俺は観測者であって、主人公じゃない。2

「うわあああ!! 見て、ノア! あれ、絶対おいしいやつ!!」

「ミナトくん、さっきも同じこと言ってたよ?」

「だって全部おいしそうなんだもん!!」

学園祭の屋台通りは、朝よりもさらに賑わっていた。

焼き菓子に、魔法で冷やした果実水、ふわふわのパン、食べると舌の上で小さな光が弾ける不思議なお菓子。

さすが魔法学院。

前世の学園祭とは、何もかもが違う。

「この光るお菓子、何味なんだろう……」

「買ってみる?」

「買う!!」

ノアは楽しそうに笑いながら、屋台の店員にお金を渡した。

受け取ったお菓子は、星の形をした小さなクッキーだった。表面が淡く光り、手のひらに乗せると、きらきらと色が変わる。

「すごい……! かわいい……!」

「ミナトくん、こういうの好きそうだと思ったんだ」

「えっ、俺の好みを理解してる!? ノア、天才!?」

「ふふっ。喜んでもらえてよかった」

ノアは俺の隣で笑った。

……うん。

ノアって、本当に一緒にいて楽しい。

気さくだし、話を聞いてくれるし、こうやって自然に気を遣ってくれる。

俺がこの世界に来てから、仲良くなれてよかったと思う友達の一人だ。

「ノア、ありがとう! これ、大事に食べる!」

「食べ物は大事にしまっておくものじゃなくて、食べるものだよ?」

「はっ! そうだった!!」

「ミナトくん、面白すぎるんだけど」

二人で笑いながら歩く。

その少し離れた場所から、こちらを見ている人影があった。

黒髪に、青灰色の瞳。

レオン・ヴァイスである。

「…………」

レオンは手に持っていた飲み物を一口飲んだ。

……別に、探していたわけではない。

ただ、次の演目まで少し時間が空いたから、会場を見て回っていただけだ。

その途中で、たまたま二人を見かけた。

それだけだ。

――それなのに。

「……ずいぶん楽しそうだな」

口から漏れた言葉に、自分で眉をひそめた。

何を気にしているんだ。

アステルが誰と笑っていようと、関係ない。

そう思っているのに、視線はどうしても二人を追ってしまう。

特に、アステルの笑顔を。

「……俺は何をしているんだ」

レオンは小さくため息をついた。

そして、なぜか足は二人のいる方向へ向かっていた。

◆ ◆ ◆

「ミナトくん、これも食べてみる?」

「えっ、いいの!?」

「うん。二つ買ったから」

ノアが差し出したのは、小さな丸い魔法菓子だった。

表面に砂糖の結晶がついていて、光に当たると宝石みたいに輝いている。

「わあ……! これもおいしそう!」

「じゃあ、はい」

ノアが菓子を持った手を、俺の口元へ近づけた。

「……え?」

「どうぞ?」

「…………」

待って。

これ、まさか。

あーん、というやつですか!?

いやいやいや!

友達同士でも、そういうことはあるのかもしれない。

でも、突然すぎない!?

俺が戸惑っていると、ノアがにこっと笑った。

「ほら、冷めないうちに。……って、このお菓子は冷めないけどね」

「ノア、今ちょっと面白いこと言ったね!?」

「そこ!?」

俺が笑っていると。

「……何をしている」

低い声が、横から飛んできた。

俺とノアは同時に振り向いた。

「レオン!」

「やあ、レオン。君も屋台巡り?」

ノアはいつもどおりの笑顔だった。

一方、レオンはノアの手元に視線を落とした。

そして、俺を見た。

「……アステル。次の集合時間を忘れていないだろうな」

「えっ? 集合時間?」

俺は慌てて頭の中の予定を確認した。

「あっ、次の実演の確認! まだ時間あるよね?」

「ある。だが、準備場所に戻る前に確認しておきたいことがある」

「そっか! じゃあ、あとで戻るね!」

「今、戻るぞ」

「えっ!?」

レオンはあまりにも自然に言い切った。

俺はノアと顔を見合わせる。

「……えっと、ノア、ごめん! またあとで!」

「うん、いいよ」

ノアは笑顔で手を振った。

「またね、ミナトくん。レオンも、あんまり怖い顔しないようにね?」

「……何の話だ」

「さあ?」

ノアは意味深に笑った。

俺はレオンの隣を歩きながら、首をかしげた。

「レオン、何か確認することってあったっけ?」

「……ある」

「何?」

「……後で話す」

「ええっ!? 気になる!!」

「今は歩け」

「はい!」

俺は素直に歩き始めた。

……ところで。

レオン、なんか機嫌悪くない?

