式武官たちによって華枝が引きずり出された後、女官たちは儀式の場で起きた椿事にざわついた。
しかし、その騒ぎも続く瑞貴の声で、すぐに水を打ったような静けさを取り戻す。
「皆にも改めて周知する。今代の花姫はここにいる茅野千代だとこの瑞貴がここに宣言する。今後、彼女を侮ることは、皇家に歯向かうことと知れ」
千代は、自分を庇うように立つ若宮の背中を茫然として見つめていた。
何が起きたのかわからず、何も言えなかった。
「今宵はこれにて散会とする。花守はそれぞれ己が宮に戻り、休むとよい」
花守たちはもの言いたげだったが、今は口をつぐむことにしたらしい。瑞貴に挨拶を告げ、しずしずと女官勢を連れて退室していく。
瑞貴は花守が立ち去ったことを確認すると、改めて花姫の侍女として集められた女官たちに命じた
「花姫の侍女たちも今日は下がれ。花姫は私が清涼殿にお連れする」
それきり、千代は瑞貴に手を引かれて南庭を後にした。
紫宸殿から清涼殿を繋ぐ渡殿を突き進む間も、性急な足取りに半ば引っ張られるようにして、千代は必死に足を動かした。慣れない大腰袴姿でどうにか清涼殿の入口にたどり着くと、瑞貴は先ほどまでの険しい表情など想像もつかない、華やいだ顔で振り返った。
「久しいな、千代。息災にしていたか?」
あたりは点々と篝火が灯るばかり。どこかから吹き込んできた桜の花びらがほろほろと足元を風にすくわれ転がっていく。
「ずっと会いたかった。いや、その前に俺は君に話さねばならないことが」
親しみの感じる口調で語り掛けられ、千代はとうとう耐え兼ねた。
やはり、彼は千代の知る瑞貴その人なのだ。
そう思うと、もう我慢ならなくて、額ずく。
ぴたりと、瑞貴の言葉が止まる。
「若宮殿下、どうか……、ご再考くださいませ。妹の申しましたとおり、わたしは無芸無才の卑しい女です」
伊三郎も、絢子も、華枝も、常日頃から千代を蔑んだ。
「わたしは、父の良心を弄び、すでに母を亡くした身で実家に寄生するしか脳がない下女でございます」
常日頃から、そう言い含められてきた。それゆえに、千代は分を弁えなければならない。
今夜の事件に、きっと華枝は怒り心頭だろう。
両親の溺愛を受けて育った異母妹は、頭に血が上ると、何をするかわからない。
(だから……怖い……)
彼女は昔、千代が反抗した時、瑠璃――千代のねえやの顔を焼いた。
「身の程知らずの穀潰しが、女中なんて与えられて思いあがってしまったの? 可哀想に、怪我をしてしまった瑠璃は里に帰るから、これからはご自分のことはご自分でなさったらいいわ。これで身の程も学べるでしょう!」
両親は諫めるどころか、清貧であると華枝を誉めた。無駄金を節約するのはよいことだとさえ言った。
ねえやが故郷に帰されると、女中たちからは距離を置かれた。誰もが皆、千代に関われば、千代の悪運がうつると怯えていた。
以降、千代は弁えて生きてきたつもりだった。今日、華枝に恥をかかせるまでは。
「どうか……わたしを、茅野の家に帰してください」
しっかりと謝らなければ。彼女がまた、誰かを焼く前に。
「何か、行き違いがあったのだと思います。再度、お調べを……」
今更せり上がってきた恐れに、語尾が揺れる。
「駄目だ」
ふと、ガラス細工に触れるように、注意深く手を取られた。
あかぎれのできた冷たい指先が、温かな手のひらに包まれる。
そんな風に触れられたのは初めてで、思わず顔を上げると、瑞貴と目が合った。
「不安は理解するが、何も心配はいらない。これからは俺が君を守るから」
かつて別れた少年の面影が残る、端正な面持ちに戸惑いが胸に広がっていく。
彼が、困ったように目じりを下げていたから、どうして瑞貴がそんな顔をするのかわからなくて。
「君は、たしかに花姫なのだから」
たしかなのは、彼はどうやら、千代の願いを叶えてはくれないらしいということだけ。
(どうして?)
