紳士と淑女の午後の恋バナ 〜異世界異類婚姻譚〜

 大陸の西、エリネルング王国。
 豊富な鉱山資源と広大な草原、そして滔々と流れる清流がこの国を発展させ、大陸で1,2を争う人間の都市がそこにあった。

 自由を愛する国民たちは、今日も仕事を終え、人生の貴重な時間を守るため日が暮れる前に帰路に着く……一部を除いて。

 「…………で、こんな遅くに帰ってきた申し開きは?」
 「僕たち、今日こそはと思ってずっとご飯も食べずに待ってたんですよ? エリオさん」
 「……すみませんでした」

 鉄拳制裁。紳士だろうが淑女だろうが、手が出ることはある。
 ボコッ、という子気味の良い音が玄関に響いた。

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「まったく、お仕事なのはわかっているけれど……」

 20分ほど経って。
 一通りの制裁も終わり、3人は食卓に着き少し遅めの夕飯をとっていた。

 聞こえてくるのはカチャカチャという皿とカラトリーがぶつかる音、そして、まだ言い足りないお小言。

「今日は何があったのかしら。急なお仕事が入ったの?」
「えっと、それはな……」
「今日の午後、騎士団にお嬢さんがいらしたんです。子猫がいなくなってしまったと。それでエリオさんは書類をほっぽり出して街中を駆け回ったそうですよ」
「!? なぜそれを……」
「風の噂です、とだけ」
「もう! 怒るに怒れないじゃない!!」

 可愛らしく頬を膨らませる淑女・リーリと、冷静に言葉を紡ぐ紳士・ユレー、そしてそんな2人に詰められる大柄な男性。
 一応、この詰められている若い男性こそこの家の主であり、またこの国をあらゆる脅威から守る騎士団の団長、エリオ=ノア・メモフォードである。

 彼は強く優しさも持ち合わせる騎士の中の騎士だと国中の者が知っている。また同時に2人の恋人、リーリとユレーには頭が上がらないこともまた、周知の事実であった。

「まあでも、本当に良かったわ」
「なにが?」
「帰ってきたエリオさんからお酒とか、香水の香りがしなくて。ゲンコツじゃすまなかったわよ」
「はは。レディが本気を出したら、ここはこの先1000年は不毛の土地になるでしょうね」
「もう! 竜ちゃんだってその気になればこのお家を山の向こうまで吹き飛ばせるでしょう」

 冗談を言って笑い合う2人を見ながら、エリオは戦慄していた。この2人ならそれくらいは容易くできる。よく知っている。

「……そんな日が来ないことを祈るよ」
「ふふ、冗談よ」
「エリオさんが僕たち以外に現を抜かすなんて、そんなこと起こりえないですからね」

 そんな話をしているうちに並べられた皿は空に。メイドたちが静かに皿を下げ、食後のお茶を運んでくる。
 紳士と淑女は言うことも言い切ったからか、機嫌が良さそうだ。紅茶の香りを楽しんでいる。

 一方、エリオは2人の言葉に完全にダウンしていた。自分の非もわかっているからこその落ち込みである。

「……本当に悪かったと思っている。だから、何か埋め合わせを、俺にできることならなんでも」

 そこまで言葉を聞いて、2人は顔を見合せた。
 "なんでも"というのは聞き逃さなかった。

「ふふ、そうねぇ」
「何をしてもらいましょうか」

 さらにご機嫌になったリーリとユレーを見て失言に気がついても、後の祭り。エリオは次の言葉(判決)を待つことしかできない。

「そうですね、僕からは……最新の魔導書をお願いしましょうか」
「魔導書……? それでいいのか? ユレー」
「はい。種類も問いません。生活魔法でも戦場魔法でも、とにかく目新しい記述のあるものを」
「わかった、探しておこう。リーリさんは?」
「新薬の被検体になってもらおうかしら。効き目はいいんだけど、味が悪いってみんな言うのよ。私は味が分からないから、手伝って欲しいのよ」
「……わかった」
「うん! これで今日のことは許すわ」

 完全に機嫌の治った2人は、楽しそうに今日あったことを話し始めた。
 その様子を眺めながら、エリオはひとり、考えを巡らせる。

『私には味が分からないから』

 (俺のせいで、リーリさんは)

 かつて、自分を助けるために、彼女がどんな代償を負ったかをエリオは知っている。

 リーリだけじゃない。ユレーも。生(・)死(・)の(・)境(・)界(・)を超えるほどの力を得るために、どれだけを犠牲にしたか。

 楽しそうにおしゃべりをしている2人は、全くそのことを気にしているような素振りを見せない。
 それは、エリオに安心と同時に、酷い罪悪感を植え付けた。

「なあ、ユレー、リーリ」

 心の中に溢れた感情が言葉になる。

「なあに?」
「どうしたんですか?」

 振り返る2人の顔は、昔からずっと変わっていない。時代が変わろうと、ずっと傍にいてくれた。
 
「あのな……」

 そこに続く言葉は、決して長くなかった。ありふれた言葉だった。
 でも、そこに意味があった。

「急に何を言い出すのかと思ったら……わかってるわよ、ずっと昔から」
「改めて言われると不思議な気持ちですね……ええ、僕も同じ気持ちですよ」
「……そうか、ありがとう」

 少し頬を染めて返事を返す。
 この空気が、この距離感が、どうしようもなくこの3人だった。
 これは、胸焼けするほど甘く優しく永い人生の中でも、まだ彼らが若かった頃の話。