俺は観測者であって、主人公じゃない。2

放課後、俺は魔法の練習を終えて、中庭を歩いていた。

今日はレオンが先生に呼ばれていて、練習はいつもより早く終わった。

せっかくだし、アレンとカイルがいるか探してみよう。

そう思って中庭の奥へ向かうと、木陰に二人の姿が見えた。

「あれ? アレンとカイルだ」

声をかけようとした、そのとき。

「……カイル」

アレンの声が聞こえた。

いつもより少し小さくて、真剣な声だった。

「どうした?」

「えっと……その……」

アレンは落ち着かない様子で、カイルを見上げていた。

「恋人になってから、ずっと考えてたことがあって」

「……何だ?」

「カイルと、もっと近くなりたいなって」

…………。

俺はその場で固まった。

え?

ちょっと待って。

今、アレンが何て言った?

もっと近くなりたい???

これは……これは、もしかして……!!

「……俺もだ」

カイルが静かに答えた。

アレンが顔を上げる。

「本当?」

「ああ。お前と一緒にいると、もっとそばにいたいと思う」

「……カイル」

「ただ……」

カイルは少しだけ視線をそらした。

「こういうことには、慣れていない」

「……僕もだよ」

アレンが照れくさそうに笑う。

「だから、一緒に少しずつ慣れていこう?」

その言葉に、カイルは優しく目を細めた。

「ああ」

二人はそっと手をつないだ。

アレンが一歩近づく。

カイルも、逃げずにその距離を受け入れた。

「……カイル」

「ん?」

「キスしても、いい?」

…………。

………………。

…………………えええええええ!?!?!?

俺は口を両手で押さえた。

アレンから!?

アレンから聞いた!?

待って待って待って!!

心の準備が!!

いや、俺の心の準備なんてどうでもいい!!

二人の大切な瞬間なんだから!!

カイルは驚いたように目を見開いた。

けれど、すぐにアレンの手を握り直した。

「……ああ」

その声は、いつもよりずっと優しかった。

アレンはゆっくりと顔を近づけた。

カイルも少しだけ身をかがめる。

二人は一度、照れくさそうに目を合わせた。

そして――。

そっと、唇を重ねた。

ほんの一瞬。

触れるだけの、優しいキスだった。

離れたあと、二人とも真っ赤になっていた。

「…………」

「…………」

しばらく、どちらも何も言えない。

先に口を開いたのはアレンだった。

「……えへへ」

「……何だ、その笑い方は」

「だって……嬉しくて」

アレンはつないだ手をぎゅっと握った。

「カイルと恋人になれて、本当によかった」

カイルは少し困ったように眉を下げた。

それでも、アレンの手を離さなかった。

「……俺もだ」

そして、小さく付け加える。

「これからも、そばにいろ」

アレンは満面の笑みでうなずいた。

「うん!」

…………。

………………。

尊い。

もう、それ以外の言葉が見つからない。

俺は木の陰で、静かに天を仰いだ。

推しカプが恋人になり、手をつなぎ、ついに初キスまで……。

前世の俺、聞いてくれ。

お前が好きだった物語は、今、最高の瞬間を迎えているぞ……!!

「……アステル」

「ひゃあああああっ!?」

突然、背後から声がした。

飛び上がって振り返ると、そこにはレオンが立っていた。

「レ、レオン!? いつから!?」

「今来たところだ。……何をしている?」

「な、何でもないです!!」

「……そうか」

レオンは俺の視線の先を見た。

その瞬間、木陰にいるアレンとカイルも、こちらに気づいた。

「……ミナト?」

アレンの顔が一瞬で真っ赤になった。

「えっ、もしかして……見てた?」

「…………」

俺はゆっくりと両手で顔を覆った。

「……ごめんなさい」

「い、いや! 謝らなくていいよ!」

アレンは慌てて首を振った。

「でも、その……ちょっと恥ずかしいかな……」

隣でカイルも、耳まで赤くなっている。

「……ミナト。今のことは、できれば内緒にしてくれ」

「もちろん!!」

俺は勢いよくうなずいた。

「絶対に誰にも言わない!! 二人の大切な思い出だから!!」

「……ありがとう」

アレンがほっとしたように笑った。

俺はもう一度、二人を見た。

手をつないで、照れくさそうに笑い合う二人。

昨日までと同じ二人なのに、今は少しだけ違って見える。

恋人として、二人だけの思い出を増やしていくんだ。

……よかった。

本当に、よかった。

「……アステル」

レオンが隣から声をかけた。

「帰るぞ」

「あっ、うん!」

俺は二人に手を振って、レオンの隣に並んだ。

歩きながらも、頭の中はアレンとカイルでいっぱいだった。

「……幸せそうだったな」

レオンがぽつりと言った。

「うん!! すっごく幸せそうだった!!」

俺は笑顔で答えた。

「二人がこれからもずっと幸せでいてくれたらいいな」

レオンは俺を横目で見た。

「……お前は、本当にあの二人が好きだな」

「もちろん!」

即答すると、レオンは小さく笑った。

「……そうか」

そして、ほんの少しだけ声を落とした。

「……お前にも、いつかそういう相手ができるんだろうな」

「えっ?」

俺はきょとんとした。

「俺? いやいや、ないない!!」

「……なぜ言い切れる」

「だって俺、恋愛とか全然分かんないし! 今は二人の幸せを見守るだけで十分だよ!」

レオンは何も言わなかった。

ただ、少しだけ複雑そうな顔をしていた。

俺はそれに気づかず、またアレンとカイルの話を始めた。

けれどレオンの胸には、小さな願いが浮かんでいた。

――いつか、アステルが誰かを好きになるなら。

その相手が、自分だったらいいのに。