初恋の相手と、高校に入学してから再会した。昔のクラスメイト。離れてから初めて恋だったと気づいて、何も始まらなかった。
って、再会してもとくに始まらねえけど。またこうして一緒にいられるだけでも、今はいいかってことにして自分を納得させてる。
マンションへ入って、俺はオートロックの鍵を開けた。ポストをのぞいてから、隣の明仁を振り返る。
「ピザのチラシ入ってた。バイト代入ったし、食う?」
「うん、食べる! 懐かしいね」
エレベーターが来るまで、チラシを見ながら頼むものを決める。俺は即決だったけど、明仁の優柔不断は変わらなかった。
頼むものが決まる前にエレベーターへ乗り込む。チラシとにらめっこした明仁が「しゅーちゃん」と俺を呼んだ。
「リレーで勝ったらさー……付き合ってよ」
まるで、何てことのない会話の続きのように告げられた。
少し目線を下げて、明仁と目を合わせる。会わなかった5年の間に俺のほうが身長が高くなっていた。
明仁はきらきらの美少年からすっかりモサモサのオタクだ。
俺の知ってる明仁とは大きく違うけど、今は憧れよりかわいさに心を持っていかれている。結局、変わらず好きってことだ。悔しいことに、悲しいことに。
鈍感な明仁は気づくわけもなく、そのおかげで片想いのままでもいられる。はずだった。はずだよな? あれ?
ぱちぱちと瞬きを数回して、数秒の沈黙と共に頭を整理しようとしたら「聞こえた?」と顔をのぞき込まれた。
「聞こえ……なかった、かもしれない」
エレベーターを降りて、先を歩いていく。鍵についたキーホルダーをガチャガチャ鳴らしながら、進む足が速くなる。
「ちょっ、速いよ。だから、おれと付き合ってって言ったの」
「何だよ、ちゃんと言えよ。どこに付き合えって?」
暴れだす心臓をもとの位置に戻そうと、深く息を吐く。うっかりしてた。こいつは紛らわしいやつなんだった。
「何回も言わされるの、ちょっと恥ずかしいんだけど。おれはしゅーちゃんが好きだから、付き合ってよ」
ひとまずわかった、とうなずく。鍵穴に鍵を挿そうとして、ドアにぶつけてしまった。
待て、今こいつ何て?
「それは……あー、恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味。え、友達的な意味でもありえんの?」
クスクス笑った明仁が俺の手から鍵をとって代わりに開けてくれた。
明仁は「おじゃましまーす」と家の中に声をかける。兄貴の「いらっしゃい」が返ってきた。ハッとして俺もただいま、と言った。
「マサくん、ピザ取りたいんだけど何がいい? しゅーちゃんがバイト代入ったからおごってくれるんだって」
俺は玄関の時計を確認して「届くまで時間かかるから間に合わねーだろ」と言った。選んでもらっても兄貴のバイトまでには来ない。
自分の部屋から顔をのぞかせた兄貴は「いいじゃん、とっといてよ」と余計なことを言った。
リビングの椅子に座って、さっきのチラシに目を落とす。ピザって意外と高いんだからな。
頭の中で計算していると、明仁が俺の指先をそっとつかんだ。ビクッと反応してしまって手を引っ込めると「ごめん」と掠れた声が耳に響いた。
何なんだよ、さっきから。ピザは高いし、こいつはよくわかんねーし、ピザは高いし!
「2人とも、ピザあと30秒で頼むの決められるならごちそうするよ」
いつの間にか兄貴がリビングに来ていて、俺と明仁は慌ててピザを決めた。
バイトへ行く兄貴を見送って、玄関のドアを閉める。さっきまでの慌ただしさが消えた途端、思い出したように顔が熱くなった。
「……さっきの、何?」
気まずさを引きずるのは嫌で、俺から訊ねる。
「しゅーちゃんは引いたりしないよね」
「まあ、明仁だしな。けど、引くことはあるよ。嫌いになることはないってだけで」
「確かに。おれに引いてることわりとあったね。この前もすっごい甘いお菓子食べてるだけで引いてたし」
スタスタと俺の部屋に先に入った明仁は振り向くなり、俺のことを抱き寄せた。
「これなんの時間?」
一周回って冷静になってきた。手を回すべきなのか、空いた両手の行き場がわからない。
「おれがどこまで許されるか試してる」
「え? リレーの話どこ行ったんだよ」
「あ、そうだった」
忘れるとこなのかよ!?
