若宮の低く澄んだ声が夜陰に響く。
「私の花姫を、この命を懸けて守り、導くことを誓おう」
花姫として迎えた、初めての大舞台で皇家の若き皇子に忠誠を誓われ、華枝は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
(お父さまとお母さまの言うとおり、やっぱりあたしは特別な人間なんだわ……!)
父も、母も、何よりも華枝を愛して、期待した。そのために努力をしてきた自負もある。
だからこそ、御簾を払いのけて姿を見せた若宮が、躊躇いなく歩み寄ってくるのを見て華枝は胸を高鳴らせた。
(きれいな方……)
若宮は、華枝の想像よりもずっと美しい男だった。
これから先の生涯をかけて、この男が自分に傅き、共に国を守っていくのだと思うと、言い表せない恍惚に華枝は酔いそうになった。
「――えっ?」
誰かが声をあげた。
若宮が、華枝を素通りして南庭に降りたからだ。
敷き詰められた白い玉砂利を踏みしめ、膝をついて儀式を見守っていた女官たちの間を迷いなく突き進んでいく。
唖然として振り返った華枝の視線の先で、跪いた若宮がとった手は異母姉の――千代のものだった。
「久しいな、千代。何故、このような場所で跪いているんだ。貴女が今代の……私の花姫だというのに」
あたりはしんと静まり返っていたので、若宮の声はよく通った。
四貴人たちの反応は様々だった。
春の花守は不思議そうに首をかしげ、夏の花守は興味津々といった様子で目を丸くし、秋の花守は所在なさげに眉根を下げ、冬の花守は静かなまなざしで事態を見守っている。
(ちょっと……どうして若宮があの女の手を取っているの?)
それに、花姫だと言っただろうか。
あのみすぼらしい無能が。名ばかりの茅野の娘が。今も、青ざめるばかりで言葉も返せないどんくさい女が、華枝を差し置いて、花姫?
そんなはずはない。何かの間違いだ。
間違いは――、正さなければならない。
「殿下、花姫はあたしです!」
すかさず、華枝は口を差しはさんで諫言をしてやった。
華枝の上げた一声に、若宮は涼しげな切れ長の目に華枝を映した。
華枝はたじろぐ。
だって、おかしい。何かが妙だった。
誰もがほめそやす華枝の美貌を目の前にしても、若宮は高揚する様子もない。それどころか、冷ややかな侮蔑の笑みを浮かべてさえいるのだから!
「卜占が花姫として選んだのは、茅野の娘。ここにいる千代のことだ」
「茅野の娘とは、このあたし、茅野華枝のことです」
食い下がった華枝は、若宮から無感情な目で見据えられた。
「茅野を名乗る不遜な娘よ。皇家の代表としてここにいる私の言葉が誤りであると言うのか」
「そ、そんなつもりは……。ですが、花姫は異能を持つ娘のはず! あたしには異能があります。けれどそこの無能な義姉には特別な力なんて何も……」
声が、膝が、震える。
冷然とした目を見ていると、自分が矮小な存在になり下がったような心地がして。
華枝は不安から呼吸が荒くなるのを感じていた。嫌な汗が、背を流れていく。
「そうか……、お前は知らないのか」
彼は、何か華枝の秘密を知っているのだと直感した。
刹那、ぴしゃりと冷たい声が夜陰を裂いた。
「花姫に選ばれた娘は、異能が使えない。彼女たちが異能を身に着けるのは、先代の花姫の死後、卜占に選ばれ、狭間の地に入り、花神の信任を受けた後のことだ」
なぜなら、花姫とは花神の愛し子。先代の花姫が生きている限り、その力は他の誰のものにもならない。
「花守たちがその力をふるえるようになるのも、花姫が力を得た後、貸し与えられてからの話だ」
だから、先代の花姫が存命時にすでに異能を持っていた華枝は、そもそも対象外なのである。
知らない。そんな話は。聞いていた話と違う。
「花姫に関しての情報は固く秘されている。誤った情報を掴み、思い違ったな」
でも、まさか、そんなはずない。
だって、父も、母も、華枝が花姫だと言っていた。皆が華枝を羨んでいた。これが勘違いだとしたら――?
想像して、華枝はぞっとした。
華枝は、父の期待を裏切ることになる。
(駄目よ、そんなの。絶対認められない)
これまで、彼女は誰に失望をされたこともなかった。
異母姉のように役立たずの無能として謗られるなんて、我慢のならないことだった。
けれど、若宮はさらに華枝を絶望の淵から突き落とす。
「そして、もう一つ。お前は茅野の娘ではない」
「は?」
そうして華枝を切り捨てるのだ。なんの躊躇いもなく……。
若宮が手を上げると、どこからともなく武官姿の式神が現れて華枝を捕えた。
華枝がもがいた拍子に、豪奢な髪飾りが落ちて、甲高い音を立てる。
「ちょっと、どういうことよっ!?」
華枝の上げた悲鳴は、若宮の一喝によってかき消された。
「沙汰は追って下す。まずはわが身を偽ったこの罪人を捕え、神域から追放せよ」
「私の花姫を、この命を懸けて守り、導くことを誓おう」
花姫として迎えた、初めての大舞台で皇家の若き皇子に忠誠を誓われ、華枝は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
(お父さまとお母さまの言うとおり、やっぱりあたしは特別な人間なんだわ……!)
