「昨日のは何だったのよ……」
「あやうく死ぬところでした。ほんと、何だったんですか」
我らのダーリンの良いところを語ろうの会、臨時会。
本来は週一のこの回が連日で開催されたのには理由があった。
昨夜のことである。最近帰りの遅い恋人に少し釘を刺しておこうとした所まではいつも通りだった。
『なあ、ユレー、リーリ』
名前を呼ばれたとき、いつもとは違う空気を感じた。大柄な体形で人を怖がらせないようにとずっと笑顔を浮かべている人だ。真面目な顔になることなんて、めったにない。
そう、あの真っ直ぐな瞳。琥珀色の、狼のような、捕食者の目。
言葉を紡ぐ、低い声。体の奥まで響く強い意志。
ユレーとリーリにはわかってしまった。あの言葉は、本心から発されたものだと。
わかっていたはずだった。自分がどれほど愛されているか。
でも……あれは、想像以上。
「ね、ねぇ、あの時あたし、顔赤くなってなかった!?」
「たぶん、大丈夫……だったかと。すみません、僕も余裕がなくて」
「そ、そうよね……本当に驚いたわ」
「あんなに真っ直ぐな言葉……あの人、素面ですよね??」
「ええ、お酒の香りはしなかったはず……どういう心境の変化かしら」
遠目で見れば、紳士淑女の優雅なお茶会。しかし、お茶のカップを持ち上げる手はひどく震えている。お菓子をつまもうとする手も空ぶってしまった。
……つまるところ、エリオの前では年上ということもあって落ち着いた振る舞いをしている2人が、実の所、好きな人からの愚直なまでの誠実な言葉に死ぬほど動揺しているだけだった。
「竜ちゃん、髪の毛」
「! ああ、紅くなっていましたか……やっぱり、動揺しているみたいです」
「魔力調節の薬草を……」
腰まで掛かるユレーの黒髪は、毛先の方から魔力の影響で紅く染まっていた。リーリも指の震えから懐から薬を取りだすのにもいつもの3倍は時間がかかっていた。
「…………本当は」
何とか取り出した薬をユレーに手渡したリーリがぽつりぽつりと語りだす。俯いた顔に前髪の影が落ちた。
「わかってる。あたしが、味覚の無い話を持ち出したから……迂闊だった」
新薬の味見に付き合って欲しい。ただそれだけ。ひとつお願いを聞いてくれるからと、エリオに頼めることを頼んだまで。
あの時、エリオが動揺したのが2人にはわかった。分かってしまった。そして、動揺を悟らせまいとする彼の気づかいも。
「エリオさんは、誠実な人です。僕たちが一番わかってる。でも…………あまりに、真面目すぎる」
3人には過去があった。それは美しく、また、目を背けたくなるほどひどいものでもあって。
それでいて、そんなことはリーリとユレーが気にするわけもなくて。
「あの人の悲しむ顔なんて、見たくない」
「……あたしだって、そう」
机の下で握り込む拳は、酷く震えていた。
いつもに比べて、ずっと静かで、暗くて……
でも、目元が腫れて家に帰った日には、エリオがどれだけ心配するかなんてわかっているから。声も出せず、俯くことしかできない。
過去は変えられない。長い人生の中で、それくらいのことは心得ている。
でも、それでも。
大好きな人が苦悩する顔なんて、見たくないんだ。
「……仕事に戻りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
これ以上、2人で話そうと何も解決しないだろう。午後の仕事も待っている。今日のところはこれで解散という流れに。
その時だった。
「おっ!! いたいた」
こちらに駆け寄ってくる大きな人影。見覚えも聞き覚えもありすぎるその人物にリーリとユレーの心臓が高鳴る。
「……エリオさん?」
「……どうしてここに」
同時にそう呟き、固まってしまう。
確かにエリオは2人が頻繁にここで話していることを知っている。だけど、日々仕事に追われている彼がこちらに顔を出すことなんて滅多になかった。
「珍しいわね。お仕事は大丈夫なの?」
先に落ち着きを取り戻したリーリが、努めて冷静にそう尋ねた。
帰ってきた答えは至極シンプル。
「リーリさんとユレーに会いたくて、休みを取ってきたんだ。2人の分も申請しておいた」
そして、少し視線を逸らしつつ付け加える。
「急にすまない……でも、ちょっと俺のわがままに付き合ってくれないか?」
ずるい人。そんなことを言われて、断れるはずがないのに。
「……仕方の無い人ですね、まったく」
「ふふん! お休みになったからにはとことん付き合ってもらうわよ」
暗い気持ちも全て吹き飛ばしてしまうような神憑り的な間の良さ。これもまた、3人がずっと昔から恋人で居続けられる理由のひとつで。
紳士と淑女の顔には、この世の何よりも愛らしい万遍の笑みが浮かんでいた。
「で、どこに連れて行ってくれるのかしら?」
「……実の所、あまり考えてなかったんだ。」
その回答に驚きつつも、すぐに納得した表情になる2人。エリオはあまりこういった計画を立てるのが得意な人物じゃないと知っているから。
「本当に2人に会いたい一心で来てしまった」
そう言われたら責める気になんてなれなくて。
「では、歩きながら決めましょう」
「さんせーい!!」
椅子から立ち上がったリーリとユレーがエリオの両側にくっつき、手を握り込む。
「ほら、行きましょう」
「しゅっぱーつ!!」
「……ああ」
王宮を出て、街へ。
午後の優しい太陽の下、石畳の上を3人が歩いて行く。