やっぱりからかってるんだなと納得できて、肩の力が抜けた。
そもそも、今日のリレーを思えば俺に勝てるわけない。明仁とはクラスが違うから、練習を初めて見たとはいえ、遅かった。
「もういいよ。ピザ来るまで勉強するから、大人しくしといて」
目の前まで来た明仁を押して、距離を取る。
「良くない。何で嘘って決めんの。しゅーちゃん、おれが負けると思ってんの?」
俺のベッドに倒れ込んだ明仁は前髪が分かれて、はっきり顔が見えた。好きな造形でイラッとする。
「思ってるし、実際そうだろ」
「今日の練習だけで決めるのひどい」
俺の心弄んでくるお前のがひどいよ。とは言わずに、隣に腰を下ろす。スプリングがギシッと音を立てた。
「明仁は、俺のこと好きじゃねーだろ」
「しゅーちゃんはおれのこと全ッ然わかってないよね。おれの世界はしゅーちゃんだけなのに」
そんなことを言われても信じられない。
俺は何かと理由をつけて連絡してたし、SNSに載る明仁を見てはコメントもつけるようにしてた。反対に明仁は連絡はたまにで、コメントは来た覚えがない。
好きならもっと、連絡取りたいとか声が聞きたいとかあるだろ。
「俺のこと気にしてなかったのによく言うわ」
「毎日会ってるのに?」
「その前の5年だよ」
5年は長い。会えない間、せっかく薄れかかったのに。試されてんのか。何をだよ。
「毎日連絡したかったけど、しゅーちゃんはそういうの好きじゃないじゃん。写真あげてくれる頻度高かったからそっち見てたよ」
嘘つけ。お前のアカウントから反応あったことねえだろ。
俺が言葉を返す前に「アカウントは分けてるからね」と、明仁は口の端を上げた。
「どういうこと?」
「おれだってわかるので毎日反応してたら、しゅーちゃんは何事か考えちゃうでしょ」
え、と一瞬フリーズする。
「毎日はあげてねーだろ、俺が」
「それはそうなんだけど。しゅーちゃんがアカウント教えてくれてから、かかさずチェックしてるよ」
おれね、これが好き。さっとスマホ画面をスクロールして、表示された写真は2年前。着物を着せてもらったときの首から下の写真。
すぐ出てくんのやべーな。
「あ、引いてる」
「引くっつーか、ビビってる。俺のこと気にしてたのか」
「うん。ちょっとは伝わった?」
「何となく」
明仁もこの5年間、俺のことを全く何とも思ってなかったわけじゃなかった。何なら逐一見ていてくれたことを知って、こみ上げたものが口角を押し上げる。
「好きだよ。ピザ楽しみだね」
「ピザかよ」
「お腹空いたでしょ。勉強、何だっけ?」
明仁が腕を上げて「起こして」と甘えてくる。俺はやれやれとため息を吐きながら「自分で起きろ」と小突いた。
✽✽✽
体育祭、当日。リレーでは、明仁のクラスが劣勢だった。
あんまり距離が開くと俺が楽すぎて勝負になるのか、なんて呑気なことを考えて走り出した矢先。背後に追いつかれたのが感覚でわかった。
振り返りたいのをこらえて前へ踏み出したのに、横を通り過ぎていく明仁。スローモーションのように微笑む横顔がはっきり見えた。
結果、俺は明仁に全く勝てなかった。
バトンを渡し終えて、呆気にとられる俺にピースサインを向けてくる明仁。
「勝つって言ったでしょ」
「練習は手を抜いたのかよ」
息を整えつつ、体を折った。
「手を抜いたっていうか、戦略かな。アンカーほど速くないけど、大事な配置任されたからね。クラスの練習ではちゃんと走ってたよ」
しれっと言う明仁が額の汗を拭う。邪魔そうに前髪をかきあげると、吸い込まれそうな瞳と視線がぶつかった。
「運動できますみたいなのいらねーんだよ。顔隠せ」
女子たちに見つかる前に俺は手を伸ばした。明仁の前髪を戻して顔を隠す。
お前はモサモサのオタクであって、以上でも以下でもない。この顔は俺だけが知ってればいい。
「付き合ってやるよ、どこにでも」
「じゃあ、パフェ食べに行きたい。2倍盛りのとこ」
「いいよ」
仕方ねーな、と付け加えた。別々にクラスの列に戻る。
「ずっと俺の負けでいいよ」
独り言のように呟いたそれに気づいた明仁が首を傾げた。
「……え、何?」
「今は教えてやんねー」
「教えてよ」
やだね、と笑って明仁に前を向くよう促した。退場する間も明仁がこちらを気にしていたものの、俺はスルーした。
5年分をそう簡単に渡せない。まだもう少しだけ、気づかないふりをさせてもらおう。
って、再会してもとくに始まらねえけど。またこうして一緒にいられるだけでも、今はいいかってことにして自分を納得させてる。
マンションへ入って、俺はオートロックの鍵を開けた。ポストをのぞいてから、隣の明仁を振り返る。
「ピザのチラシ入ってた。バイト代入ったし、食う?」
「うん、食べる! 懐かしいね」
エレベーターが来るまで、チラシを見ながら頼むものを決める。俺は即決だったけど、明仁の優柔不断は変わらなかった。
頼むものが決まる前にエレベーターへ乗り込む。チラシとにらめっこした明仁が「しゅーちゃん」と俺を呼んだ。
「リレーで勝ったらさー……付き合ってよ」
まるで、何てことのない会話の続きのように告げられた。
少し目線を下げて、明仁と目を合わせる。会わなかった5年の間に俺のほうが身長が高くなっていた。
明仁はきらきらの美少年からすっかりモサモサのオタクだ。
俺の知ってる明仁とは大きく違うけど、今は憧れよりかわいさに心を持っていかれている。結局、変わらず好きってことだ。悔しいことに、悲しいことに。
鈍感な明仁は気づくわけもなく、そのおかげで片想いのままでもいられる。はずだった。はずだよな? あれ?
