「うわあああ!! 見て、ノア! あれ、絶対おいしいやつ!!」
「ミナトくん、さっきも同じこと言ってたよ?」
「だって全部おいしそうなんだもん!!」
学園祭の屋台通りは、朝よりもさらに賑わっていた。
焼き菓子に、魔法で冷やした果実水、ふわふわのパン、食べると舌の上で小さな光が弾ける不思議なお菓子。
さすが魔法学院。
前世の学園祭とは、何もかもが違う。
「この光るお菓子、何味なんだろう……」
「買ってみる?」
「買う!!」
ノアは楽しそうに笑いながら、屋台の店員にお金を渡した。
受け取ったお菓子は、星の形をした小さなクッキーだった。表面が淡く光り、手のひらに乗せると、きらきらと色が変わる。
「すごい……! かわいい……!」
「ミナトくん、こういうの好きそうだと思ったんだ」
「えっ、俺の好みを理解してる!? ノア、天才!?」
「ふふっ。喜んでもらえてよかった」
ノアは俺の隣で笑った。
……うん。
ノアって、本当に一緒にいて楽しい。
気さくだし、話を聞いてくれるし、こうやって自然に気を遣ってくれる。
俺がこの世界に来てから、仲良くなれてよかったと思う友達の一人だ。
「ノア、ありがとう! これ、大事に食べる!」
「食べ物は大事にしまっておくものじゃなくて、食べるものだよ?」
「はっ! そうだった!!」
「ミナトくん、面白すぎるんだけど」
二人で笑いながら歩く。
その少し離れた場所から、こちらを見ている人影があった。
黒髪に、青灰色の瞳。
レオン・ヴァイスである。
「…………」
レオンは手に持っていた飲み物を一口飲んだ。
……別に、探していたわけではない。
ただ、次の演目まで少し時間が空いたから、会場を見て回っていただけだ。
その途中で、たまたま二人を見かけた。
それだけだ。
――それなのに。
「……ずいぶん楽しそうだな」
口から漏れた言葉に、自分で眉をひそめた。
何を気にしているんだ。
アステルが誰と笑っていようと、関係ない。
そう思っているのに、視線はどうしても二人を追ってしまう。
特に、アステルの笑顔を。
「……俺は何をしているんだ」
レオンは小さくため息をついた。
そして、なぜか足は二人のいる方向へ向かっていた。
◆ ◆ ◆
「ミナトくん、これも食べてみる?」
「えっ、いいの!?」
「うん。二つ買ったから」
ノアが差し出したのは、小さな丸い魔法菓子だった。
表面に砂糖の結晶がついていて、光に当たると宝石みたいに輝いている。
「わあ……! これもおいしそう!」
「じゃあ、はい」
ノアが菓子を持った手を、俺の口元へ近づけた。
「……え?」
「どうぞ?」
「…………」
待って。
これ、まさか。
あーん、というやつですか!?
いやいやいや!
友達同士でも、そういうことはあるのかもしれない。
でも、突然すぎない!?
俺が戸惑っていると、ノアがにこっと笑った。
「ほら、冷めないうちに。……って、このお菓子は冷めないけどね」
「ノア、今ちょっと面白いこと言ったね!?」
「そこ!?」
俺が笑っていると。
「……何をしている」
低い声が、横から飛んできた。
俺とノアは同時に振り向いた。
「レオン!」
「やあ、レオン。君も屋台巡り?」
ノアはいつもどおりの笑顔だった。
一方、レオンはノアの手元に視線を落とした。
そして、俺を見た。
「……アステル。次の集合時間を忘れていないだろうな」
「えっ? 集合時間?」
俺は慌てて頭の中の予定を確認した。
「あっ、次の実演の確認! まだ時間あるよね?」
「ある。だが、準備場所に戻る前に確認しておきたいことがある」
「そっか! じゃあ、あとで戻るね!」
「今、戻るぞ」
「えっ!?」
レオンはあまりにも自然に言い切った。
俺はノアと顔を見合わせる。
「……えっと、ノア、ごめん! またあとで!」
「うん、いいよ」
ノアは笑顔で手を振った。
「またね、ミナトくん。レオンも、あんまり怖い顔しないようにね?」
「……何の話だ」
「さあ?」
ノアは意味深に笑った。
俺はレオンの隣を歩きながら、首をかしげた。
「レオン、何か確認することってあったっけ?」
「……ある」
「何?」
「……後で話す」
「ええっ!? 気になる!!」
「今は歩け」
「はい!」
俺は素直に歩き始めた。
……ところで。
レオン、なんか機嫌悪くない?
