高校2年生になって2週間。
1年生の頃の仲良かった中島と加藤と同じクラスだったこともあり、新しいクラスにももう慣れていた。
代り映えのしないただの男子高校生の日常を繰り返していたある日の放課後、
中島と加藤といつものように教室で話をしていた。
「数学の田中先生さ、そうなるからして~って口癖だよな。」
田中先生の誇張物真似をする加藤に、俺と中島は思わず吹き出した。
「誇張しすぎだろ。」
俺がそう突っ込むと加藤も嬉しそうに笑っていた。ひとしきり笑った後のことだった。
机に座っている中島が、真剣な顔で
「俺、彼女できた。」
と、俺たちに告げた。
少し照れくさそうに下を向く中島を見て「おめでとう」という気持ちと
羨ましいという気持ちが両方こみ上げてきた。
「がち?誰誰?」
加藤が好奇心いっぱいの眼差しで中島を見ながら言った。
「隣のクラスの鈴木さん。」
「あ~。一年のときからかわいいって言ってたもんな。おめでとう!」
加藤が中島に抱き着くのを見て、俺も慌てて
「おめでとう!良かったな!」
と、中島に抱き着いた。
「お前ら、暑いからやめろよ~。」
そう言いながらも中島の顔は幸せそうだった。
中島は少し前まで俺と「好きになるって難しい。」って話していたのに、
俺より先に一歩進んだ。一歩どころじゃないか。
「抜け駆けしやがって~!」
俺は冗談で、中島の肩に回した手を解き、お腹をくすぐった。
「おいっ!羨ましいからってやめろよ!」
必死に抵抗する中島を見て、俺も加藤もげらげら笑った。
俺には友だちがいて、こうやって笑って過ごしている。
それでいいはずなのに、俺も中島みたいに誰かを好きになってみたいって思ってしまう。
何か物足りないようなそんな不思議な気持ち。
いつか俺も誰かを好きになる日は来るのだろうか。
次の日のHR。
「今日は掃除場所決めますよ。」
担任の真島先生がそう言って黒板に掃除場所を書いていく。
「中庭掃除は、広くて掃除が大変だから他のクラスと合同です。うちのクラスからは二人です。」
「中庭絶対嫌じゃない?夏は暑いしさ~。」
「虫もいるよ。」
「雑草とかもすごいよね。」
みんな口々に不満を溢している。この様子だと、誰も中庭掃除をやりたがらないだろう。
じゃんけんで負けた人になりそうだった。なら、俺が。
「先生、俺中庭がいい。」
手を挙げて俺が発言するとみんなが一斉に俺の方に視線を向けた。
「高橋くん、いいの?とっても助かるわ。」
先生が大げさに俺に頭を下げた。
「中庭外でしょ。楽しそうじゃん。」
「おい、天かっこつけるなよ!」
と、加藤がすかさず冷やかしてくる。
「うるせーよ!」
「はいはい。静かに。じゃああと一人ね。誰か・・・」
先生の言葉が終わる前に、一人手を挙げたやつがいた。
「えーっと、水口くんね。」
俺の斜め前に座っている男。
まだ挨拶くらいしかしたことなかったけど、一年生の頃から噂は聞いていた。
女子にモテモテなのに、告白をOKしたことがないと。
二年生になって挨拶くらいしかしたことないのに。
なんで、こいつが俺と一緒の場所を選んだのか。
もしかして虫好きなのか?