「あやうく死ぬところでした。ほんと、何だったんですか」
我らのダーリンの良いところを語ろうの会、臨時会。
本来は週一のこの回が連日で開催されたのには理由があった。
昨夜のことである。最近帰りの遅い恋人に少し釘を刺しておこうとした所まではいつも通りだった。
『なあ、ユレー、リーリ』
名前を呼ばれたとき、いつもとは違う空気を感じた。大柄な体形で人を怖がらせないようにとずっと笑顔を浮かべている人だ。真面目な顔になることなんて、めったにない。
そう、あの真っ直ぐな瞳。琥珀色の、狼のような、捕食者の目。
言葉を紡ぐ、低い声。体の奥まで響く強い意志。
ユレーとリーリにはわかってしまった。あの言葉は、本心から発されたものだと。
わかっていたはずだった。自分がどれほど愛されているか。
でも……あれは、想像以上。
「ね、ねぇ、あの時あたし、顔赤くなってなかった!?」
「たぶん、大丈夫……だったかと。すみません、僕も余裕がなくて」
「そ、そうよね……本当に驚いたわ」
「あんなに真っ直ぐな言葉……あの人、素面ですよね??」
「ええ、お酒の香りはしなかったはず……どういう心境の変化かしら」
遠目で見れば、紳士淑女の優雅なお茶会。しかし、お茶のカップを持ち上げる手はひどく震えている。お菓子をつまもうとする手も空ぶってしまった。
……つまるところ、エリオの前では年上ということもあって落ち着いた振る舞いをしている2人が、実の所、好きな人からの愚直なまでの誠実な言葉に死ぬほど動揺しているだけだった。
「竜ちゃん、髪の毛」
「! ああ、紅くなっていましたか……やっぱり、動揺しているみたいです」
「魔力調節の薬草を……」
腰まで掛かるユレーの黒髪は、毛先の方から魔力の影響で紅く染まっていた。リーリも指の震えから懐から薬を取りだすのにもいつもの3倍は時間がかかっていた。
「…………本当は」
何とか取り出した薬をユレーに手渡したリーリがぽつりぽつりと語りだす。俯いた顔に前髪の影が落ちた。
「わかってる。あたしが、味覚の無い話を持ち出したから……迂闊だった」
新薬の味見に付き合って欲しい。ただそれだけ。ひとつお願いを聞いてくれるからと、エリオに頼めることを頼んだまで。
あの時、エリオが動揺したのが2人にはわかった。分かってしまった。そして、動揺を悟らせまいとする彼の気づかいも。
「エリオさんは、誠実な人です。僕たちが一番わかってる。でも…………あまりに、真面目すぎる」
3人には過去があった。それは美しく、また、目を背けたくなるほどひどいものでもあって。
それでいて、そんなことはリーリとユレーが気にするわけもなくて。
「あの人の悲しむ顔なんて、見たくない」
「……あたしだって、そう」
机の下で握り込む拳は、酷く震えていた。
いつもに比べて、ずっと静かで、暗くて……
でも、目元が腫れて家に帰った日には、エリオがどれだけ心配するかなんてわかっているから。声も出せず、俯くことしかできない。
過去は変えられない。長い人生の中で、それくらいのことは心得ている。
でも、それでも。
大好きな人が苦悩する顔なんて、見たくないんだ。
「……仕事に戻りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
これ以上、2人で話そうと何も解決しないだろう。午後の仕事も待っている。今日のところはこれで解散という流れに。
その時だった。
「おっ!! いたいた」
こちらに駆け寄ってくる大きな人影。見覚えも聞き覚えもありすぎるその人物にリーリとユレーの心臓が高鳴る。
「……エリオさん?」
「……どうしてここに」
同時にそう呟き、固まってしまう。
確かにエリオは2人が頻繁にここで話していることを知っている。だけど、日々仕事に追われている彼がこちらに顔を出すことなんて滅多になかった。
「珍しいわね。お仕事は大丈夫なの?」
先に落ち着きを取り戻したリーリが、努めて冷静にそう尋ねた。
帰ってきた答えは至極シンプル。
「リーリさんとユレーに会いたくて、休みを取ってきたんだ。2人の分も申請しておいた」
そして、少し視線を逸らしつつ付け加える。
「急にすまない……でも、ちょっと俺のわがままに付き合ってくれないか?」
ずるい人。そんなことを言われて、断れるはずがないのに。
「……仕方の無い人ですね、まったく」
「ふふん! お休みになったからにはとことん付き合ってもらうわよ」
暗い気持ちも全て吹き飛ばしてしまうような神憑り的な間の良さ。これもまた、3人がずっと昔から恋人で居続けられる理由のひとつで。
紳士と淑女の顔には、この世の何よりも愛らしい万遍の笑みが浮かんでいた。
「で、どこに連れて行ってくれるのかしら?」
「……実の所、あまり考えてなかったんだ。」
その回答に驚きつつも、すぐに納得した表情になる2人。エリオはあまりこういった計画を立てるのが得意な人物じゃないと知っているから。
「本当に2人に会いたい一心で来てしまった」
そう言われたら責める気になんてなれなくて。
「では、歩きながら決めましょう」
「さんせーい!!」
椅子から立ち上がったリーリとユレーがエリオの両側にくっつき、手を握り込む。
「ほら、行きましょう」
「しゅっぱーつ!!」
「……ああ」
王宮を出て、街へ。
午後の優しい太陽の下、石畳の上を3人が歩いて行く。