父も、母も、何よりも華枝を愛して、期待した。そのために努力をしてきた自負もある。
だからこそ、御簾を払いのけて姿を見せた若宮が、躊躇いなく歩み寄ってくるのを見て華枝は胸を高鳴らせた。
(きれいな方……)
若宮は、華枝の想像よりもずっと美しい男だった。
これから先の生涯をかけて、この男が自分に傅き、共に国を守っていくのだと思うと、言い表せない恍惚に華枝は酔いそうになった。
「――えっ?」
誰かが声をあげた。
若宮が、華枝を素通りして南庭に降りたからだ。
敷き詰められた白い玉砂利を踏みしめ、膝をついて儀式を見守っていた女官たちの間を迷いなく突き進んでいく。
唖然として振り返った華枝の視線の先で、跪いた若宮がとった手は異母姉の――千代のものだった。
「久しいな、千代。何故、このような場所で跪いているんだ。貴女が今代の……私の花姫だというのに」
あたりはしんと静まり返っていたので、若宮の声はよく通った。
四貴人たちの反応は様々だった。
春の花守は不思議そうに首をかしげ、夏の花守は興味津々といった様子で目を丸くし、秋の花守は所在なさげに眉根を下げ、冬の花守は静かなまなざしで事態を見守っている。
(ちょっと……どうして若宮があの女の手を取っているの?)
それに、花姫だと言っただろうか。
あのみすぼらしい無能が。名ばかりの茅野の娘が。今も、青ざめるばかりで言葉も返せないどんくさい女が、華枝を差し置いて、花姫?
そんなはずはない。何かの間違いだ。
間違いは――、正さなければならない。
「殿下、花姫はあたしです!」
すかさず、華枝は口を差しはさんで諫言をしてやった。
華枝の上げた一声に、若宮は涼しげな切れ長の目に華枝を映した。
華枝はたじろぐ。
だって、おかしい。何かが妙だった。
誰もがほめそやす華枝の美貌を目の前にしても、若宮は高揚する様子もない。それどころか、冷ややかな侮蔑の笑みを浮かべてさえいるのだから!
「卜占が花姫として選んだのは、茅野の娘。ここにいる千代のことだ」
「茅野の娘とは、このあたし、茅野華枝のことです」
食い下がった華枝は、若宮から無感情な目で見据えられた。
「茅野を名乗る不遜な娘よ。皇家の代表としてここにいる私の言葉が誤りであると言うのか」
「そ、そんなつもりは……。ですが、花姫は異能を持つ娘のはず! あたしには異能があります。けれどそこの無能な義姉には特別な力なんて何も……」
声が、膝が、震える。
冷然とした目を見ていると、自分が矮小な存在になり下がったような心地がして。
華枝は不安から呼吸が荒くなるのを感じていた。嫌な汗が、背を流れていく。
「そうか……、お前は知らないのか」
彼は、何か華枝の秘密を知っているのだと直感した。
刹那、ぴしゃりと冷たい声が夜陰を裂いた。
「花姫に選ばれた娘は、異能が使えない。彼女たちが異能を身に着けるのは、先代の花姫の死後、卜占に選ばれ、狭間の地に入り、花神の信任を受けた後のことだ」
なぜなら、花姫とは花神の愛し子。先代の花姫が生きている限り、その力は他の誰のものにもならない。
「花守たちがその力をふるえるようになるのも、花姫が力を得た後、貸し与えられてからの話だ」
だから、先代の花姫が存命時にすでに異能を持っていた華枝は、そもそも対象外なのである。
知らない。そんな話は。聞いていた話と違う。
「花姫に関しての情報は固く秘されている。誤った情報を掴み、思い違ったな」
でも、まさか、そんなはずない。
だって、父も、母も、華枝が花姫だと言っていた。皆が華枝を羨んでいた。これが勘違いだとしたら――?
想像して、華枝はぞっとした。
華枝は、父の期待を裏切ることになる。
(駄目よ、そんなの。絶対認められない)
これまで、彼女は誰に失望をされたこともなかった。
異母姉のように役立たずの無能として謗られるなんて、我慢のならないことだった。
けれど、若宮はさらに華枝を絶望の淵から突き落とす。
「そして、もう一つ。お前は茅野の娘ではない」
「は?」
そうして華枝を切り捨てるのだ。なんの躊躇いもなく……。
若宮が手を上げると、どこからともなく武官姿の式神が現れて華枝を捕えた。
華枝がもがいた拍子に、豪奢な髪飾りが落ちて、甲高い音を立てる。
「ちょっと、どういうことよっ!?」
華枝の上げた悲鳴は、若宮の一喝によってかき消された。
「沙汰は追って下す。まずはわが身を偽ったこの罪人を捕え、神域から追放せよ」
