【短編】若宮殿下の花姫さま~虐げられた乙女は運命に愛されて花開く~

 睦月の末日、茅野家に一通の文が届いた。
 早咲きの桜が一枝添えられている文を確かめるなり、伊三郎は喜色満面になった。

「なんと目出度い! 花姫に華枝が選ばれたぞ! 狭間の地に入る準備をせよとのお達しだ!」

 現世と幽世の狭間の地は、日ノ本の龍脈の源泉である。
 この地に留まり、神事を執り行う花姫と、彼女につき従う花守たちに選ばれることは非常に名誉なこととされている。日ノ本の高官や皇家の人間からも敬意を払われ、皇后に勝るとも劣らない地位と名誉を得て、一族を繁栄させるのだと……。

 何処かでその噂を聞き、一族から花守――あるいは花姫を輩出するために心血を注いできた伊三郎は歓喜した。

「茅野家の娘を花姫にと、帝より勅書を賜った! 私の可愛い華枝が、ついに私の夢を叶えてくれるのだ!」

 伊三郎の歓喜の声に駆け付けた絢子と華枝も、歓喜した。
 すぐに、当主の命令で祝宴が用意された。
 着飾った茅野の親族一同が立食パーティーに集ったが、主役はもちろん、花姫に抜擢された華枝である。

「来月の入宮に向けて、早急に仕度を整えねば」
「儀式では宮中の手配した十二単を着るそうよ。華枝によく似合うでしょうね」
「神域には選ばれた乙女たちしか入れないから、儀式を見られないのが残念だ」

 伊三郎も、絢子も鼻高々といった様子で、上機嫌だった。

「神域である狭間の地を取り仕切るのは、皇家の若宮殿下だそうだ。花姫は殿下に護衛され、宮中や祭祀についてご教授いただくことになる。この期にもし、殿下に見初められたら大変名誉なことだぞ。これまでも花姫を見初め、后にとった皇子は多くいるという話だからな。これは輿入れになるかもしれないな」
「ご期待にはきっと応えてみせますが、……少々気が早すぎますわ、お父さま」

 きらびやかな振袖を金襴緞子の帯で締め、宴の中央に座す華枝は、甘い声で誉めそやす伊三郎と絢子に誇らしげに微笑み返す。
 この時、千代は舞台の端役ですらなかった。宴席の隅で食膳の上げ下げに終始する下女など、誰の目にも映っていなかっただろう。華枝が水を差し向けるまでは。

「無能のお義姉さまもぉ……、応援してくださいますよね?」

 袖でにやにやと歪む口元を隠して華枝が嬉しそうに笑う。
 愛娘が話題に挙げたことで、初めて父は千代の存在を思い出したらしい。
 久方ぶりに伊三郎は千代に目をやった。

「そうだ、華枝。千代もお供として連れていくとよい。文に、花姫は宮中の用意した女官の他、数名なら連れ添わせることができると書いてあった」

 上機嫌な伊三郎の提案に、華枝は顔をしかめた。

「いやよ、異母姉……しかも、無能の女官なんて。花守たちに笑われて、侮られるわ!」
「しかし、なんらか使い道があるかもしれないだろう」

 花姫に選ばれようと、茅野の家では当主の決定は絶対だ。
 猫なで声の父親に説き伏せられた華枝から不快げなまなざしを向けられて、千代はぎゅっと手のひらを握りしめた。

 伊三郎は恐らく、花姫の異母姉を宮中に出すことでさらなる利益――花姫の縁者ということで、高貴な方々に見初められるなど――を得られないか、期待したのだろう。

(……わたしなんて、誰に選ばれるはずもないのに)

 それでも、千代の意見など、求められていなかった。
 そう信じて疑っていなかった。
 選ばれた花姫たちのお披露目の場で、あろうことか若宮が千代に跪くまでは。