「水口くんが中庭掃除するなら私も中庭にすれば良かった。」
「ね~、私も。」
隣の席の女子たちが悔しそうに話している。
「じゃ、中庭は高橋くんと水口くんに決まりね。今日からお願いね」
先生の言葉で女子たちも口を噤んだ。
変な奴だな、と思いながら水口の後ろ姿を見ているとくるっと振り返った。
切れ長の目が俺を捉えて一瞬驚いてどきっとした。
「高橋、よろしく。」
「お、おう。」
水口は何事もなかったように前を向いた。
水口の真っ黒な髪の毛が窓から入ってきた風で少し揺れていた。
なにか始まりそうなそんな予感がした。
掃除の時間が来て、中庭に行くと水口はもうそこにいた。
「はやいな。」
俺が話しかけると、
「まあな、楽しみだったから。」
「掃除が楽しみ?変な奴だな。」
俺がそう言って笑うと、目線を外された。
初めて水口の顔をよく見たが、端正な顔つきで女子から好かれるもの納得だった。
あまり口数も多くなくてなにを考えているのか分からないところもいいらしい。
おまけにスタイルもいい。俺より十センチくらいは身長が高いようだ。
俺たちの掃除分担は中庭のベンチの周りと手洗い場だった。
「俺、手洗い場掃除するわ。」
蛇口をひねると、なぜか斜め上を向いていた蛇口から水が勢いよく飛び出し、
水口の顔に命中した。
「あっ、ごめん!大丈夫か⁉」
慌てて水を止め、水口に駆け寄る。
いつもあまり表情を変えず、何考えているか分からない水口がびしょびしょになって顔をしかめてる。
その様子がなんだかおもしろくて俺は笑いが止まらなくなってしまった。
「なんだよその顔っ。ははっ。ごめんっ。」
「おい、笑うなよ。」
言葉は怒っているようだったが俺の笑いにつられたのか、水口も笑っていた。
笑いが止まらない俺を見た水口は、蛇口の向きを俺の方に向けた。
「仕返し。」
そう言うと、蛇口を捻った。勢いよく飛び出た水は今度は俺の顔に命中した。
「水口!やめろよ!」
びしょびしょになった顔を拭って顔を上げると、すぐそこに水口の顔があった。
「ははっ。変な顔してる。」
俺の顔を覗き込んで笑う水口の笑顔は、どこか子どもっぽかった。
「ちょっとあなたたち!ちゃんと掃除しなさいよ~!」
2階の窓から俺たちの様子を見た真島先生が、身を乗り出していた。
「・・・は~い。」
俺が返事するのを水口はまだ笑いながら見ていた。
「お前のせいで笑われただろ。」
「元はと言えば、高橋が俺に水かけたからだろ。」
そう言われると何も言えない。
悔しくて少しムッとした顔をした俺の顔に水口の手が伸びてきた。
「なんだよ。」
「やっぱり、かわいい。」
そう言って、俺のほっぺたを軽くつねる。
「お、おい!俺はかわいくない!」
「そうかそうか。」
こいつは一体何を考えているんだ。俺がかわいい?
あれか俺をキャラクターかなにかだと思っているのかもしれない。
俺は水口の手を跳ね返すと、たわしで手洗い場の掃除を始めた。
「水口もベンチの周りの草抜けよ。」
「はいはい。」
だるそうにベンチの方に向かう水口の後ろ姿を見る。
水口がこんな意地悪なやつだって女子たちが知ったら心底がっかりするだろうな。
でも、あの笑顔を間近で見たら・・・。
俺は一体何を考えているんだ。頭を横にぶんぶんと振って、
よく分からない考えを打ち消した。
今は掃除に集中しよう。
俺は勢いよくたわしで手洗い場を擦り続けた。
水かけ事件から1週間。
掃除の時間はたった20分だけど、俺と水口の距離はどんどん縮まっていた。
今日も草を抜きながら他愛のない話をしていた。
「高橋って何部だっけ。」
「俺は部活入ってないよ。帰宅部。」
なかなか抜けない草を一生懸命引っ張りながら答える。