俺、何かしたかな?
実演は成功したし、先生にも褒められたし。
ノアと屋台を回っていただけなんだけど……。
あ。
もしかして!
「レオン!」
「何だ」
「俺、屋台巡りに夢中になりすぎて、次の集合時間を忘れそうになってた?」
「……いや」
「じゃあ、食べすぎて魔法が使えなくなりそう?」
「そんなわけがないだろ」
「よかった……!」
レオンは目を閉じた。
「……お前は、本当に……」
「ん?」
「……何でもない」
またそれだ!!
最近のレオン、「何でもない」が多すぎる!!
……でも、聞いたところで教えてくれなさそうだし。
俺は一旦、考えるのをやめることにした。
◆ ◆ ◆
準備場所に戻ると、レオンは俺をベンチに座らせた。
「……ここで少し休め」
「え? 俺、疲れてるように見える?」
「歩き回っていただろう」
「でも、ノアと話してただけだよ?」
「それでもだ」
レオンは俺の隣に立ったまま、手に持っていた飲み物を差し出した。
「飲め」
「えっ、俺に?」
「他に誰がいる」
「ありがとう!!」
俺は受け取って、一口飲んだ。
冷たい果実水だった。
甘くて、少し酸味があって、すごくおいしい。
「おいしい! これ、どこで買ったの?」
「……近くの屋台だ」
「そうなんだ! レオンも飲んだ?」
「ああ」
「じゃあ、俺がもらってよかったの?」
「問題ない」
……優しい。
やっぱりレオンって、優しいんだよなあ。
俺は果実水を飲みながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、レオン」
「何だ」
「さっき、ノアと屋台を回ってたとき、何で迎えに来てくれたの?」
レオンの動きが止まった。
「……迎えに来たわけじゃない」
「え? そうなの?」
「ああ。たまたま通りかかっただけだ」
「そっか!」
俺は納得してうなずいた。
「じゃあ、本当に偶然だったんだね!」
「…………そうだ」
なぜか、返事までに少し時間がかかった。
俺は不思議に思いながらも、深く考えなかった。
「でも、ありがとう! レオンが声をかけてくれたおかげで、次の予定も確認できたし!」
「……そうか」
レオンは隣に腰を下ろした。
しばらく二人で、会場の賑やかな音を聞いていた。
すると、俺の手元のお菓子にレオンの視線が止まった。
「……それは?」
「ああ、ノアにもらったんだ! すごくかわいいよね」
俺は星形のクッキーを見せた。
「光の色が変わるんだよ!」
「……そうか」
「レオンも食べる?」
俺はクッキーを差し出した。
レオンは一瞬、俺の顔を見た。
「……いや、いい」
「えー、おいしいのに!」
「……お前が食べればいい」
「そっか。じゃあ、いただきます!」
俺はクッキーを口に入れた。
甘くて、さくさくしていて、おいしい。
「うまっ!!」
「……よかったな」
レオンはそう言って、視線をそらした。
けれど、その表情はどこか複雑そうだった。
――ノアが選んだお菓子を、アステルは嬉しそうに食べている。
自分が渡した飲み物にも、あんなふうに笑ってくれた。
それなのに、なぜか今は、少しだけ物足りない。
自分でも理由が分からない。
ただ、もう少しだけ。
もう少しだけ、アステルが自分の隣にいてくれたらいいのに。
そんなことを考えてしまう。
レオンは小さく息を吐いた。
「……本当に、何なんだ」
「えっ? 何が?」
「……何でもない」
「また!? 今日、何でもない率高くない!?」
「……お前が気にしすぎなんだ」
「そうかなあ……?」
俺は首をかしげた。
でも、レオンの横顔を見ていると、なんとなく気になってしまう。
今日は何度も、レオンの様子をうかがっている気がする。
機嫌が悪そうなら、理由が知りたくなる。
疲れていそうなら、休んでほしくなる。
笑ってくれたら、嬉しくなる。
……あれ?
