【短編】若宮殿下の花姫さま~虐げられた乙女は運命に愛されて花開く~

 泣き止んだ千代が落ち着いた頃、瑞貴は彼女を私室に送り届けた。
 彼女の護衛を担う武官にようやく選ばれた瑠璃が、甲斐甲斐しく世話を焼くだろう。

 彼女に愛する人を任せ、瑞貴は冷めた茶を飲み干して、来た道を戻った。
 思い返すのは、涙を流した千代の顔だ。声を押し殺して泣く姿に、胸を締め付けられるような心地になった。
 その姿こそ、これまで同年の年頃の少女のように声を上げて泣くことも、笑うこともできないほど抑圧されてきた証だった。
 初めて会った頃、千代は控えめではあったものの、心優しいひとりの少女だった。
 声をかければ応えようとしてくれたし、いつか異能に目覚めて家族と親しく付き合えることを夢見ていた。
 茅野一族は、そんな彼女のささやかな期待を裏切り続け、心を殺した。
 ただ、異能が発現しなかったという理由だけで、彼女の心を見なかった。
 遅すぎたのだ。瑞貴が彼女を救い出した時には、もう。
 悔いたところで、もう何もかも遅いことがただ空しい。
 だから千代が落ち着いた頃合いを見計らって瑞貴は尋ねた。

「君はどうしたい。これまでの不遇の謝罪を茅野家に求めるなら、俺は叶えてやれる。そして……今の君も、茅野家を取り潰すことができる地位にある」

 千代はきっぱりと応えた。

「……謝罪は、いりません」

 震える声でも、もう迷いは感じなかった。
 千代はわずかに躊躇った後、ぽつりと願い出た。

「花嫁の排出は父の悲願でした。けれど、そのために随分と誤ったことをしてきたと思います。わたしは……ただ、茅野家がこれ以上、他人様にご迷惑をおかけすることは望みません」

 瑞貴は千代に悪いようにはしないとだけ約束をした。

「茅野家は今どうしている」

 虚空に尋ねると、姿を潜めていた式武官が宙に浮かび出た。顔に雑面を被った式神がつらつらと瑞貴の問いに答える。

「茅野当主は夫人を離縁し、此度の失態は全て夫人とその連れ子の仕業であると訴えております。さらには実父の権利として、千代様への面会を希望しております。夫人はどうやら愛人がおりましたようで、愛人宅に転がり込んで逆に茅野当主に辱められ、無理やりに娶られたのだと訴えているそうで」
「呆れた。恥を知らないのか」

 そして、恥知らず共の娘はといえば――。

「華枝嬢は謹慎していた茅野家を抜け出して以降、狭間の地への侵入を三度試みております」

 神域であるこの地に立ち入れるのは許された人間だけだ。以前彼女がここに立ち入ることができたのは、花姫たる千代が華枝に服従させられていたためだった。千代は全てを華枝に許していた。簒奪も、略奪も、侮辱も、魂の凌辱すらも。
 だが、華枝は放逐されて一人になれば、炎を多少操ることができる程度の、異能持ちの中ではありふれた力しか持たない三流の術者だ。

「二度と神域への立ち入りを許すな」

 千代は謝罪を求めていない。それならば、もうあの一族が彼女に会う道理もないのだから。