後宮の冷徹陰陽師と朱き花嫁

 連行されたのは、地下牢の奥にある小さな取調室だった。
 石造りの壁は湿り気を帯び、冷気が足元から這い上がってくる。陽和は冷え切った自らの身体を抱え、木製の椅子にぽつりと腰かけていた。
 しばらくすると静寂を破り、鈍い音を立てて重厚な扉が開く。
 入ってきたのは、玄宵ただひとり。
 配下の陰陽師たちは外に控えさせ彼は静かに扉を閉めると、陽和の向かい側へ腰を下ろした。
「申し開きなら、先ほど申し上げた通りです。私が下女として──」
「陽和」
 弁明を始めようとした陽和の心を切り裂くような、低い声が落とされた。
 先ほどまでの「不審者」「や「下女」という、冷淡な呼び名ではない。明確に意図をもって呼ばれた名前に、陽和は思わず肩を跳ねさせた。
「私のことを、覚えているのですか?」
「白々しい。お前が鳳凰の巫女の生き残りであり、没落した家からこの後宮へ潜り込んだことくらい、調べはついている」
 玄宵は机に肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せた。氷のような黒磁の瞳が、じっと陽和を捉えて放さない。そこには幼いころの柔らかさなど微塵もなく、完璧に統御された隙のない陰陽頭の顔しかなかった。
「なぜ、自分から名乗り出なかった? 鳳凰の巫女の血を引く者なら、なにも下女などの身分を落とさずとも、最初からしかるべき地位を用意できたはずだが」
「没落した家の娘が『古代の術が使えます』などと名乗り出たところで、怪しまれて投獄されるのが落ちです。それに……私には、後宮で調べたいことがありました」
「お前の家を陥れた黒幕の捜査か……愚かだな。ひとりの女が探れるほど、この後宮は甘くはない」
 玄宵の容赦のない言葉が突き刺さる。陽和は悔しさに唇を強く噛みしめ、そっと視線を落とした。
 やっぱりあの優しかった桐壷は、もうどこにもいないのだ。目の前にいるのは、感情を持たない冷酷な陰陽頭。私情で助けてくれることなど、端から期待するべきではなかった。
「申し訳ありませんでした。私をどう処分なさるおつもりですか? 追放ですか、それとも……」
 覚悟を決めて顔を上げた陽和に、玄宵はすっと目を細めた。そして嘲笑うかのように、薄い唇を歪めた。
「追放? 冗談を言うな。術の使える不審者を、野に放つわけがないだろう」
「で、では……」
「お前には、私の駒になってもらう」
 玄宵はそう言うと、指先で机を軽やかに叩いた。トンと静かな音が室内に響く。
「現在、後宮では高位の妃たちの周りで、気味の悪い呪詛(じゅそ)が蔓延している。帝の御身にもかかわる重大な事件だ。だが、犯人は巧みに足跡を消している」
「呪詛……」
「そうだ。そこで浄化の力を持つお前を、囮として使うことにした。私が一目惚れをして強引に手元に置いた“特別な側室”という名目で、私の屋敷の離れに置く」
 陽和は思わず耳を疑った。
「側室!? 私が、ですか? ですが私は、ただの下女で──」
「だからこそ意味がある。身分違いの贔屓(ひいき)を受ければ、後宮の妃どもは嫉妬し必ず動き出す。そこに潜む毒をあぶり出すのだ」
 玄宵はすっと立ち上がり陽和の目の前まで歩み寄ると、静かに見下ろした。彼の纏う白檀の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
 幼いころ、彼が抱きついてきたときに漂っていた香りとどこか似ている。