俺、こんなにレオンのことを気にしていたっけ?
「……アステル?」
「えっ! 何!?」
「ぼんやりしているぞ」
「ご、ごめん! ちょっと考え事!」
「何を考えていた?」
「……レオンのこと?」
口に出してから、俺は固まった。
…………。
………………。
今、俺、何て言った!?
レオンも、ぴたりと動きを止めていた。
「……俺のこと?」
「ち、違う!! いや、違わないけど、そういう意味じゃなくて!!」
「……どういう意味だ」
「ええっと!! 今日のレオン、ちょっといつもと違うなって思って!!」
「……違う?」
「うん! なんか、機嫌が悪そうだったり、急に迎えに来たり……」
「迎えに来たわけじゃない」
「はい!! 偶然でした!!」
俺は勢いよくうなずいた。
レオンはしばらく俺を見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「……別に、機嫌は悪くない」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ、よかった!」
俺はほっとして笑った。
その笑顔を見たレオンは、また何か言いかけた。
けれど、結局、口にはしなかった。
――お前が他の誰かと楽しそうにしていると、落ち着かない。
――俺の知らないところで、お前が誰かに笑いかけているのが気になる。
そんなこと、まだ言えるわけがなかった。
◆ ◆ ◆
しばらくして、ノアが準備場所に戻ってきた。
「あ、いたいた! ミナトくん、次の演目までまだ時間あるよ。今度は飲み物の屋台に行かない?」
「行く!!」
俺は勢いよく立ち上がった。
……あ。
隣にいたレオンを見て、ふと思いつく。
「レオンも一緒に行かない?」
レオンが顔を上げた。
「……俺も?」
「うん! さっきは二人で回ってたけど、今度は三人で行こうよ!」
俺は笑顔で続けた。
「レオンとも、もっと学園祭を楽しみたいし!」
…………。
レオンは、しばらく何も言わなかった。
「……ああ」
やがて、静かにうなずいた。
「行く」
「やった!!」
俺は嬉しくなって、思わず笑った。
「じゃあ、三人で行こう!」
ノアはその様子を見て、何かを察したように目を細めた。
「……ふーん。なるほどねえ」
「ノア? どうしたの?」
「ううん、何でもないよ!」
……まただ。
今日のノアも「何でもない」が多い。
この学院、何でもない選手権でも開催しているのか?
俺は首をかしげた。
一方、レオンはミナトの隣を歩きながら、そっと視線を落とした。
――もっと学園祭を楽しみたい。
アステルは、そう言った。
自分と一緒に。
その事実が、思っていた以上に嬉しかった。
たったそれだけの言葉で、さっきまでのもやもやが少し薄れていく。
……本当に、単純だ。
レオンは自分の気持ちを持て余しながら、ミナトの横顔を見た。
そのとき、ミナトがこちらを振り向いた。
「レオン、次は何を食べる?」
「……お前が食べたいものでいい」
「えー! じゃあ、全部!!」
「……全部は無理だ」
「ですよね!!」
ノアが隣で吹き出した。
三人の笑い声が、賑やかな学園祭の中に溶けていく。
俺は思った。
今日は本当に楽しい。
アレンとカイルの実演も見られた。
自分の魔法も成功した。
ノアとも遊べたし、レオンとも一緒に回れる。
こんなに幸せな一日があっていいんだろうか。
……ただ、一つだけ。
最近、俺はレオンのことを考える時間が増えている気がする。
レオンが何を考えているのか。
今、どんな気持ちなのか。
俺と一緒にいて、楽しいと思ってくれているのか。
そんなことが、少しずつ気になり始めていた。
でも、まだその理由は分からない。
だから俺は、いつもどおり笑って言った。
「レオン、明日も一緒に回れたらいいね!」
レオンは驚いたように俺を見た。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「ああ。……そうだな」
その笑顔を見た瞬間、俺の胸がまた、ほんの少しだけ温かくなった。
――あれ。
これ、やっぱり何なんだろう。
俺はまだ、その答えを知らない。
