「すみません」
そう肩を揺らされて、はっと顔を上げると、
「あ、起きた」
初めて聞く声が、左から零れてくる。
思わず声のする方へと振り返れば、見知らぬ男の人が、不思議そうな顔をして、こちらを覗き込んでいた。しかし、起きたばかりの霞んだ視界は、窓から差し込む白い光に発光していて、彼の顔が半分も見えない。
「すみません。俺、次の駅で降りるんですけど」
彼はそう言い、車内の電光掲示板を指した。
そこに映し出されていたのは、俺も降りる学校の最寄り駅で。俺は「あ」と声をあげて、ようやく自分が彼に思いきり寄りかかって眠っていたのだと、自覚した。
「ご、ごめんなさい!」
――やってしまった。
瞬間的に眠気も吹き飛んで、じわりと変な汗が噴き出してくる。なのに、胸の内側はすうっと冷えていく嫌な感覚がして、俺は隣の彼に深く頭を下げた。
「どっか具合悪いとかじゃないんですか?」
「ち、違います。本当にすみません……」
「ならいいっすよ」
そう言って彼は立ち上がると、停車して開いたドアの方へと歩いて行ってしまう。俺はそれをぼんやりと見送ってから、すぐにハッとして立ち上がる。
俺も降りなきゃ!
一瞬呆けそうになりながら、彼に続く形で電車から飛び出すと、背中を向けていた彼が振り返った。見つめ合う形で向き合い、俺は初めて彼の顔を意識する。
きれいな人だな。
第一印象にその言葉が浮かんだ。
朝の日差しに照らされたセンターパートの黒髪。真っ直ぐな細い鼻筋に、形の良い二重の双眸、ふっくらと愛らしい唇。全てが左右対称で歪みもなく、肌もきめ細やかで白い。
思わずその外見に見とれていると、
「新和高の人?」
そう問われた。
「そ、そうです。通信制だけど……」
何となく語尾を濁しながらそう呟くと、
「俺も通信」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、彼は少しだけ唇の端を持ち上げるようにして、不器用に笑っていた。
「じゃあ、また」
彼は踵を返すと、そのまま人の少ない改札口を出て、先に歩いて行ってしまう。俺はそれをぼんやりと見つめてから、あとを追うように、彼の足跡を辿って歩き出す。
なんて言う名前だろう。背が高くて大人っぽかったし、もしかして上の学年の人かもしれない。
少し冷静になってきた頭の中で、ぐるぐるとそんな事を考えながら改札を出ると、俺は腕に巻いていた時計を見て、足早に学校へと向かった。



