後宮の冷徹陰陽師と朱き花嫁

「家が没落してお前が消えたとき、どれほど絶望したことか」
 噛みしめるような声と共に、包み込まれた頬に力が込められる。陽和の動揺を一切無視するように、玄宵はもう一度、吐息の届く距離まで顔を近づけた。
「二度と失いたくないからこそ強くなり、冷血漢のフリをしてお前を遠ざけようとした。だがそれも。もう限界だ」
 玄宵の冷たい指先が、陽和の熱を持った唇をなぞる。その手つきはどこまでも愛おしげで、どこか貪欲だ。
「お前を逃がすつもりなど毛頭ない。だから、もう二度と俺の目の届かないところへ行こうなんて考えるな。これからは一生甘やかし、一生愛し尽くす。陽和、お前に拒否権はないぞ」
「玄宵さま……」
 陽和の目から、ひと筋の涙がぽろりとこぼれ落ちる。
 冷たく突き放されて地下牢に繋がれ、囮として扱われた日々。そのすべてが陽和を命がけで守るためだけの、彼の歪で深すぎる愛だったのだと知る。
「……拒否なんて、最初からするつもりはありません」
 陽和は嬉しさで胸をいっぱいにし、照れながらも玄宵の胸元にそっと額を預けた。ドクドクと力強く脈打つ玄宵の鼓動が、陽和の心音と重なり合っていく。
「私もずっと桐壷さま……玄宵さまをお慕いしていました。冷たくされても、私の心はあなただけのもの。嫌いになんてなれませんでした」
「……バカ者。そんな顔でそんなことを言うな。本当に歯止めが利かなくなるだろう」
 玄宵の喉が、くっと小さく鳴る。次の瞬間。彼の唇が、陽和の言葉を強引に塞いだ。
 一度目の口づけは、離れていた歳月を埋めるような切なくも優しいもの。しかし陽和が玄宵の背中にそっと手を回しいれると、彼の呼吸が一気に荒くなる。
 二度目、三度目の口づけは深さを増し、陽和の甘い吐息さえも奪い去るような熱く激しいものに変わっていく。
「ん……玄宵、さま……あっ……」
「逃がさない。もう二度と、お前を誰にも触れさせない……」
 うっとりと瞳を潤ませる陽和を見つめながら、玄宵は彼女の耳元に甘い声でささやいた。
「これからは毎日俺の目の届く場所にいて、俺の愛だけを受けて暮らせ。お前が泣くのは、俺の腕の中だけにしろ」
 冷酷な陰陽頭の仮面を完全に脱ぎ捨て、狂おしいほどの執着と過保護な愛を全身で注ぎ込んでくる玄宵に、陽和は胸を熱く焦がしながら身をゆだねる。
 陽和の初恋は過酷な試練を乗り越えて、決して解けることのない強い絆と永遠の溺愛へと変わる。
 ふたりが交わす甘い誓いの言葉と未来を祝福する朱色の光が、後宮を渡る爽やかな風の中に静かに溶け込んでいった。