俺、何かしたかな?

実演は成功したし、先生にも褒められたし。

ノアと屋台を回っていただけなんだけど……。

あ。

もしかして!

「レオン!」

「何だ」

「俺、屋台巡りに夢中になりすぎて、次の集合時間を忘れそうになってた?」

「……いや」

「じゃあ、食べすぎて魔法が使えなくなりそう?」

「そんなわけがないだろ」

「よかった……!」

レオンは目を閉じた。

「……お前は、本当に……」

「ん?」

「……何でもない」

またそれだ!!

最近のレオン、「何でもない」が多すぎる!!

……でも、聞いたところで教えてくれなさそうだし。

俺は一旦、考えるのをやめることにした。

◆ ◆ ◆

準備場所に戻ると、レオンは俺をベンチに座らせた。

「……ここで少し休め」

「え? 俺、疲れてるように見える?」

「歩き回っていただろう」

「でも、ノアと話してただけだよ?」

「それでもだ」

レオンは俺の隣に立ったまま、手に持っていた飲み物を差し出した。

「飲め」

「えっ、俺に?」

「他に誰がいる」

「ありがとう!!」

俺は受け取って、一口飲んだ。

冷たい果実水だった。

甘くて、少し酸味があって、すごくおいしい。

「おいしい! これ、どこで買ったの?」

「……近くの屋台だ」

「そうなんだ! レオンも飲んだ?」

「ああ」

「じゃあ、俺がもらってよかったの?」

「問題ない」

……優しい。

やっぱりレオンって、優しいんだよなあ。

俺は果実水を飲みながら、ふと気になっていたことを尋ねた。

「ねえ、レオン」

「何だ」

「さっき、ノアと屋台を回ってたとき、何で迎えに来てくれたの?」

レオンの動きが止まった。

「……迎えに来たわけじゃない」

「え? そうなの?」

「ああ。たまたま通りかかっただけだ」

「そっか!」

俺は納得してうなずいた。

「じゃあ、本当に偶然だったんだね!」

「…………そうだ」

なぜか、返事までに少し時間がかかった。

俺は不思議に思いながらも、深く考えなかった。

「でも、ありがとう! レオンが声をかけてくれたおかげで、次の予定も確認できたし!」

「……そうか」

レオンは隣に腰を下ろした。

しばらく二人で、会場の賑やかな音を聞いていた。

すると、俺の手元のお菓子にレオンの視線が止まった。

「……それは?」

「ああ、ノアにもらったんだ! すごくかわいいよね」

俺は星形のクッキーを見せた。

「光の色が変わるんだよ!」

「……そうか」

「レオンも食べる?」

俺はクッキーを差し出した。

レオンは一瞬、俺の顔を見た。

「……いや、いい」

「えー、おいしいのに!」

「……お前が食べればいい」

「そっか。じゃあ、いただきます!」

俺はクッキーを口に入れた。

甘くて、さくさくしていて、おいしい。

「うまっ!!」

「……よかったな」

レオンはそう言って、視線をそらした。

けれど、その表情はどこか複雑そうだった。

――ノアが選んだお菓子を、アステルは嬉しそうに食べている。

自分が渡した飲み物にも、あんなふうに笑ってくれた。

それなのに、なぜか今は、少しだけ物足りない。

自分でも理由が分からない。

ただ、もう少しだけ。

もう少しだけ、アステルが自分の隣にいてくれたらいいのに。

そんなことを考えてしまう。

レオンは小さく息を吐いた。

「……本当に、何なんだ」

「えっ? 何が?」

「……何でもない」

「また!? 今日、何でもない率高くない!?」

「……お前が気にしすぎなんだ」

「そうかなあ……?」

俺は首をかしげた。

でも、レオンの横顔を見ていると、なんとなく気になってしまう。

今日は何度も、レオンの様子をうかがっている気がする。

機嫌が悪そうなら、理由が知りたくなる。

疲れていそうなら、休んでほしくなる。

笑ってくれたら、嬉しくなる。

……あれ?

