その年の神饌は、花姫の権能をもって種を芽吹かせ、育て、実らせ、取り戻した。
無事に花鎮祭の儀式を済ませた後、狭間の地には四季の花々の花びらが降り注いだ。花神の信任の証である。祝福の花の雨をもって千代は正式に花姫として認められた。
千代の花姫としての最初の仕事は、瑞貴と共に茅野家の凶行に沙汰を下すことだった。
当事者であり、狭間の地の頂に立つ人間として、誤った判断は許されない。
宮中にも意見を仰ぎ、結果として茅野家は取り潰しとなった。
当主の伊三郎と絢子は朝廷を欺いたこと、また娘の管理不行き届きの罪で投獄され、華枝も共謀の上、神域への不法侵入の試みと花姫への暴行、神事の妨害など複数の罪によって裁かれることになった。
彼女は二度と、神域にも千代にも近づいてはならぬと厳命された。
それでなくとも、自らの嫉妬の炎に焼かれ、花顔が見る影もなくなった華枝には、そのような気力も残されていないらしかったが。彼女は今後、行儀見習いのため、武家筋の華族の女中になる。
厳しい教育が待っているだろうが、異母妹が正しく前を向けることを祈るばかりだ。
裁可が下されてから八日後。朝廷との交渉で忙しくしていた瑞貴と久方ぶりに千代は顔を合わせた。
夕日が空を燃えるような朱色に染める頃合い、沐浴の後、夕涼みに出た千代が清涼殿に茂る竹林に差し掛かった時のことだった。
「改めて、茅野家の不始末をお詫びいたします」
すかさず跪こうとした千代を瑞貴が止めた。
「花姫が俺に傅いてはいけない。そもそも、君は被害者だろう。帝も君を案じていた」
今度は、瑞貴のほうが束帯の裾をはらって、地面に膝をつく。
ぬるい風が吹いて、笹の葉をさらさらと散らした。
「……あの家族に向き合うのは、恐ろしかったことだろう。花鎮祭の遂行のため、尽力してくれたことに礼を言う」
「殿下のおかげです」
ぎゅっと手のひらを握って、勇気を絞り出す。
気持ちを言葉にするのはまだ慣れない。それでも、聞いてほしかった。他ならない彼に。
「殿下が、わたしを信じてくれたから。諦めずに、頑張ることができたんです」
「君自身の力だ」
「いいえ、殿下のお力です」
「君は少し強情だな」
千代が再三断言すると、瑞貴は根負けしたように笑った。
「ほかならぬ君の言うことだ。そういうことにしておくから、功労者となった俺の願いを聞いてくれるか」
何を言われるのだろうと思いつつ、千代は頷いた。
「わたしにできることなら……」
「君にしかできない」
瑞貴は千代の頬を両手でそっと包み込んだ。そうして額をこつりと合わせてくる。
あんまりにも近くて、彼の衣に焚き絞められた白檀の香りを感じ取って、千代は思わず顔を赤くしてしまう。
「殿下……っ?」
「二人の時は、瑞貴と呼んでくれ。昔のように」
乞うような瞳が、目の前にあった。
「……瑞貴、さま」
大切な名前を、ゆっくりと音として紡ぐ。
瑞貴は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「笑っていてほしい。苦悩は打ち明けてほしい。俺に手助けをさせてほしい。だから、この先の生涯は――ずっと、君のそばにいたい」
誰にも愛されていないと思っていた。けれど、今は瑞貴に求められている。それが何よりうれしい。
「わたしなどで、よいのですか」
「君がいい」
真摯なまなざしをいつまでも見つめていたいのに、視界が涙に歪む。
声は、嗚咽に変わる。だから代わりに頷くと、瑞貴の腕に閉じ込められた。
涙が引いたら、なんと言おう。どうしたら、伝わるだろう?
千代こそ、彼のそばにいたいのだと――。
無事に花鎮祭の儀式を済ませた後、狭間の地には四季の花々の花びらが降り注いだ。花神の信任の証である。祝福の花の雨をもって千代は正式に花姫として認められた。
千代の花姫としての最初の仕事は、瑞貴と共に茅野家の凶行に沙汰を下すことだった。
当事者であり、狭間の地の頂に立つ人間として、誤った判断は許されない。
宮中にも意見を仰ぎ、結果として茅野家は取り潰しとなった。
当主の伊三郎と絢子は朝廷を欺いたこと、また娘の管理不行き届きの罪で投獄され、華枝も共謀の上、神域への不法侵入の試みと花姫への暴行、神事の妨害など複数の罪によって裁かれることになった。
彼女は二度と、神域にも千代にも近づいてはならぬと厳命された。
それでなくとも、自らの嫉妬の炎に焼かれ、花顔が見る影もなくなった華枝には、そのような気力も残されていないらしかったが。彼女は今後、行儀見習いのため、武家筋の華族の女中になる。
厳しい教育が待っているだろうが、異母妹が正しく前を向けることを祈るばかりだ。
裁可が下されてから八日後。朝廷との交渉で忙しくしていた瑞貴と久方ぶりに千代は顔を合わせた。
夕日が空を燃えるような朱色に染める頃合い、沐浴の後、夕涼みに出た千代が清涼殿に茂る竹林に差し掛かった時のことだった。
「改めて、茅野家の不始末をお詫びいたします」
すかさず跪こうとした千代を瑞貴が止めた。
「花姫が俺に傅いてはいけない。そもそも、君は被害者だろう。帝も君を案じていた」
今度は、瑞貴のほうが束帯の裾をはらって、地面に膝をつく。
ぬるい風が吹いて、笹の葉をさらさらと散らした。
「……あの家族に向き合うのは、恐ろしかったことだろう。花鎮祭の遂行のため、尽力してくれたことに礼を言う」
「殿下のおかげです」
ぎゅっと手のひらを握って、勇気を絞り出す。
気持ちを言葉にするのはまだ慣れない。それでも、聞いてほしかった。他ならない彼に。
「殿下が、わたしを信じてくれたから。諦めずに、頑張ることができたんです」
「君自身の力だ」
「いいえ、殿下のお力です」
「君は少し強情だな」
千代が再三断言すると、瑞貴は根負けしたように笑った。
「ほかならぬ君の言うことだ。そういうことにしておくから、功労者となった俺の願いを聞いてくれるか」
何を言われるのだろうと思いつつ、千代は頷いた。
「わたしにできることなら……」
「君にしかできない」
瑞貴は千代の頬を両手でそっと包み込んだ。そうして額をこつりと合わせてくる。
あんまりにも近くて、彼の衣に焚き絞められた白檀の香りを感じ取って、千代は思わず顔を赤くしてしまう。
「殿下……っ?」
「二人の時は、瑞貴と呼んでくれ。昔のように」
乞うような瞳が、目の前にあった。
「……瑞貴、さま」
大切な名前を、ゆっくりと音として紡ぐ。
瑞貴は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「笑っていてほしい。苦悩は打ち明けてほしい。俺に手助けをさせてほしい。だから、この先の生涯は――ずっと、君のそばにいたい」
誰にも愛されていないと思っていた。けれど、今は瑞貴に求められている。それが何よりうれしい。
「わたしなどで、よいのですか」
「君がいい」
真摯なまなざしをいつまでも見つめていたいのに、視界が涙に歪む。
声は、嗚咽に変わる。だから代わりに頷くと、瑞貴の腕に閉じ込められた。
涙が引いたら、なんと言おう。どうしたら、伝わるだろう?
千代こそ、彼のそばにいたいのだと――。