「へぇ~、じゃあ毎日何してんの。」
「バイトがあるときはバイトかな。俺、カフェでバイトしてるから。」
「どこのカフェ?」
「駅前のココカフェってとこ。」
「あ~たまに部活帰りに部活の奴らと行くわ。」
「水口って何部だっけ。」
「陸上部だよ。」
「へぇ~。」
まだ抜けない草と格闘しているせいで、水口との会話は半分くらいしか聞いていなかった。
「今度、部活休みのときさ」
「うん。」
「放課後遊びに行こう。」
「うん。」
ぐっと力を入れた瞬間、草が抜けた反動で俺は後ろに尻もちをついた。
「いってぇ~。」
「何してんの。ずっと引っ張てるなとは思ったけど。」
水口が俺に手を差し出した。
「お、さんきゅ。」
水口の手を掴んで立ち上がった。
その勢いで水口に抱き着く格好になってしまう。
「ご、ごめん。」
急いで水口から離れた。
こんなの誰かに見られたら女子からの嫉妬で俺の命が危ない。
「そんなに慌てなくていいのに。」
なんでこいつはこんなに余裕そうなんだよ。
まあ、男に抱き着かれたくらいで動揺しないか。
「さっきの本当にいいんだよな。」
さっき水口なんか言っていたっけ。
思い出そうとしている俺を見て水口が
「今度、放課後遊ぼうって話。」
と、呆れたように言った。
「いいけど、俺、水口のことそんなに知らないし、俺と遊んでもおもしろくないよ。」
俺と遊びたいなんてほんと水口は変な奴だな。
水口はクラスにも部活にも友だちがいて、
わざわざ俺と遊ぶ必要なんてないはずだ。
「楽しいよ、絶対。俺、高橋と遊びたい。」
真剣な顔で真っすぐな目で俺を見つめて水口は言った。
なぜか、その目をそらすことができない。
「なんだよ、それ。まぁいいけど。」
「良かった。じゃあ、休みの日分かったら連絡するからLINIのID教えて。」
ほっとした表情になった水口がズボンのポケットからスマホを取り出した。
「おう。」
QRコードを読み取ってお互いのIDを交換する。
水口のアイコンは猫だった。
「水口猫飼ってるんだな。」
「そういう、高橋は犬飼ってるんだな。」
水口はなぜか嬉しそうに俺のアイコンを見ている。
やっぱりこいつは犬とか虫とかそういう生き物が好きなのかもしれない。
「ポメラニアン?なんか高橋に似てるな。」
「ポメラニアンだよ。俺に?」
「うん。高橋に似てかわいい。」
でた。水口の「かわいい」。
生き物とかキャラクターとかそういうのが好きでぽろっと出てしまう言葉なのだろう。
いちいち気にしてたら、こっちが疲れるだけだ。
「あんまり、かわいいって言うのやめろよ。」
「え?なんで?」
「なんでってそりゃあ・・・」
水口の方を見るといつも間にかすぐ横にいた。
腕と腕が触れ合いそうで触れ合わない、そんな距離。
「俺、本当にかわいいと思ったときにしか言わないから。」
「そ、そうかよ。」
「なに?照れてんの?」
すこし笑っているようなそんな表情で俺を見る。
「ばかっ。そんなんじゃない!」
俺は立ち上がって
「手洗い場掃除してくる!」
とその場を勢いよく離れた
。
水口は意地悪な奴だから、俺の反応をみて楽しんでいるんだ。
悔しくて恥ずかしいはずなのに、なぜかそんなに嫌な気持ちじゃなかった。
その日の夜。
もうすぐ寝ようとベットでごろごろしていたら、早速水口から連絡が来た。
『来週の金曜日、部活休みだけどそっちは?』
『バイト休みだよ。』
『なら来週の金曜日に決定な。』
『分かった』
ただ、クラスメイトの奴と遊ぶだけだし、
中島や加藤ともよく遊んでいるのにどこか違和感がある。
少しふわふわしてて落ち着かない。
これは水口が「かわいい」とか言うからに決まっている。