俺、こんなにレオンのことを気にしていたっけ?

「……アステル?」

「えっ! 何!?」

「ぼんやりしているぞ」

「ご、ごめん! ちょっと考え事!」

「何を考えていた?」

「……レオンのこと?」

口に出してから、俺は固まった。

…………。

………………。

今、俺、何て言った!?

レオンも、ぴたりと動きを止めていた。

「……俺のこと?」

「ち、違う!! いや、違わないけど、そういう意味じゃなくて!!」

「……どういう意味だ」

「ええっと!! 今日のレオン、ちょっといつもと違うなって思って!!」

「……違う?」

「うん! なんか、機嫌が悪そうだったり、急に迎えに来たり……」

「迎えに来たわけじゃない」

「はい!! 偶然でした!!」

俺は勢いよくうなずいた。

レオンはしばらく俺を見つめていた。

そして、小さく息を吐く。

「……別に、機嫌は悪くない」

「本当?」

「ああ」

「じゃあ、よかった!」

俺はほっとして笑った。

その笑顔を見たレオンは、また何か言いかけた。

けれど、結局、口にはしなかった。

――お前が他の誰かと楽しそうにしていると、落ち着かない。

――俺の知らないところで、お前が誰かに笑いかけているのが気になる。

そんなこと、まだ言えるわけがなかった。

◆ ◆ ◆

しばらくして、ノアが準備場所に戻ってきた。

「あ、いたいた! ミナトくん、次の演目までまだ時間あるよ。今度は飲み物の屋台に行かない?」

「行く!!」

俺は勢いよく立ち上がった。

……あ。

隣にいたレオンを見て、ふと思いつく。

「レオンも一緒に行かない?」

レオンが顔を上げた。

「……俺も?」

「うん! さっきは二人で回ってたけど、今度は三人で行こうよ!」

俺は笑顔で続けた。

「レオンとも、もっと学園祭を楽しみたいし!」

…………。

レオンは、しばらく何も言わなかった。

「……ああ」

やがて、静かにうなずいた。

「行く」

「やった!!」

俺は嬉しくなって、思わず笑った。

「じゃあ、三人で行こう!」

ノアはその様子を見て、何かを察したように目を細めた。

「……ふーん。なるほどねえ」

「ノア? どうしたの?」

「ううん、何でもないよ!」

……まただ。

今日のノアも「何でもない」が多い。

この学院、何でもない選手権でも開催しているのか?

俺は首をかしげた。

一方、レオンはミナトの隣を歩きながら、そっと視線を落とした。

――もっと学園祭を楽しみたい。

アステルは、そう言った。

自分と一緒に。

その事実が、思っていた以上に嬉しかった。

たったそれだけの言葉で、さっきまでのもやもやが少し薄れていく。

……本当に、単純だ。

レオンは自分の気持ちを持て余しながら、ミナトの横顔を見た。

そのとき、ミナトがこちらを振り向いた。

「レオン、次は何を食べる?」

「……お前が食べたいものでいい」

「えー! じゃあ、全部!!」

「……全部は無理だ」

「ですよね!!」

ノアが隣で吹き出した。

三人の笑い声が、賑やかな学園祭の中に溶けていく。

俺は思った。

今日は本当に楽しい。

アレンとカイルの実演も見られた。

自分の魔法も成功した。

ノアとも遊べたし、レオンとも一緒に回れる。

こんなに幸せな一日があっていいんだろうか。

……ただ、一つだけ。

最近、俺はレオンのことを考える時間が増えている気がする。

レオンが何を考えているのか。

今、どんな気持ちなのか。

俺と一緒にいて、楽しいと思ってくれているのか。

そんなことが、少しずつ気になり始めていた。

でも、まだその理由は分からない。

だから俺は、いつもどおり笑って言った。

「レオン、明日も一緒に回れたらいいね!」

レオンは驚いたように俺を見た。

それから、ゆっくりと微笑んだ。

「ああ。……そうだな」

その笑顔を見た瞬間、俺の胸がまた、ほんの少しだけ温かくなった。

――あれ。

これ、やっぱり何なんだろう。

俺はまだ、その答えを知らない。