「ミナトくん、さっきも同じこと言ってたよ?」
「だって全部おいしそうなんだもん!!」
学園祭の屋台通りは、朝よりもさらに賑わっていた。
焼き菓子に、魔法で冷やした果実水、ふわふわのパン、食べると舌の上で小さな光が弾ける不思議なお菓子。
さすが魔法学院。
前世の学園祭とは、何もかもが違う。
「この光るお菓子、何味なんだろう……」
「買ってみる?」
「買う!!」
ノアは楽しそうに笑いながら、屋台の店員にお金を渡した。
受け取ったお菓子は、星の形をした小さなクッキーだった。表面が淡く光り、手のひらに乗せると、きらきらと色が変わる。
「すごい……! かわいい……!」
「ミナトくん、こういうの好きそうだと思ったんだ」
「えっ、俺の好みを理解してる!? ノア、天才!?」
「ふふっ。喜んでもらえてよかった」
ノアは俺の隣で笑った。
……うん。
ノアって、本当に一緒にいて楽しい。
気さくだし、話を聞いてくれるし、こうやって自然に気を遣ってくれる。
俺がこの世界に来てから、仲良くなれてよかったと思う友達の一人だ。
「ノア、ありがとう! これ、大事に食べる!」
「食べ物は大事にしまっておくものじゃなくて、食べるものだよ?」
「はっ! そうだった!!」
「ミナトくん、面白すぎるんだけど」
二人で笑いながら歩く。
その少し離れた場所から、こちらを見ている人影があった。
黒髪に、青灰色の瞳。
レオン・ヴァイスである。
「…………」
レオンは手に持っていた飲み物を一口飲んだ。
……別に、探していたわけではない。
ただ、次の演目まで少し時間が空いたから、会場を見て回っていただけだ。
その途中で、たまたま二人を見かけた。
それだけだ。
――それなのに。
「……ずいぶん楽しそうだな」
口から漏れた言葉に、自分で眉をひそめた。
何を気にしているんだ。
アステルが誰と笑っていようと、関係ない。
そう思っているのに、視線はどうしても二人を追ってしまう。
特に、アステルの笑顔を。
「……俺は何をしているんだ」
レオンは小さくため息をついた。
そして、なぜか足は二人のいる方向へ向かっていた。
◆ ◆ ◆
「ミナトくん、これも食べてみる?」
「えっ、いいの!?」
「うん。二つ買ったから」
ノアが差し出したのは、小さな丸い魔法菓子だった。
表面に砂糖の結晶がついていて、光に当たると宝石みたいに輝いている。
「わあ……! これもおいしそう!」
「じゃあ、はい」
ノアが菓子を持った手を、俺の口元へ近づけた。
「……え?」
「どうぞ?」
「…………」
待って。
これ、まさか。
あーん、というやつですか!?
いやいやいや!
友達同士でも、そういうことはあるのかもしれない。
でも、突然すぎない!?
俺が戸惑っていると、ノアがにこっと笑った。
「ほら、冷めないうちに。……って、このお菓子は冷めないけどね」
「ノア、今ちょっと面白いこと言ったね!?」
「そこ!?」
俺が笑っていると。
「……何をしている」
低い声が、横から飛んできた。
俺とノアは同時に振り向いた。
「レオン!」
「やあ、レオン。君も屋台巡り?」
ノアはいつもどおりの笑顔だった。
一方、レオンはノアの手元に視線を落とした。
そして、俺を見た。
「……アステル。次の集合時間を忘れていないだろうな」
「えっ? 集合時間?」
俺は慌てて頭の中の予定を確認した。
「あっ、次の実演の確認! まだ時間あるよね?」
「ある。だが、準備場所に戻る前に確認しておきたいことがある」
「そっか! じゃあ、あとで戻るね!」
「今、戻るぞ」
「えっ!?」
レオンはあまりにも自然に言い切った。
俺はノアと顔を見合わせる。
「……えっと、ノア、ごめん! またあとで!」
「うん、いいよ」
ノアは笑顔で手を振った。
「またね、ミナトくん。レオンも、あんまり怖い顔しないようにね?」
「……何の話だ」
「さあ?」
ノアは意味深に笑った。
俺はレオンの隣を歩きながら、首をかしげた。
「レオン、何か確認することってあったっけ?」
「……ある」
「何?」
「……後で話す」
「ええっ!? 気になる!!」
「今は歩け」
「はい!」
俺は素直に歩き始めた。
……ところで。
レオン、なんか機嫌悪くない?