親以外から「かわいい」なんて言われたことがないから変な気持ちになるんだ。
「あ~~~もうっ!」
枕に顔をうずめて足をばたばたさせる。
床で寝転んでいたポメラニアンの小太郎が不思議そうにこちらを見ていた。
こんな姿水口が見たら、また揶揄われるに違いない。
「小太郎、絶対、誰にも言うなよ。」
誰にも言うはずがない小太郎に言った後、
俺はついにおかしくなってしまったのだと気付く。
「全部、水口のせいだ・・・。」
金曜日が来てほしいけど来てほしくないなんて思いながら俺は眠りについた。
1年生の頃の仲良かった中島と加藤と同じクラスだったこともあり、新しいクラスにももう慣れていた。
代り映えのしないただの男子高校生の日常を繰り返していたある日の放課後、
中島と加藤といつものように教室で話をしていた。
「数学の田中先生さ、そうなるからして~って口癖だよな。」
田中先生の誇張物真似をする加藤に、俺と中島は思わず吹き出した。
「誇張しすぎだろ。」
俺がそう突っ込むと加藤も嬉しそうに笑っていた。ひとしきり笑った後のことだった。
机に座っている中島が、真剣な顔で
「俺、彼女できた。」
と、俺たちに告げた。
少し照れくさそうに下を向く中島を見て「おめでとう」という気持ちと
羨ましいという気持ちが両方こみ上げてきた。
「がち?誰誰?」
加藤が好奇心いっぱいの眼差しで中島を見ながら言った。
「隣のクラスの鈴木さん。」
「あ~。一年のときからかわいいって言ってたもんな。おめでとう!」
加藤が中島に抱き着くのを見て、俺も慌てて
「おめでとう!良かったな!」
と、中島に抱き着いた。
「お前ら、暑いからやめろよ~。」
そう言いながらも中島の顔は幸せそうだった。
中島は少し前まで俺と「好きになるって難しい。」って話していたのに、
俺より先に一歩進んだ。一歩どころじゃないか。
「抜け駆けしやがって~!」
俺は冗談で、中島の肩に回した手を解き、お腹をくすぐった。
「おいっ!羨ましいからってやめろよ!」
必死に抵抗する中島を見て、俺も加藤もげらげら笑った。
俺には友だちがいて、こうやって笑って過ごしている。
それでいいはずなのに、俺も中島みたいに誰かを好きになってみたいって思ってしまう。
何か物足りないようなそんな不思議な気持ち。
いつか俺も誰かを好きになる日は来るのだろうか。
次の日のHR。
「今日は掃除場所決めますよ。」
担任の真島先生がそう言って黒板に掃除場所を書いていく。
「中庭掃除は、広くて掃除が大変だから他のクラスと合同です。うちのクラスからは二人です。」
「中庭絶対嫌じゃない?夏は暑いしさ~。」
「虫もいるよ。」
「雑草とかもすごいよね。」
みんな口々に不満を溢している。この様子だと、誰も中庭掃除をやりたがらないだろう。
じゃんけんで負けた人になりそうだった。なら、俺が。
「先生、俺中庭がいい。」
手を挙げて俺が発言するとみんなが一斉に俺の方に視線を向けた。
「高橋くん、いいの?とっても助かるわ。」
先生が大げさに俺に頭を下げた。
「中庭外でしょ。楽しそうじゃん。」
「おい、天かっこつけるなよ!」
と、加藤がすかさず冷やかしてくる。
「うるせーよ!」
「はいはい。静かに。じゃああと一人ね。誰か・・・」
先生の言葉が終わる前に、一人手を挙げたやつがいた。
「えーっと、水口くんね。」
俺の斜め前に座っている男。
まだ挨拶くらいしかしたことなかったけど、一年生の頃から噂は聞いていた。
女子にモテモテなのに、告白をOKしたことがないと。
二年生になって挨拶くらいしかしたことないのに。
なんで、こいつが俺と一緒の場所を選んだのか。
もしかして虫好きなのか?
