掃除の20分、友だちだったあいつに恋をした。

今年も梅雨がきた。

湿気のせいで俺の天然パーマの髪が言うことを聞かなくなる。
斜め前に座る爽の髪の毛は雨でも真っすぐだ。

雨の日は中庭を掃除することができないので、教室の掃除を手伝うことになっている。
そのため、最近は爽と話す時間が減っていた。
休み時間も俺は加藤と中島といるし、爽も陸上部の友だちである、牧田と瀬尾と過ごしている。
元々接点がない俺たちは、掃除の時間がないとあまり話さないんだと実感した。
今日は英語の先生が急に休みになったそうで、5限目が自習になった。
真面目に自習するやつもいれば、友だちとお喋りするやつもいた。
俺は、昨日の夜遅くまで加藤とオンラインゲームをしていたため、
眠くて仕方なく机に突っ伏していた。

周りの騒音がいい感じのノイズになって、あと一分で眠れそう。って時だった。

「ねえ。高橋君の髪の毛って天パ?」

と、急に髪の毛を誰かに触られた。

びっくりして顔を上げると、前の席の園田さんが

「急に触ってごめんね。」

と謝ってきた。

「いいけど。これ天パ。」

「やっぱりそうなんだ。ふわふわでかわいい。」

そう言ってまた俺の頭に園田さんが手を伸ばそうとしたとき。

「天。」

爽に名前を呼ばれ、園田さんの手も止まった。

「なに。どした?」

視線を爽に向けると、女子から話かけられたときと同じ冷たい目で爽がこちらを見ていた。
なんでそんな目で見るんだよ。

「いや、やっぱ後でいい。」

そう言うと爽はフイッと前を向いてしまった。
何考えてんだあいつは。園田さんも俺の髪の毛への興味はなくなったようで
自習を始めていた。

少しモヤモヤした気持ちを抱えながらもまた眠気が襲ってくる。
大あくびをした俺は、今度こそ眠りについた。

5限終了のチャイムがなって、目が覚めた俺は顔を上げた。
今日はバイトがある日だから、急いで帰る支度をしないと。
半分しか開かない目をこすりながら、リュックに教科書や筆箱を雑に入れていく。

「天。ちょっといい。」

顔を上げると部活へ行く準備をさっさと済ませた爽が立っていた。

「俺、この後バイトなんだけど。」

「5分で済むから。」

俺の返事も聞かずに、爽は俺の腕を引っ張って椅子から立たせた。
俺は慌ててリュックを掴んで爽に連れていかれるまま
資料室へ入った。

ガチャ。

爽がゆっくり資料室の鍵を閉めた。

「なんだよ。話なら教室でしろよ。」

あの冷たい目の爽が何も言わず、少しずつ近づいてくる。
何も怖がる必要ないのに、俺は迫力に負けて後ずさりしてしまう。
俺の背中が壁にある棚にあたった。もうこれ以上は下がれない。

「天。」

俺と爽の距離はもうペットボトル1本分もない。

「だから、なんだよ。」

爽の手が俺の頭に伸びてくる。
細長い人差し指に俺の髪の毛をくるくると巻き付けた。

「俺以外に触らせないで。」

爽の目は真剣で逆らうことを許してくれそうになかった。

「えっ。」

戸惑う俺をみた爽はフッと笑った。

「びっくりした?」

俺から離れた爽は、いつもの俺を揶揄うときの顔に戻っていた。

「お前!また揶揄ったな!」

揶揄うにしても、していいことと悪いことがある。
今回は完全に悪いことだ。

「怒るなよ。雨で掃除一緒にできないから天不足だった。」

「俺不足って、、、。教室で話しかけてくれればいいだろ。」

「休憩時間、ずっと友だちといるし。」

「それは、お前も」

「それに、女子に頭簡単に触らせるし。」

「だって、園田さんが」

「俺、我慢してるんだよね。」

「なにを?」

少し間が開いて、爽が口を開く。

「天に触れること。」

俺はその言葉に、顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かった。
爽がまた近づいて俺の顎をクイっと上に上げた。

