「そこまでだ、不審者」
背後から響いたのは、氷を纏ったように冷たく低い声。冷徹な一言が夜空を切り裂き、その言葉と共に鋭い霊圧が空気そのものを一変させた。ドンッと激しい衝撃波が走り、陽和の解き放っていた朱色の炎が一瞬にして吹き飛ばされる。
同時に、井戸の周りに残っていた影憑きの残滓(ざんし)が、虚空から飛来した数枚の黒の符によって完璧に封印され、一瞬で塵となって消滅した。
(な、なに!? この息もできないほどの、圧倒的な霊力は……)
陽和はゾクリと背筋を凍りつかせ、圧迫感に震える身体を押さえて恐る恐る振り返る。松明の明かりに照らされた渡り廊下の闇から、数人の陰陽師を従えたひとりの青年がゆっくりと歩み出てきた。
重厚な黒の狩衣に身を包み、腰に長刀を差したその姿はあまりにも高貴で、息をのむほどに美しい。透き通るような白い肌にすっと通った鼻筋、夜の闇を溶かし込んだような黒髪が夜風にさらりと揺れている。
そしてなにより目を惹くのは、見るものをすべて凍りつかせるような絶対零度の黒磁の瞳だ。
(……え?)
陽和の胸が激しく跳ね上がり、彼女の中の時間が止まる。
その顔立ちには、見覚えがありすぎた。
姿形は成長し、隙のない凛々しい大人の男へと変わっている。しかしその面影は紛れもなく、幼いころ陽和の後ろを必死についてきては「陽和ちゃん、置いていかないで」と泣きじゃくっていた気弱な少年──桐壷(きりつぼ)だった。
「き、桐壷……さま……」
陽和は感動と懐かしさで、思わず声が漏れてしまう。過酷な孤独の中で、ずっと抱き続けてきた初恋の思い出。まるで奇跡のような再会に、感動と懐かしさで陽和の瞳にじんわりと涙がにじんだ。
(生きているうちにまた会えるなんて、思ってもいなかった……)
あまりの喜びに、身体の震えが止まらない。
「桐壷さま! 私です、陽和です──っ」
思わず駆け寄ろうとした陽和の足を、冷酷な言葉がその場に縫い付けた。
「気安く、その名前を呼ぶな」
彼の反応は、陽和の淡い期待を情け容赦なく打ち砕いた。
氷の刃のような視線が、真っすぐに陽和を射抜く。そこには懐かしさも温もりも、欠片も存在しない。ただひたすらに冷たく、目の前の存在をゴミのように見下す色しかなかった。
「現在の私の名は玄宵。後宮の霊的警護を統括する陰陽頭だ」
玄宵と名乗った青年は、冷徹な声で淡々と告げる。
「夜間に後宮の立ち入り禁止区域への不法侵入、ならびに許可なき怪しげな霊術の使用。申し開きはあるか、不審者」
玄宵は陽和を見下ろし、冷ややかな眼差しで軽蔑するように言い放つ。そこには幼き頃を懐かしむような色はどこにもなく、まるで路傍の石ころを見るかのような無機質な冷たさしかない。
「あ、あの! 私は下女の陽和と申します。私はただ、ここに現れた怪異を払い、下女たちの部屋に向かうのは防ごうと──」
「黙れ。言い訳は不要だ」
玄宵は陽和の言葉を途中で一蹴する。一切の感情を削ぎ落したような声が夜の庭園に響き渡ると、玄宵はすっと指先を立て見えない金縛りの術で陽和の全身を縛り上げた。あまりの霊圧の強さに陽和はうめき声を漏らして地面に膝をつき、呼吸を詰まらせる。
背後から響いたのは、氷を纏ったように冷たく低い声。冷徹な一言が夜空を切り裂き、その言葉と共に鋭い霊圧が空気そのものを一変させた。ドンッと激しい衝撃波が走り、陽和の解き放っていた朱色の炎が一瞬にして吹き飛ばされる。
同時に、井戸の周りに残っていた影憑きの残滓(ざんし)が、虚空から飛来した数枚の黒の符によって完璧に封印され、一瞬で塵となって消滅した。
(な、なに!? この息もできないほどの、圧倒的な霊力は……)
陽和はゾクリと背筋を凍りつかせ、圧迫感に震える身体を押さえて恐る恐る振り返る。松明の明かりに照らされた渡り廊下の闇から、数人の陰陽師を従えたひとりの青年がゆっくりと歩み出てきた。
重厚な黒の狩衣に身を包み、腰に長刀を差したその姿はあまりにも高貴で、息をのむほどに美しい。透き通るような白い肌にすっと通った鼻筋、夜の闇を溶かし込んだような黒髪が夜風にさらりと揺れている。
そしてなにより目を惹くのは、見るものをすべて凍りつかせるような絶対零度の黒磁の瞳だ。
(……え?)
陽和の胸が激しく跳ね上がり、彼女の中の時間が止まる。
その顔立ちには、見覚えがありすぎた。
姿形は成長し、隙のない凛々しい大人の男へと変わっている。しかしその面影は紛れもなく、幼いころ陽和の後ろを必死についてきては「陽和ちゃん、置いていかないで」と泣きじゃくっていた気弱な少年──桐壷(きりつぼ)だった。
「き、桐壷……さま……」
陽和は感動と懐かしさで、思わず声が漏れてしまう。過酷な孤独の中で、ずっと抱き続けてきた初恋の思い出。まるで奇跡のような再会に、感動と懐かしさで陽和の瞳にじんわりと涙がにじんだ。
(生きているうちにまた会えるなんて、思ってもいなかった……)
あまりの喜びに、身体の震えが止まらない。
「桐壷さま! 私です、陽和です──っ」
思わず駆け寄ろうとした陽和の足を、冷酷な言葉がその場に縫い付けた。
「気安く、その名前を呼ぶな」
彼の反応は、陽和の淡い期待を情け容赦なく打ち砕いた。
氷の刃のような視線が、真っすぐに陽和を射抜く。そこには懐かしさも温もりも、欠片も存在しない。ただひたすらに冷たく、目の前の存在をゴミのように見下す色しかなかった。
「現在の私の名は玄宵。後宮の霊的警護を統括する陰陽頭だ」
玄宵と名乗った青年は、冷徹な声で淡々と告げる。
「夜間に後宮の立ち入り禁止区域への不法侵入、ならびに許可なき怪しげな霊術の使用。申し開きはあるか、不審者」
玄宵は陽和を見下ろし、冷ややかな眼差しで軽蔑するように言い放つ。そこには幼き頃を懐かしむような色はどこにもなく、まるで路傍の石ころを見るかのような無機質な冷たさしかない。
「あ、あの! 私は下女の陽和と申します。私はただ、ここに現れた怪異を払い、下女たちの部屋に向かうのは防ごうと──」
「黙れ。言い訳は不要だ」
玄宵は陽和の言葉を途中で一蹴する。一切の感情を削ぎ落したような声が夜の庭園に響き渡ると、玄宵はすっと指先を立て見えない金縛りの術で陽和の全身を縛り上げた。あまりの霊圧の強さに陽和はうめき声を漏らして地面に膝をつき、呼吸を詰まらせる。

