春休みの午後。
駅から少し離れた公園には、
まだ咲き始めたばかりの桜が、
春の風に細い枝を揺らしていた。
ベンチの近くでは子どもたちが駆け回り、
少し離れた遊歩道を犬を連れた人が
のんびりと歩いている。
そんな穏やかな景色の中、
乃愛たち五人は久しぶりに揃っていた。
「で、いよいよ明日なんでしょ?」
結衣が待ちきれないように身を乗り出す。
「チェーロの練習!」
「おう。ついに明日」
琉生はいつものように笑って答えた。
チェーロ・ヴェルデ横浜。
昨年の大会で琉生と颯人のプレーを
見ていたスカウトから声がかかり、
春休みの三日間、トップチームの練習に
参加することになっていた。
「三日間だったよね?」
ひまりの問いに、颯人が頷く。
「そう。明日から三日」
「なんかすごいよね。
プロの選手と一緒に練習するんでしょ?」
「まだ練習参加だからな」
「颯人、そういうところだけ冷静なんだから」
「そういうところ“だけ”って何」
さらりと返した颯人に、
結衣がむっと頬を膨らませる。
そのやり取りを見て、ひまりが小さく笑った。
乃愛もつられるように笑いながら、
その隣にいる琉生へ視線を向ける。
いつもと変わらない笑顔。
結衣にからかわれても笑っていて、
明日からプロの選手たちに
混ざる人には見えないくらい、
いつもの琉生だった。
――でも。
乃愛は、膝の上で組まれた琉生の指先が、
ほんの少し落ち着きなく
動いていることに気づいた。
「……琉生くん」
「ん?」
振り向いた琉生と目が合う。
乃愛は少し迷ってから、小さな声で尋ねた。
「……緊張してる?」
「え?」
琉生の指が止まった。
一瞬だけ目を丸くしたあと、
誤魔化すように笑いかけて――
けれど、すぐにその笑みを少しだけ崩す。
「……まあ、ちょっとな」
強がるでもなく、
否定するでもないその答えに、
乃愛は小さく頷いた。
「……そっか」
それから自分の手元へ視線を落とす。
少しだけ迷ったあと、
乃愛はそっと右手を差し出した。
「じゃあ……手、繋いどく?」
「え?」
「その……明日、頑張れるように。充電……」
言葉が小さくなるにつれて、
乃愛の頬がほんのり赤くなっていく。
琉生は差し出された手と
乃愛の顔を交互に見て、一瞬きょとんとした。
けれど次の瞬間には、嬉しそうに目を細める。
「する」
「……うん」
琉生の手が、乃愛の手をそっと包む。
指と指が重なり、いつものように繋がった。
緊張がなくなるわけではない。
明日、初めて足を踏み入れる場所へ行けば、
きっと今よりもっと緊張する。
それでも、
手のひらから伝わる乃愛のぬくもりに、
琉生の肩からほんの少しだけ力が抜けた。
「あー、はいはい。出発前の充電ね」
すぐ横から飛んできた声に、
乃愛の肩がぴくっと跳ねる。
「ゆ、結衣……!」
頬を赤くした乃愛に、
結衣は楽しそうに笑う。
その隣では、
ひまりがくすっと口元を緩め、
颯人はすっかり見慣れたと
言わんばかりの顔で二人を眺めていた。
春の柔らかな風が、
五人の間を通り抜けていく。
こうして集まって、
笑って、誰かをからかって。
それは去年から何度も繰り返してきた、
五人にとっていつもの時間だった。
やがて帰る時間になり、
五人は公園の出口へ向かって歩き出した。
駅へ向かう道の途中で、
乃愛は琉生の隣へ並ぶ。
「……琉生くん」
「ん?」
「明日、頑張ってね」
「ああ」
琉生が笑う。
乃愛もその顔を見上げて、小さく笑った。
「……いってらっしゃい」
その言葉に、琉生は一度だけ瞬きをした。
それから、いつもの明るい笑顔で頷く。
「おう。行ってくる」
