いよいよ、花鎮祭の前夜となった。
蘭燈のしたたる閨で、千代は寝仕度を兼ねて瑠璃に髪の手入れをされていた。
鏡の中には、今年の入りからすっかり様変わりした娘が映っている。
「千代様、お綺麗になりましたね」
つややかな黒髪に縁どられた、白くきめの整った肌は血色が戻り、紅唇に彩られていた。
「殿下より賜った椿油で髪はしっかり手入れをさせていただきましたので、御覧の通り、美しい艶髪となりました。お肌もしっかり磨かせていただきましたし、明日は七色粉白粉でさらに美しくお化粧をいたしましょうね」
「ありがとう、瑠璃」
「きっと、皆が千代様に見惚れますよ」
さすがに言いすぎだと思い、千代はお礼を繰り返すので精一杯だった。
明日にも花神に舞を奉納する大役が待っている。
手をぎゅっと握っていると、肩にそっと瑠璃が手を添えた。
「大丈夫、千代様ならできます」
「殿下も、そう仰ってくれました」
瑠璃と、瑞貴。心を揺さぶる、ふたりの言葉を信じて、報いたいと思う。
「では、我々を信じて今夜はもうお休みに……」
「姫様!」
その時、夜の静寂を裂いて駆け込んできた女官があった。
彼女の報告を受けて、千代も瑠璃も青ざめる。
「明日の花鎮祭で花神様に捧げる神饌が盗まれました……!」
下手人として捕えられたのは、花姫の女官として据え置かれていたゆき――華枝のお気に入りの、茅野家古参の女中だった。
すぐさま引っ立てられてきたゆきは額ずいて千代に詫びた。
「華枝さまから、神饌を盗むよう命じられたのです……! そうしなければ、私の家族を焼き殺すと……!」
神饌はすでに、里帰りをする女官の私物に紛れ込ませ、神域から持ち出されたという。
「なんと愚かな真似を!」
長身で鍛えた肢体を持つ瑠璃の鋭い一喝に、女官たちは震えあがった。今にもゆきに殴りかかりそうに見えたのだ。落ち着くよう頼み込む千代にも、瑠璃は憤懣やるかたない様子で応えた。
「すぐさま若宮殿下にご報告をいたしましょう」
「待って、瑠璃」
儀式が失敗すれば、瑞貴の面目を潰してしまう。
千代を信じて、手を尽くしてくれた人を裏切ってしまう。
「……華枝は、なんのために神饌を盗めと言ったの?」
彼女も一度は花姫に選ばれた娘だ。儀式の大切さを理解しているはずなのに。
「ただ、千代様とお話がしたいのだと……。千代様がお一人でお会いくださるのなら、神饌はお返しすると」
「誰がそんな妄言を信じると言うのか!」
瑠璃が再びゆきを叱責する。
千代は瑠璃をなだめながら、呼吸が荒くなるのを感じた。
選択を誤れば、日ノ本の国全体に問題は波及する。不作になり、大勢が飢えるかもしれない。
(まずは、何よりも神饌を取り戻さなきゃ……)
神饌は、その一年間で育った中から選りすぐられた穀物でなければならない。
しかし、瑞貴に相談をすれば華枝がどのような暴挙に出るかわからない。
また、瑠璃のように傷つく人が出る可能性があるし――、神饌だって燃やされるかもしれない。だから、千代はやっぱり自分の足で出向かねばならなかった。
異母妹との対峙は、今なおひどく恐ろしい。
(それでも……、殿下がわたしを、信じてくださったから)
彼の心に報いたいと思った。
ただ、護られるだけではなく、彼の役に立ちたいと思った。
優しい人たちのためにできることをしたかった。
蘭燈のしたたる閨で、千代は寝仕度を兼ねて瑠璃に髪の手入れをされていた。
鏡の中には、今年の入りからすっかり様変わりした娘が映っている。
「千代様、お綺麗になりましたね」
つややかな黒髪に縁どられた、白くきめの整った肌は血色が戻り、紅唇に彩られていた。
「殿下より賜った椿油で髪はしっかり手入れをさせていただきましたので、御覧の通り、美しい艶髪となりました。お肌もしっかり磨かせていただきましたし、明日は七色粉白粉でさらに美しくお化粧をいたしましょうね」
「ありがとう、瑠璃」
「きっと、皆が千代様に見惚れますよ」
さすがに言いすぎだと思い、千代はお礼を繰り返すので精一杯だった。
明日にも花神に舞を奉納する大役が待っている。
手をぎゅっと握っていると、肩にそっと瑠璃が手を添えた。
「大丈夫、千代様ならできます」
「殿下も、そう仰ってくれました」
瑠璃と、瑞貴。心を揺さぶる、ふたりの言葉を信じて、報いたいと思う。
「では、我々を信じて今夜はもうお休みに……」
「姫様!」
その時、夜の静寂を裂いて駆け込んできた女官があった。
彼女の報告を受けて、千代も瑠璃も青ざめる。
「明日の花鎮祭で花神様に捧げる神饌が盗まれました……!」
下手人として捕えられたのは、花姫の女官として据え置かれていたゆき――華枝のお気に入りの、茅野家古参の女中だった。
すぐさま引っ立てられてきたゆきは額ずいて千代に詫びた。
「華枝さまから、神饌を盗むよう命じられたのです……! そうしなければ、私の家族を焼き殺すと……!」
神饌はすでに、里帰りをする女官の私物に紛れ込ませ、神域から持ち出されたという。
「なんと愚かな真似を!」
長身で鍛えた肢体を持つ瑠璃の鋭い一喝に、女官たちは震えあがった。今にもゆきに殴りかかりそうに見えたのだ。落ち着くよう頼み込む千代にも、瑠璃は憤懣やるかたない様子で応えた。
「すぐさま若宮殿下にご報告をいたしましょう」
「待って、瑠璃」
儀式が失敗すれば、瑞貴の面目を潰してしまう。
千代を信じて、手を尽くしてくれた人を裏切ってしまう。
「……華枝は、なんのために神饌を盗めと言ったの?」
彼女も一度は花姫に選ばれた娘だ。儀式の大切さを理解しているはずなのに。
「ただ、千代様とお話がしたいのだと……。千代様がお一人でお会いくださるのなら、神饌はお返しすると」
「誰がそんな妄言を信じると言うのか!」
瑠璃が再びゆきを叱責する。
千代は瑠璃をなだめながら、呼吸が荒くなるのを感じた。
選択を誤れば、日ノ本の国全体に問題は波及する。不作になり、大勢が飢えるかもしれない。
(まずは、何よりも神饌を取り戻さなきゃ……)
神饌は、その一年間で育った中から選りすぐられた穀物でなければならない。
しかし、瑞貴に相談をすれば華枝がどのような暴挙に出るかわからない。
また、瑠璃のように傷つく人が出る可能性があるし――、神饌だって燃やされるかもしれない。だから、千代はやっぱり自分の足で出向かねばならなかった。
異母妹との対峙は、今なおひどく恐ろしい。
(それでも……、殿下がわたしを、信じてくださったから)
彼の心に報いたいと思った。
ただ、護られるだけではなく、彼の役に立ちたいと思った。
優しい人たちのためにできることをしたかった。