ぱちぱちと瞬きを数回して、数秒の沈黙と共に頭を整理しようとしたら「聞こえた?」と顔をのぞき込まれた。
「聞こえ……なかった、かもしれない」
エレベーターを降りて、先を歩いていく。鍵についたキーホルダーをガチャガチャ鳴らしながら、進む足が速くなる。
「ちょっ、速いよ。だから、おれと付き合ってって言ったの」
「何だよ、ちゃんと言えよ。どこに付き合えって?」
暴れだす心臓をもとの位置に戻そうと、深く息を吐く。うっかりしてた。こいつは紛らわしいやつなんだった。
「何回も言わされるの、ちょっと恥ずかしいんだけど。おれはしゅーちゃんが好きだから、付き合ってよ」
ひとまずわかった、とうなずく。鍵穴に鍵を挿そうとして、ドアにぶつけてしまった。
待て、今こいつ何て?
「それは……あー、恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味。え、友達的な意味でもありえんの?」
クスクス笑った明仁が俺の手から鍵をとって代わりに開けてくれた。
明仁は「おじゃましまーす」と家の中に声をかける。兄貴の「いらっしゃい」が返ってきた。ハッとして俺もただいま、と言った。
「マサくん、ピザ取りたいんだけど何がいい? しゅーちゃんがバイト代入ったからおごってくれるんだって」
俺は玄関の時計を確認して「届くまで時間かかるから間に合わねーだろ」と言った。選んでもらっても兄貴のバイトまでには来ない。
自分の部屋から顔をのぞかせた兄貴は「いいじゃん、とっといてよ」と余計なことを言った。
リビングの椅子に座って、さっきのチラシに目を落とす。ピザって意外と高いんだからな。
頭の中で計算していると、明仁が俺の指先をそっとつかんだ。ビクッと反応してしまって手を引っ込めると「ごめん」と掠れた声が耳に響いた。
何なんだよ、さっきから。ピザは高いし、こいつはよくわかんねーし、ピザは高いし!
「2人とも、ピザあと30秒で頼むの決められるならごちそうするよ」
いつの間にか兄貴がリビングに来ていて、俺と明仁は慌ててピザを決めた。
バイトへ行く兄貴を見送って、玄関のドアを閉める。さっきまでの慌ただしさが消えた途端、思い出したように顔が熱くなった。
「……さっきの、何?」
気まずさを引きずるのは嫌で、俺から訊ねる。
「しゅーちゃんは引いたりしないよね」
「まあ、明仁だしな。けど、引くことはあるよ。嫌いになることはないってだけで」
「確かに。おれに引いてることわりとあったね。この前もすっごい甘いお菓子食べてるだけで引いてたし」
スタスタと俺の部屋に先に入った明仁は振り向くなり、俺のことを抱き寄せた。
「これなんの時間?」
一周回って冷静になってきた。手を回すべきなのか、空いた両手の行き場がわからない。
「おれがどこまで許されるか試してる」
「え? リレーの話どこ行ったんだよ」
「あ、そうだった」
忘れるとこなのかよ!?