駅から少し離れた公園には、
まだ咲き始めたばかりの桜が、
春の風に細い枝を揺らしていた。
ベンチの近くでは子どもたちが駆け回り、
少し離れた遊歩道を犬を連れた人が
のんびりと歩いている。
そんな穏やかな景色の中、
乃愛たち五人は久しぶりに揃っていた。
「で、いよいよ明日なんでしょ?」
結衣が待ちきれないように身を乗り出す。
「チェーロの練習!」
「おう。ついに明日」
琉生はいつものように笑って答えた。
チェーロ・ヴェルデ横浜。
昨年の大会で琉生と颯人のプレーを
見ていたスカウトから声がかかり、
春休みの三日間、トップチームの練習に
参加することになっていた。
「三日間だったよね?」
ひまりの問いに、颯人が頷く。
「そう。明日から三日」
「なんかすごいよね。
プロの選手と一緒に練習するんでしょ?」
「まだ練習参加だからな」
「颯人、そういうところだけ冷静なんだから」
「そういうところ“だけ”って何」
さらりと返した颯人に、
結衣がむっと頬を膨らませる。
そのやり取りを見て、ひまりが小さく笑った。
乃愛もつられるように笑いながら、
その隣にいる琉生へ視線を向ける。
いつもと変わらない笑顔。
結衣にからかわれても笑っていて、
明日からプロの選手たちに
混ざる人には見えないくらい、
いつもの琉生だった。
――でも。
乃愛は、膝の上で組まれた琉生の指先が、
ほんの少し落ち着きなく
動いていることに気づいた。
「……琉生くん」
「ん?」
振り向いた琉生と目が合う。
乃愛は少し迷ってから、小さな声で尋ねた。
「……緊張してる?」
「え?」
琉生の指が止まった。
一瞬だけ目を丸くしたあと、
誤魔化すように笑いかけて――
けれど、すぐにその笑みを少しだけ崩す。
「……まあ、ちょっとな」
強がるでもなく、
否定するでもないその答えに、
乃愛は小さく頷いた。
「……そっか」
それから自分の手元へ視線を落とす。
少しだけ迷ったあと、
乃愛はそっと右手を差し出した。
「じゃあ……手、繋いどく?」
「え?」
「その……明日、頑張れるように。充電……」
言葉が小さくなるにつれて、
乃愛の頬がほんのり赤くなっていく。
琉生は差し出された手と
乃愛の顔を交互に見て、一瞬きょとんとした。
けれど次の瞬間には、嬉しそうに目を細める。
「する」
「……うん」
琉生の手が、乃愛の手をそっと包む。
指と指が重なり、いつものように繋がった。
緊張がなくなるわけではない。
明日、初めて足を踏み入れる場所へ行けば、
きっと今よりもっと緊張する。
それでも、
手のひらから伝わる乃愛のぬくもりに、
琉生の肩からほんの少しだけ力が抜けた。
「あー、はいはい。出発前の充電ね」
すぐ横から飛んできた声に、
乃愛の肩がぴくっと跳ねる。
「ゆ、結衣……!」
頬を赤くした乃愛に、
結衣は楽しそうに笑う。
その隣では、
ひまりがくすっと口元を緩め、
颯人はすっかり見慣れたと
言わんばかりの顔で二人を眺めていた。
春の柔らかな風が、
五人の間を通り抜けていく。
こうして集まって、
笑って、誰かをからかって。
それは去年から何度も繰り返してきた、
五人にとっていつもの時間だった。
やがて帰る時間になり、
五人は公園の出口へ向かって歩き出した。
駅へ向かう道の途中で、
乃愛は琉生の隣へ並ぶ。
「……琉生くん」
「ん?」
「明日、頑張ってね」
「ああ」
琉生が笑う。
乃愛もその顔を見上げて、小さく笑った。
「……いってらっしゃい」
その言葉に、琉生は一度だけ瞬きをした。
それから、いつもの明るい笑顔で頷く。
「おう。行ってくる」