「いつ家に遊びに行っていい?」

「離せよ!普通に聞けよ。」

「いつ?」

俺は上手く回らない頭をフル回転させ、姉たちの予定を思い出そうとした。
今週の土曜日、春は会社の社員旅行で、雪は彼氏とデートだったはずだ。

「土曜日ならいいけど。」

「OK。じゃあ土曜日な。」

そう言うと爽はやっと俺から離れた。

「じゃ、俺部活行くからまた明日。」

俺を置いて爽は資料室から出ると部活へ行ってしまった。
俺はその場に座り込んでしまった。

「あいつ、ほんと意味分からん。」

取り残された俺の顔はまだ赤いままだった。

そして、土曜日が来てしまった。
最寄り駅まで迎えに行くと、爽がスマホを見ながら俺を待っていた。

「よう。」

俺が声をかけるとスマホからぱっと顔を上げた。
あの資料室での一件から、爽の顔がうまく見れなかった。

「こっちだから。」

俺が家の方に向かって歩き出すと、後ろから爽もついて来る。

「家誰かいんの?」

「姉二人は出かけてて、両親も夜まで仕事。」

「ふーん。」

「あっ。小太郎はいる。」

「小太郎に会いに来たもんだからな。」

「そうかよ。」

意外と話せている。このままなにも意識するな俺。

家に着いて2階の俺の部屋のドアを開けると、部屋で寝ていた小太郎が
飛び出して来た。

「小太郎!待て!」

俺の制止の言葉には耳を貸さず、爽の足元でぴょんぴょん跳ねている。
爽がなんとか部屋に入り、床に座ると待ってましたと言わんばかりに膝に座り
前足で撫でろと催促している。

「かわいいな。」

いつも俺に言うみたいに小太郎に話しかけている。
やっぱりこいつの言う「かわいい」はこういう意味なんだ。
俺のこと犬だと思っているんだ。
それはそれで腹立つな。

「似てる。」

ぼそっと爽が呟く。

「なにとなにが?」

俺が聞くと爽は俺を指さした。

「天と小太郎。」

「どこがだよ。俺どちらかと言うと猫っぽいと思うんだけど。」

「人見知りしないし、口は悪くてもすぐ懐くし。」

「お、おう。」

「人に対して本気で怒ったり、嫌がったりしないでしょ。」

「まあ、そうだけど。2年生からの仲なのに俺のことよく分かってんのな。」

「・・・俺は1年生のときから知ってる。」

「え?なんで?接点ないよな。」

「なんでだろうね。」

いつもの俺を揶揄うときの顔だ。

「教えろよ。」

「今は教えない。」

「そうですか、はいはい。」

拗ねたふりをして爽を見ると、優しい顔で俺を見ている。
その顔を見ると、調子が狂ってしまうからやめてほしい。

ガチャ、バタン。

玄関が開く音がした。
おかしい、今日は夜まで誰も帰ってこないはずなのに。
階段を上がって来る音がして、

「て~~ん。知らない靴あるけど誰か来てるの~?」

この声は雪だ。
そう気付いた時には、もう雪は俺の部屋のドアを開けていた。

「おい!ノックくらいしろよ!」

「ごめんって。そんなに怒るな反抗期。」

雪は爽を見るなり、驚いた表情をした。

「えっ!めっちゃイケメン!」

「水口 爽です。お邪魔してます。」

「天がお世話になってます。天!お茶くらい出しな!」

「・・・うるせーな。」

「お茶持ってくるから。小太郎も行くよ。」

雪は嵐のように去って行った。

「元気なお姉さんだな。」

「うるさくて、嫌になる。」

「家族の前でもあんな感じなんだ。くくっ。」

何が面白いのか知らないが、爽は俺と姉の会話を思い出して笑っている。

「笑うなよ。」

「天はまだ反抗期なんだな。かわいいかわいい。」

馬鹿にしたような口調に反論したくなるが、こいつが喜ぶだけなので我慢した。
雪がお茶を持ってきてくれて、俺たちはゲームをすることにした。

「これで、勝負しよう。」

俺が選んだのは、車のスピードを競うゲームだ。
いつも加藤とやってるから爽に負けるはずがない。
これでぎゃふんと言わせてやる。