若宮殿下、一条瑞貴。
もしかしたら彼は復讐を望んでいるのかもしれない。
かつて千代が、瑞貴を見捨てたから。
しかし、その騒ぎも続く瑞貴の声で、すぐに水を打ったような静けさを取り戻す。
「皆にも改めて周知する。今代の花姫はここにいる茅野千代だとこの瑞貴がここに宣言する。今後、彼女を侮ることは、皇家に歯向かうことと知れ」
千代は、自分を庇うように立つ若宮の背中を茫然として見つめていた。
何が起きたのかわからず、何も言えなかった。
「今宵はこれにて散会とする。花守はそれぞれ己が宮に戻り、休むとよい」
花守たちはもの言いたげだったが、今は口をつぐむことにしたらしい。瑞貴に挨拶を告げ、しずしずと女官勢を連れて退室していく。
瑞貴は花守が立ち去ったことを確認すると、改めて花姫の侍女として集められた女官たちに命じた
「花姫の侍女たちも今日は下がれ。花姫は私が清涼殿にお連れする」
それきり、千代は瑞貴に手を引かれて南庭を後にした。
紫宸殿から清涼殿を繋ぐ渡殿を突き進む間も、性急な足取りに半ば引っ張られるようにして、千代は必死に足を動かした。慣れない大腰袴姿でどうにか清涼殿の入口にたどり着くと、瑞貴は先ほどまでの険しい表情など想像もつかない、華やいだ顔で振り返った。
「久しいな、千代。息災にしていたか?」
あたりは点々と篝火が灯るばかり。どこかから吹き込んできた桜の花びらがほろほろと足元を風にすくわれ転がっていく。
「ずっと会いたかった。いや、その前に俺は君に話さねばならないことが」
親しみの感じる口調で語り掛けられ、千代はとうとう耐え兼ねた。
やはり、彼は千代の知る瑞貴その人なのだ。
そう思うと、もう我慢ならなくて、額ずく。
ぴたりと、瑞貴の言葉が止まる。
「若宮殿下、どうか……、ご再考くださいませ。妹の申しましたとおり、わたしは無芸無才の卑しい女です」
伊三郎も、絢子も、華枝も、常日頃から千代を蔑んだ。
「わたしは、父の良心を弄び、すでに母を亡くした身で実家に寄生するしか脳がない下女でございます」
常日頃から、そう言い含められてきた。それゆえに、千代は分を弁えなければならない。
今夜の事件に、きっと華枝は怒り心頭だろう。
両親の溺愛を受けて育った異母妹は、頭に血が上ると、何をするかわからない。
(だから……怖い……)
彼女は昔、千代が反抗した時、瑠璃――千代のねえやの顔を焼いた。
「身の程知らずの穀潰しが、女中なんて与えられて思いあがってしまったの? 可哀想に、怪我をしてしまった瑠璃は里に帰るから、これからはご自分のことはご自分でなさったらいいわ。これで身の程も学べるでしょう!」
両親は諫めるどころか、清貧であると華枝を誉めた。無駄金を節約するのはよいことだとさえ言った。
ねえやが故郷に帰されると、女中たちからは距離を置かれた。誰もが皆、千代に関われば、千代の悪運がうつると怯えていた。
以降、千代は弁えて生きてきたつもりだった。今日、華枝に恥をかかせるまでは。
「どうか……わたしを、茅野の家に帰してください」
しっかりと謝らなければ。彼女がまた、誰かを焼く前に。
「何か、行き違いがあったのだと思います。再度、お調べを……」
今更せり上がってきた恐れに、語尾が揺れる。
「駄目だ」
ふと、ガラス細工に触れるように、注意深く手を取られた。
あかぎれのできた冷たい指先が、温かな手のひらに包まれる。
そんな風に触れられたのは初めてで、思わず顔を上げると、瑞貴と目が合った。
「不安は理解するが、何も心配はいらない。これからは俺が君を守るから」
かつて別れた少年の面影が残る、端正な面持ちに戸惑いが胸に広がっていく。
彼が、困ったように目じりを下げていたから、どうして瑞貴がそんな顔をするのかわからなくて。
「君は、たしかに花姫なのだから」
たしかなのは、彼はどうやら、千代の願いを叶えてはくれないらしいということだけ。
(どうして?)
若宮殿下、一条瑞貴。
もしかしたら彼は復讐を望んでいるのかもしれない。
かつて千代が、瑞貴を見捨てたから。