「水口くんが中庭掃除するなら私も中庭にすれば良かった。」
「ね~、私も。」
隣の席の女子たちが悔しそうに話している。
「じゃ、中庭は高橋くんと水口くんに決まりね。今日からお願いね」
先生の言葉で女子たちも口を噤んだ。
変な奴だな、と思いながら水口の後ろ姿を見ているとくるっと振り返った。
切れ長の目が俺を捉えて一瞬驚いてどきっとした。
「高橋、よろしく。」
「お、おう。」
水口は何事もなかったように前を向いた。
水口の真っ黒な髪の毛が窓から入ってきた風で少し揺れていた。
なにか始まりそうなそんな予感がした。
掃除の時間が来て、中庭に行くと水口はもうそこにいた。
「はやいな。」
俺が話しかけると、
「まあな、楽しみだったから。」
「掃除が楽しみ?変な奴だな。」
俺がそう言って笑うと、目線を外された。
初めて水口の顔をよく見たが、端正な顔つきで女子から好かれるもの納得だった。
あまり口数も多くなくてなにを考えているのか分からないところもいいらしい。
おまけにスタイルもいい。俺より十センチくらいは身長が高いようだ。
俺たちの掃除分担は中庭のベンチの周りと手洗い場だった。
「俺、手洗い場掃除するわ。」
蛇口をひねると、なぜか斜め上を向いていた蛇口から水が勢いよく飛び出し、
水口の顔に命中した。
「あっ、ごめん!大丈夫か⁉」
慌てて水を止め、水口に駆け寄る。
いつもあまり表情を変えず、何考えているか分からない水口がびしょびしょになって顔をしかめてる。
その様子がなんだかおもしろくて俺は笑いが止まらなくなってしまった。
「なんだよその顔っ。ははっ。ごめんっ。」
「おい、笑うなよ。」
言葉は怒っているようだったが俺の笑いにつられたのか、水口も笑っていた。
笑いが止まらない俺を見た水口は、蛇口の向きを俺の方に向けた。
「仕返し。」
そう言うと、蛇口を捻った。勢いよく飛び出た水は今度は俺の顔に命中した。
「水口!やめろよ!」
びしょびしょになった顔を拭って顔を上げると、すぐそこに水口の顔があった。
「ははっ。変な顔してる。」
俺の顔を覗き込んで笑う水口の笑顔は、どこか子どもっぽかった。
「ちょっとあなたたち!ちゃんと掃除しなさいよ~!」
2階の窓から俺たちの様子を見た真島先生が、身を乗り出していた。
「・・・は~い。」
俺が返事するのを水口はまだ笑いながら見ていた。
「お前のせいで笑われただろ。」
「元はと言えば、高橋が俺に水かけたからだろ。」
そう言われると何も言えない。
悔しくて少しムッとした顔をした俺の顔に水口の手が伸びてきた。
「なんだよ。」
「やっぱり、かわいい。」
そう言って、俺のほっぺたを軽くつねる。
「お、おい!俺はかわいくない!」
「そうかそうか。」
こいつは一体何を考えているんだ。俺がかわいい?
あれか俺をキャラクターかなにかだと思っているのかもしれない。
俺は水口の手を跳ね返すと、たわしで手洗い場の掃除を始めた。
「水口もベンチの周りの草抜けよ。」
「はいはい。」
だるそうにベンチの方に向かう水口の後ろ姿を見る。
水口がこんな意地悪なやつだって女子たちが知ったら心底がっかりするだろうな。
でも、あの笑顔を間近で見たら・・・。
俺は一体何を考えているんだ。頭を横にぶんぶんと振って、
よく分からない考えを打ち消した。
今は掃除に集中しよう。
俺は勢いよくたわしで手洗い場を擦り続けた。
水かけ事件から1週間。
掃除の時間はたった20分だけど、俺と水口の距離はどんどん縮まっていた。
今日も草を抜きながら他愛のない話をしていた。
「高橋って何部だっけ。」
「俺は部活入ってないよ。帰宅部。」
なかなか抜けない草を一生懸命引っ張りながら答える。
「へぇ~、じゃあ毎日何してんの。」
「バイトがあるときはバイトかな。俺、カフェでバイトしてるから。」
「どこのカフェ?」
「駅前のココカフェってとこ。」
「あ~たまに部活帰りに部活の奴らと行くわ。」
「水口って何部だっけ。」
