翌朝。
昨日まで五人で笑っていた琉生と颯人は、
横浜にあるチェーロ・ヴェルデ横浜の
練習施設に立っていた。
整えられた芝の向こうでは、
すでに何人もの選手がボールを蹴っている。
短く鋭い声が飛び交い、
足元を離れたボールが、
次の選手へ迷いなく繋がっていく。
高校のグラウンドとは違う。
ただそれだけのことなのに、
琉生は自分の足がいつもより少し重く感じた。
昨日、
乃愛に繋いでもらった右手を無意識に握る。
『その……明日、頑張れるように。充電……』
恥ずかしそうに差し出された手を思い出すと、
少しだけ肩の力が抜けた。
「……行くか」
隣から聞こえた颯人の声に、琉生は前を向く。
「ああ」
二人は並んで、
初めてのピッチへ足を踏み出した。
まず、
ウォーミングアップや基礎練習が終わる。
そして、
練習は次第に実戦に近いゲーム形式へ
と移っていった。
最初に違和感を覚えたのは、その直後だった。
味方からパスが入る。
琉生はいつものようにボールを足元へ収め、
顔を上げた。
――その瞬間には、もう相手が目の前にいた。
「っ……!」
慌てて身体を入れようとする。
けれど、その前にボールを奪われた。
速い。そう思った。
次はもっと早く。
そう意識してパスを受ける。
右に味方がいる。
そこへ出そうとした瞬間には、
すでにパスコースが消えていた。
仕方なく切り返す。
今度は背後から足が伸びる。
また、失った。
「……くそ」
思わず漏れた声を飲み込み、
琉生はすぐに守備へ戻る。
走る速さなら、高校でも負けていない。
一対一だって、
簡単に抜かれるつもりはなかった。
なのに、ここでは自分が一つ動く間に、
周りがもう次の動きを始めている。
琉生が思うようにプレーできずにいる頃。
少し離れた、ゴール前――。
颯人もまた、高校との違いを感じ始めていた。
味方から戻されたボールを受け、顔を上げる。
右か、中央か。
一瞬だけ探した、そのときだった。
「高城。今の、受けてから探しただろ」
コーチの声が飛ぶ。
「……はい」
「受ける前に二つ持っとけ。ここじゃ、
見てから決めてたら間に合わないぞ」
「はい」
短く答えながら、
颯人は一度ピッチ全体へ目を走らせた。
高校では、正しい選択をすれば間に合った。
けれど、ここでは違う。
正しい答えを探している、
その時間さえ与えてもらえない。
判断には自信があっただけに、
その差が悔しかった。
それでも颯人は、
何が違うのかを見逃すまいと、
もう一度ピッチ全体を見渡した。
その頃――。
琉生もまた、プレーが切れた
わずかな時間に周囲を見渡していた。
そのとき、ふと気づく。
プロの選手たちは、
ボールを受ける直前だけを
見ているわけではなかった。
一度。
また一度。
ボールが自分のところへ来る前から、
何度も首を振っている。
そしてパスが届いた瞬間には、
もう次のプレーが始まっていた。
「……そういうことか」
小さく呟く。速いのは、足だけじゃない。
――違う。
俺より足が速いんじゃない。
判断が速いんだ。
ボールが来る前から、次の景色を見ている。
初日の練習を終えるころには、
琉生の頭の中に、その光景が焼きついていた。
その夜――。
クラブが用意したホテルの部屋で、
琉生はベッドに腰を下ろしたまま、
大きく息を吐いた。
「……やっべえ」
隣のベッドでは、颯人が荷物を整理していた。
その手を止めることなく、
ちらりと琉生を見る。
「何が」
「全部」
「……雑だな」
「だって全部だろ。
受けたと思ったらもう来てるし、
出そうと思ったとこ消されてるし。
俺、今日何回取られた?」
「数えてない」
「そこは親友なら数えとけよ」
「数えたら余計へこむだろ」
思わず琉生が笑う。
練習中に張りつめていたものが、
少しだけほどけた。
「……でもさ」
琉生は両手を後ろについて、天井を見上げる。
「最初、単純に速いんだと思ったんだよ。
走るのも、寄せてくるのも。でも違った」
「判断?」
琉生が顔を向けた。
「……お前も思った?」
「思ったっていうか、言われた。
『受ける前に二つ持っとけ』って」
「あー……」
琉生は納得したように頷く。
ポジションは違う。
それでも今日、
二人がぶつかった壁はどこか似ていた。
「高校じゃ、
見てからでも間に合ってたんだけどな」
颯人の言葉に、琉生も小さく頷いた。
「こっちは、見たときにはもう遅いんだよな」
少しの沈黙。
悔しくないはずがなかった。
自分たちなりに、
高校ではここまで積み重ねてきた。
それでも今日立った場所には、
まだ知らない速さがあった。
やがて琉生が、ふっと笑う。
「……でも、なんか分かったらやりたくなるな」
「何を」
「明日。今日より一回でも早く判断する」
颯人はそんな琉生を見てから、
自分のベッドへ腰を下ろした。
「じゃあ俺は、受ける前に二つ」
「よし」
「何が『よし』なんだよ」
「明日の目標決定」
「勝手にまとめんな」
また小さな笑いが落ちる。
今日できなかったことが、
明日できる保証なんてない。
それでも、琉生の胸には「もう一度試したい」
という気持ちが芽生え。
颯人もまた、
今日見つけた課題を明日は少しでも
自分のものにしたいと思っていた。
悔しさはまだ残っている。
それでも二人は、
今日より少しだけ前を向いたまま、
二日目を迎えようとしていた——。
