣の声が弾む。

「やったぁ! 三年生も三人一緒じゃん!
誰も離れなかったの、めっちゃ嬉しい!」

そう言って結衣が
乃愛とひまりの肩にそれぞれ手を添える。

「ふふっ。私も。三年生もよろしくね」

「……うん。私も嬉しい」

乃愛も自然と笑顔になった。

二年生になったばかりのころなら、
新しいクラスに入るだけで
緊張していたかもしれない。

けれど今は、隣に結衣とひまりがいる。

それだけで、
新しい教室へ向かう足取りも
少し軽くなる気がした。

――ただ。

乃愛の視線は、
もう一度掲示へ戻っていた。

三組の名前を、上から下まで確認する。

一度だけではなく、もう一度。

けれど、探している名前はどこにもなかった。

「あ……琉生くん、同じクラスじゃないんだ」

分かっていたはずなのに、
胸の奥に小さな寂しさが落ちる。

一年生から二年生まで、
ずっと同じ教室にいた。

二年生の春には隣の席になって、
そこからたくさんのことが始まった。

だからこそ、名前がないだけで
教室が少し遠くなったように感じた。

「あ、乃愛。琉生、こっち!」

結衣が指差したのは、
すぐ隣に張られた四組の掲示だった。

「あっ、颯人もいる!」

「二人は四組なんだね」

ひまりの言葉に、
結衣はもう一度三組と四組の掲示を見比べる。

「そっかぁ。五人一緒にはなれなかったかぁ」

少し残念そうに呟いてから、
すぐに乃愛とひまりを見る。

「でも、私たち三人が一緒で、
琉生と颯人も一緒ならよかった!」

「よかったね、結衣」

ひまりが笑うと、
結衣は一瞬きょとんとしてから頬を赤くした。

「な、なんで私に言うの⁉」

「俺と離れなくてよかったってことじゃね?」

「わっ、颯人⁉」

突然背後から聞こえた声に、
結衣が勢いよく振り返る。

いつの間に来ていたのか、
颯人がすぐ後ろに立っていた。

その隣では琉生が面白そうに笑っている。

「いつからいたの!」

「わりと今」

「絶対嘘!」

「で、嬉しい?」

「……知らない!」

ぷいっと顔を背けた結衣の頬は、
さっきより赤い。

答えを聞くまでもなかったのか、
颯人は小さく笑った。

「相変わらずだな、お前ら」

琉生が呆れ半分に笑えば、
結衣がすぐに振り返る。

「琉生にだけは言われたくない!」

「なんでだよ!」

また始まりそうな気配に、
ひまりがくすっと笑う。

乃愛もつられて笑った。

クラスは二つに分かれてしまった。

それでもこうして五人でいると、
昨日までと何も変わっていない
ような気がする。

やがて予鈴が鳴り、
それぞれの教室へ向かう
生徒たちが動き始めた。

「じゃ、私たち三組!」

「俺ら四組」

「お昼はまた五人で食べようね!」

結衣の言葉に、それぞれが頷く。

五人は廊下を途中まで一緒に歩き、
三組と四組の前で二つに分かれた。

ほんの数歩。

隣同士の教室なのに、
乃愛は自分の教室へ入る直前、
もう一度だけ振り返る。

すると――。

四組へ向かいかけていた琉生も
ちょうど振り返った。

目が合う。

琉生が笑って、小さく手を上げる。

乃愛も少しだけ笑って、手を振り返した。

それだけで、胸の奥に落ちていた
寂しさがほんの少し軽くなった。

*―*―*

放課後。

新しい教室での一日を終えた
乃愛が廊下へ出ると、
四組の前の壁にもたれながら
待っている琉生の姿があった。

「琉生くん」

「お疲れ、乃愛」

「……待っててくれたの?」

「まあな。一緒に帰ろうと思って」

その言葉に、乃愛の表情が柔らかくなる。

二人は並んで歩き出した。

教室が一つ隣になっただけ。

朝も会えるし、昼休みには五人で集まれる。

放課後だって、こうして一緒に帰れる。

何も大きく変わったわけではない。

それでも――。

「乃愛」

「……ん?」

「やっぱり、ちょっと寂しい?」

不意に聞かれて、乃愛は足を少し緩めた。

ごまかそうと思えば、ごまかせた。

けれど琉生の前なら、
素直に言ってもいい気がした。

「……うん。ちょっとだけ」

すると琉生は、
少しだけ目を丸くしてから笑った。

「俺も」

「……琉生くんも?」

「そりゃ寂しいだろ。
二年間ずっと同じ教室だったんだから」

その言葉が嬉しくて、
乃愛の胸がじんわりと温かくなる。

寂しいと思っていたのは、
自分だけじゃなかった。

琉生も同じだった。

「でもさ」

琉生が足を止める。

そして、乃愛の前へ片手を差し出した。

「……?」

乃愛がその手を見つめると、
琉生はいつもの笑顔を浮かべた。

「俺らには、これがあるだろ?」

一瞬だけ、乃愛は目を丸くする。

けれど、その意味はすぐに分かった。

「……うん」

小さく笑って、その手に自分の手を重ねる。

指が自然に絡み、
いつものぬくもりが伝わってきた。

隣の席ではなくなった。

同じ教室でもなくなった。

それでも、
二人の間にあるものまで
離れてしまったわけじゃない。

乃愛は繋いだ手を見つめてから、
隣を歩く琉生を見上げた。

「……充電、できるもんね」

「だろ?」

「ふふっ」

二人の笑い声が、
春の放課後の廊下に小さく重なった。

新しい教室。新しいクラス。

そして、初めて別々になった二人。

少し寂しくても大丈夫。

二人には、
心をそっと支えてくれるこのぬくもりがある。

隣の席じゃなくても、
隣のクラスになっても。

また会いに行けばいい。

高校生活最後の一年も、
二人はそれぞれの場所から、
また少しずつ歩き始めていく――。