深更。広大な南庭に無数の篝火が灯されていた。
昼のように明るい庭には、花姫及び花守たちの女官たちがひしめいている。華枝の女官として大腰袴を着用した千代は花姫の女官たちの末席で下女たちとともに跪き、儀式を見守っていた。
梢を渡った夜風が吹き込んだ屋内、身舎にそろった花姫と花守たちによって名代見立ての儀は厳かに執り行われた。
「花姫様に拝礼いたします」
進み出た花守たちが、そろって優雅に一礼する。
彼女たちの礼にあわせ、髪を飾る釵子が篝火の灯りにきらきらと輝いた。
春は藤、夏は杜若、秋は櫨紅葉、冬は雪の下――それぞれの襲色目で遊んだ十二単姿の四貴人が一同に会すると、季節折々の花顔で夜陰すらも華やぐようだった。
「四貴人は花姫様から信任を受けて、それぞれの季節を司る力を受け取るの。だから四季神とも呼ばれるのですって」
「花守様も高貴な身分だから、皇家への輿入れも夢ではないそうよ。でも、狭間の地は男子禁制だから見初められる機会がないのが御可哀想ね」
「あら、若宮殿下に見初められることがあるって聞いたことがあるわよ。まあ、選ばれるのは花姫たる華枝様でしょうけどね」
千代の周囲で、女官たちがこそこそと言葉を交わす。
彼女たちの言うとおり、神に仕え、狭間の地で暮らす限り、彼女たちが出逢えるのは狭間の地の管理者である皇家の若宮ただひとり。
つまり、狭間の地は若宮の後宮という側面も持っている。
華枝も、伊三郎も、狙いは若宮その人なのだろう。
「――今代の花姫として、四貴人と共に茅野華枝が若宮殿下にご挨拶申し上げます」
彼女たちの頂点に選ばれた華枝は、自信に満ち溢れていた。
「殿下、どうか花神様にお仕えすることをお許しください」
ややあって、御簾の向こうから答える声があった。
澄んだ夜風よりも涼やかな、美しい青年の声だった。
「帝より狭間の地の管理を仰せつかった、一条瑞貴である」
遥か向こうから聞こえる声に、千代は思わず顔を上げた。
聞いたことのある名前だった。
(……瑞貴、さま?)
顔を上げると同時に、御簾をはらって身舎に姿を見せたのは、長躯を黒檀の束帯に包んだ美貌の青年だった。一つに結ったつややかな黒髪を風になびかせ、顔を見せた青年に華枝がはっと身じろいだ後ろ姿が、視界の端に映った。
「私はここに、花神に正しく今代の花姫をお引き合わせ申し上げ……」
千代はもう、瑞貴しか目に入っていなかった。
やがて彼の視線が南庭に居並ぶ女官たちに伸び、目が、あったと思った。
千代はとっさに顔を俯けて誤魔化した。
彼を正面から見ることができなかった。
もし、彼が千代の思っているとおりの人だとしたら――千代はかつて、彼を裏切ったのだから。
昼のように明るい庭には、花姫及び花守たちの女官たちがひしめいている。華枝の女官として大腰袴を着用した千代は花姫の女官たちの末席で下女たちとともに跪き、儀式を見守っていた。
梢を渡った夜風が吹き込んだ屋内、身舎にそろった花姫と花守たちによって名代見立ての儀は厳かに執り行われた。
「花姫様に拝礼いたします」
進み出た花守たちが、そろって優雅に一礼する。
彼女たちの礼にあわせ、髪を飾る釵子が篝火の灯りにきらきらと輝いた。
春は藤、夏は杜若、秋は櫨紅葉、冬は雪の下――それぞれの襲色目で遊んだ十二単姿の四貴人が一同に会すると、季節折々の花顔で夜陰すらも華やぐようだった。
「四貴人は花姫様から信任を受けて、それぞれの季節を司る力を受け取るの。だから四季神とも呼ばれるのですって」
「花守様も高貴な身分だから、皇家への輿入れも夢ではないそうよ。でも、狭間の地は男子禁制だから見初められる機会がないのが御可哀想ね」
「あら、若宮殿下に見初められることがあるって聞いたことがあるわよ。まあ、選ばれるのは花姫たる華枝様でしょうけどね」
千代の周囲で、女官たちがこそこそと言葉を交わす。
彼女たちの言うとおり、神に仕え、狭間の地で暮らす限り、彼女たちが出逢えるのは狭間の地の管理者である皇家の若宮ただひとり。
つまり、狭間の地は若宮の後宮という側面も持っている。
華枝も、伊三郎も、狙いは若宮その人なのだろう。
「――今代の花姫として、四貴人と共に茅野華枝が若宮殿下にご挨拶申し上げます」
彼女たちの頂点に選ばれた華枝は、自信に満ち溢れていた。
「殿下、どうか花神様にお仕えすることをお許しください」
ややあって、御簾の向こうから答える声があった。
澄んだ夜風よりも涼やかな、美しい青年の声だった。
「帝より狭間の地の管理を仰せつかった、一条瑞貴である」
遥か向こうから聞こえる声に、千代は思わず顔を上げた。
聞いたことのある名前だった。
(……瑞貴、さま?)
顔を上げると同時に、御簾をはらって身舎に姿を見せたのは、長躯を黒檀の束帯に包んだ美貌の青年だった。一つに結ったつややかな黒髪を風になびかせ、顔を見せた青年に華枝がはっと身じろいだ後ろ姿が、視界の端に映った。
「私はここに、花神に正しく今代の花姫をお引き合わせ申し上げ……」
千代はもう、瑞貴しか目に入っていなかった。
やがて彼の視線が南庭に居並ぶ女官たちに伸び、目が、あったと思った。
千代はとっさに顔を俯けて誤魔化した。
彼を正面から見ることができなかった。
もし、彼が千代の思っているとおりの人だとしたら――千代はかつて、彼を裏切ったのだから。