昨日まで五人で笑っていた琉生と颯人は、
横浜にあるチェーロ・ヴェルデ横浜の
練習施設に立っていた。
整えられた芝の向こうでは、
すでに何人もの選手がボールを蹴っている。
短く鋭い声が飛び交い、
足元を離れたボールが、
次の選手へ迷いなく繋がっていく。
高校のグラウンドとは違う。
ただそれだけのことなのに、
琉生は自分の足がいつもより少し重く感じた。
昨日、
乃愛に繋いでもらった右手を無意識に握る。
『その……明日、頑張れるように。充電……』
恥ずかしそうに差し出された手を思い出すと、
少しだけ肩の力が抜けた。
「……行くか」
隣から聞こえた颯人の声に、琉生は前を向く。
「ああ」
二人は並んで、
初めてのピッチへ足を踏み出した。
まず、
ウォーミングアップや基礎練習が終わる。
そして、
練習は次第に実戦に近いゲーム形式へ
と移っていった。
最初に違和感を覚えたのは、その直後だった。
味方からパスが入る。
琉生はいつものようにボールを足元へ収め、
顔を上げた。
――その瞬間には、もう相手が目の前にいた。
「っ……!」
慌てて身体を入れようとする。
けれど、その前にボールを奪われた。
速い。そう思った。
次はもっと早く。
そう意識してパスを受ける。
右に味方がいる。
そこへ出そうとした瞬間には、
すでにパスコースが消えていた。
仕方なく切り返す。
今度は背後から足が伸びる。
また、失った。
「……くそ」
思わず漏れた声を飲み込み、
琉生はすぐに守備へ戻る。
走る速さなら、高校でも負けていない。
一対一だって、
簡単に抜かれるつもりはなかった。
なのに、ここでは自分が一つ動く間に、
周りがもう次の動きを始めている。
琉生が思うようにプレーできずにいる頃。
少し離れた、ゴール前――。
颯人もまた、高校との違いを感じ始めていた。
味方から戻されたボールを受け、顔を上げる。
右か、中央か。
一瞬だけ探した、そのときだった。
「高城。今の、受けてから探しただろ」
コーチの声が飛ぶ。
「……はい」
「受ける前に二つ持っとけ。ここじゃ、
見てから決めてたら間に合わないぞ」
「はい」
短く答えながら、
颯人は一度ピッチ全体へ目を走らせた。
高校では、正しい選択をすれば間に合った。
けれど、ここでは違う。
正しい答えを探している、
その時間さえ与えてもらえない。
判断には自信があっただけに、
その差が悔しかった。
それでも颯人は、
何が違うのかを見逃すまいと、
もう一度ピッチ全体を見渡した。
その頃――。
琉生もまた、プレーが切れた
わずかな時間に周囲を見渡していた。
そのとき、ふと気づく。
プロの選手たちは、
ボールを受ける直前だけを
見ているわけではなかった。
一度。
また一度。
ボールが自分のところへ来る前から、
何度も首を振っている。
そしてパスが届いた瞬間には、
もう次のプレーが始まっていた。
「……そういうことか」
小さく呟く。速いのは、足だけじゃない。
――違う。
俺より足が速いんじゃない。
判断が速いんだ。
ボールが来る前から、次の景色を見ている。
初日の練習を終えるころには、
琉生の頭の中に、その光景が焼きついていた。
その夜――。
クラブが用意したホテルの部屋で、
琉生はベッドに腰を下ろしたまま、
大きく息を吐いた。
「……やっべえ」
隣のベッドでは、颯人が荷物を整理していた。
その手を止めることなく、
ちらりと琉生を見る。
「何が」
「全部」
「……雑だな」
「だって全部だろ。
受けたと思ったらもう来てるし、
出そうと思ったとこ消されてるし。
俺、今日何回取られた?」
「数えてない」
「そこは親友なら数えとけよ」
「数えたら余計へこむだろ」
思わず琉生が笑う。
練習中に張りつめていたものが、
少しだけほどけた。
「……でもさ」
琉生は両手を後ろについて、天井を見上げる。
「最初、単純に速いんだと思ったんだよ。
走るのも、寄せてくるのも。でも違った」
「判断?」
琉生が顔を向けた。
「……お前も思った?」
「思ったっていうか、言われた。
『受ける前に二つ持っとけ』って」
「あー……」
琉生は納得したように頷く。
ポジションは違う。
それでも今日、
二人がぶつかった壁はどこか似ていた。
「高校じゃ、
見てからでも間に合ってたんだけどな」
颯人の言葉に、琉生も小さく頷いた。
「こっちは、見たときにはもう遅いんだよな」
少しの沈黙。
悔しくないはずがなかった。
自分たちなりに、
高校ではここまで積み重ねてきた。
それでも今日立った場所には、
まだ知らない速さがあった。
やがて琉生が、ふっと笑う。
「……でも、なんか分かったらやりたくなるな」
「何を」
「明日。今日より一回でも早く判断する」
颯人はそんな琉生を見てから、
自分のベッドへ腰を下ろした。
「じゃあ俺は、受ける前に二つ」
「よし」
「何が『よし』なんだよ」
「明日の目標決定」
「勝手にまとめんな」
また小さな笑いが落ちる。
今日できなかったことが、
明日できる保証なんてない。
それでも、琉生の胸には「もう一度試したい」
という気持ちが芽生え。
颯人もまた、
今日見つけた課題を明日は少しでも
自分のものにしたいと思っていた。
悔しさはまだ残っている。
それでも二人は、
今日より少しだけ前を向いたまま、
二日目を迎えようとしていた——。