「陸上部だよ。」
「へぇ~。」
まだ抜けない草と格闘しているせいで、水口との会話は半分くらいしか聞いていなかった。
「今度、部活休みのときさ」
「うん。」
「放課後遊びに行こう。」
「うん。」
ぐっと力を入れた瞬間、草が抜けた反動で俺は後ろに尻もちをついた。
「いってぇ~。」
「何してんの。ずっと引っ張てるなとは思ったけど。」
水口が俺に手を差し出した。
「お、さんきゅ。」
水口の手を掴んで立ち上がった。
その勢いで水口に抱き着く格好になってしまう。
「ご、ごめん。」
急いで水口から離れた。
こんなの誰かに見られたら女子からの嫉妬で俺の命が危ない。
「そんなに慌てなくていいのに。」
なんでこいつはこんなに余裕そうなんだよ。
まあ、男に抱き着かれたくらいで動揺しないか。
「さっきの本当にいいんだよな。」
さっき水口なんか言っていたっけ。
思い出そうとしている俺を見て水口が
「今度、放課後遊ぼうって話。」
と、呆れたように言った。
「いいけど、俺、水口のことそんなに知らないし、俺と遊んでもおもしろくないよ。」
俺と遊びたいなんてほんと水口は変な奴だな。
水口はクラスにも部活にも友だちがいて、
わざわざ俺と遊ぶ必要なんてないはずだ。
「楽しいよ、絶対。俺、高橋と遊びたい。」
真剣な顔で真っすぐな目で俺を見つめて水口は言った。
なぜか、その目をそらすことができない。
「なんだよ、それ。まぁいいけど。」
「良かった。じゃあ、休みの日分かったら連絡するからLINIのID教えて。」
ほっとした表情になった水口がズボンのポケットからスマホを取り出した。
「おう。」
QRコードを読み取ってお互いのIDを交換する。
水口のアイコンは猫だった。
「水口猫飼ってるんだな。」
「そういう、高橋は犬飼ってるんだな。」
水口はなぜか嬉しそうに俺のアイコンを見ている。
やっぱりこいつは犬とか虫とかそういう生き物が好きなのかもしれない。
「ポメラニアン?なんか高橋に似てるな。」
「ポメラニアンだよ。俺に?」
「うん。高橋に似てかわいい。」
でた。水口の「かわいい」。
生き物とかキャラクターとかそういうのが好きでぽろっと出てしまう言葉なのだろう。
いちいち気にしてたら、こっちが疲れるだけだ。
「あんまり、かわいいって言うのやめろよ。」
「え?なんで?」
「なんでってそりゃあ・・・」
水口の方を見るといつも間にかすぐ横にいた。
腕と腕が触れ合いそうで触れ合わない、そんな距離。
「俺、本当にかわいいと思ったときにしか言わないから。」
「そ、そうかよ。」
「なに?照れてんの?」
すこし笑っているようなそんな表情で俺を見る。
「ばかっ。そんなんじゃない!」
俺は立ち上がって
「手洗い場掃除してくる!」
とその場を勢いよく離れた
。
水口は意地悪な奴だから、俺の反応をみて楽しんでいるんだ。
悔しくて恥ずかしいはずなのに、なぜかそんなに嫌な気持ちじゃなかった。
その日の夜。
もうすぐ寝ようとベットでごろごろしていたら、早速水口から連絡が来た。
『来週の金曜日、部活休みだけどそっちは?』
『バイト休みだよ。』
『なら来週の金曜日に決定な。』
『分かった』
ただ、クラスメイトの奴と遊ぶだけだし、
中島や加藤ともよく遊んでいるのにどこか違和感がある。
少しふわふわしてて落ち着かない。
これは水口が「かわいい」とか言うからに決まっている。
親以外から「かわいい」なんて言われたことがないから変な気持ちになるんだ。
「あ~~~もうっ!」
枕に顔をうずめて足をばたばたさせる。
床で寝転んでいたポメラニアンの小太郎が不思議そうにこちらを見ていた。
こんな姿水口が見たら、また揶揄われるに違いない。
「小太郎、絶対、誰にも言うなよ。」
誰にも言うはずがない小太郎に言った後、
俺はついにおかしくなってしまったのだと気付く。
「全部、水口のせいだ・・・。」
金曜日が来てほしいけど来てほしくないなんて思いながら俺は眠りについた。