やっぱりからかってるんだなと納得できて、肩の力が抜けた。
そもそも、今日のリレーを思えば俺に勝てるわけない。明仁とはクラスが違うから、練習を初めて見たとはいえ、遅かった。
「もういいよ。ピザ来るまで勉強するから、大人しくしといて」
目の前まで来た明仁を押して、距離を取る。
「良くない。何で嘘って決めんの。しゅーちゃん、おれが負けると思ってんの?」
俺のベッドに倒れ込んだ明仁は前髪が分かれて、はっきり顔が見えた。好きな造形でイラッとする。
「思ってるし、実際そうだろ」
「今日の練習だけで決めるのひどい」
俺の心弄んでくるお前のがひどいよ。とは言わずに、隣に腰を下ろす。スプリングがギシッと音を立てた。
「明仁は、俺のこと好きじゃねーだろ」
「しゅーちゃんはおれのこと全ッ然わかってないよね。おれの世界はしゅーちゃんだけなのに」
そんなことを言われても信じられない。
俺は何かと理由をつけて連絡してたし、SNSに載る明仁を見てはコメントもつけるようにしてた。反対に明仁は連絡はたまにで、コメントは来た覚えがない。
好きならもっと、連絡取りたいとか声が聞きたいとかあるだろ。
「俺のこと気にしてなかったのによく言うわ」
「毎日会ってるのに?」
「その前の5年だよ」
5年は長い。会えない間、せっかく薄れかかったのに。試されてんのか。何をだよ。
「毎日連絡したかったけど、しゅーちゃんはそういうの好きじゃないじゃん。写真あげてくれる頻度高かったからそっち見てたよ」
嘘つけ。お前のアカウントから反応あったことねえだろ。
俺が言葉を返す前に「アカウントは分けてるからね」と、明仁は口の端を上げた。
「どういうこと?」
「おれだってわかるので毎日反応してたら、しゅーちゃんは何事か考えちゃうでしょ」
え、と一瞬フリーズする。
「毎日はあげてねーだろ、俺が」
「それはそうなんだけど。しゅーちゃんがアカウント教えてくれてから、かかさずチェックしてるよ」
おれね、これが好き。さっとスマホ画面をスクロールして、表示された写真は2年前。着物を着せてもらったときの首から下の写真。
すぐ出てくんのやべーな。
「あ、引いてる」
「引くっつーか、ビビってる。俺のこと気にしてたのか」
「うん。ちょっとは伝わった?」
「何となく」
明仁もこの5年間、俺のことを全く何とも思ってなかったわけじゃなかった。何なら逐一見ていてくれたことを知って、こみ上げたものが口角を押し上げる。
「好きだよ。ピザ楽しみだね」
「ピザかよ」
「お腹空いたでしょ。勉強、何だっけ?」
明仁が腕を上げて「起こして」と甘えてくる。俺はやれやれとため息を吐きながら「自分で起きろ」と小突いた。
✽✽✽
体育祭、当日。リレーでは、明仁のクラスが劣勢だった。
あんまり距離が開くと俺が楽すぎて勝負になるのか、なんて呑気なことを考えて走り出した矢先。背後に追いつかれたのが感覚でわかった。
振り返りたいのをこらえて前へ踏み出したのに、横を通り過ぎていく明仁。スローモーションのように微笑む横顔がはっきり見えた。
結果、俺は明仁に全く勝てなかった。
バトンを渡し終えて、呆気にとられる俺にピースサインを向けてくる明仁。
「勝つって言ったでしょ」
「練習は手を抜いたのかよ」
息を整えつつ、体を折った。
「手を抜いたっていうか、戦略かな。アンカーほど速くないけど、大事な配置任されたからね。クラスの練習ではちゃんと走ってたよ」
しれっと言う明仁が額の汗を拭う。邪魔そうに前髪をかきあげると、吸い込まれそうな瞳と視線がぶつかった。
「運動できますみたいなのいらねーんだよ。顔隠せ」
女子たちに見つかる前に俺は手を伸ばした。明仁の前髪を戻して顔を隠す。
お前はモサモサのオタクであって、以上でも以下でもない。この顔は俺だけが知ってればいい。
「付き合ってやるよ、どこにでも」
「じゃあ、パフェ食べに行きたい。2倍盛りのとこ」
「いいよ」
仕方ねーな、と付け加えた。別々にクラスの列に戻る。
「ずっと俺の負けでいいよ」
独り言のように呟いたそれに気づいた明仁が首を傾げた。
「……え、何?」
「今は教えてやんねー」
「教えてよ」
やだね、と笑って明仁に前を向くよう促した。退場する間も明仁がこちらを気にしていたものの、俺はスルーした。
5年分をそう簡単に渡せない。まだもう少しだけ、気づかないふりをさせてもらおう。