俺、何かしたかな?
実演は成功したし、先生にも褒められたし。
ノアと屋台を回っていただけなんだけど……。
あ。
もしかして!
「レオン!」
「何だ」
「俺、屋台巡りに夢中になりすぎて、次の集合時間を忘れそうになってた?」
「……いや」
「じゃあ、食べすぎて魔法が使えなくなりそう?」
「そんなわけがないだろ」
「よかった……!」
レオンは目を閉じた。
「……お前は、本当に……」
「ん?」
「……何でもない」
またそれだ!!
最近のレオン、「何でもない」が多すぎる!!
……でも、聞いたところで教えてくれなさそうだし。
俺は一旦、考えるのをやめることにした。
◆ ◆ ◆
準備場所に戻ると、レオンは俺をベンチに座らせた。
「……ここで少し休め」
「え? 俺、疲れてるように見える?」
「歩き回っていただろう」
「でも、ノアと話してただけだよ?」
「それでもだ」
レオンは俺の隣に立ったまま、手に持っていた飲み物を差し出した。
「飲め」
「えっ、俺に?」
「他に誰がいる」
「ありがとう!!」
俺は受け取って、一口飲んだ。
冷たい果実水だった。
甘くて、少し酸味があって、すごくおいしい。
「おいしい! これ、どこで買ったの?」
「……近くの屋台だ」
「そうなんだ! レオンも飲んだ?」
「ああ」
「じゃあ、俺がもらってよかったの?」
「問題ない」
……優しい。
やっぱりレオンって、優しいんだよなあ。
俺は果実水を飲みながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、レオン」
「何だ」
「さっき、ノアと屋台を回ってたとき、何で迎えに来てくれたの?」
レオンの動きが止まった。
「……迎えに来たわけじゃない」
「え? そうなの?」
「ああ。たまたま通りかかっただけだ」
「そっか!」
俺は納得してうなずいた。
「じゃあ、本当に偶然だったんだね!」
「…………そうだ」
なぜか、返事までに少し時間がかかった。
俺は不思議に思いながらも、深く考えなかった。
「でも、ありがとう! レオンが声をかけてくれたおかげで、次の予定も確認できたし!」
「……そうか」
レオンは隣に腰を下ろした。
しばらく二人で、会場の賑やかな音を聞いていた。
すると、俺の手元のお菓子にレオンの視線が止まった。
「……それは?」
「ああ、ノアにもらったんだ! すごくかわいいよね」
俺は星形のクッキーを見せた。
「光の色が変わるんだよ!」
「……そうか」
「レオンも食べる?」
俺はクッキーを差し出した。
レオンは一瞬、俺の顔を見た。
「……いや、いい」
「えー、おいしいのに!」
「……お前が食べればいい」
「そっか。じゃあ、いただきます!」
俺はクッキーを口に入れた。
甘くて、さくさくしていて、おいしい。
「うまっ!!」
「……よかったな」
レオンはそう言って、視線をそらした。
けれど、その表情はどこか複雑そうだった。
――ノアが選んだお菓子を、アステルは嬉しそうに食べている。
自分が渡した飲み物にも、あんなふうに笑ってくれた。
それなのに、なぜか今は、少しだけ物足りない。
自分でも理由が分からない。
ただ、もう少しだけ。
もう少しだけ、アステルが自分の隣にいてくれたらいいのに。
そんなことを考えてしまう。
レオンは小さく息を吐いた。
「……本当に、何なんだ」
「えっ? 何が?」
「……何でもない」
「また!? 今日、何でもない率高くない!?」
「……お前が気にしすぎなんだ」
「そうかなあ……?」
俺は首をかしげた。
でも、レオンの横顔を見ていると、なんとなく気になってしまう。
今日は何度も、レオンの様子をうかがっている気がする。
機嫌が悪そうなら、理由が知りたくなる。
疲れていそうなら、休んでほしくなる。
笑ってくれたら、嬉しくなる。
……あれ?
俺、こんなにレオンのことを気にしていたっけ?
「……アステル?」
「えっ! 何!?」
「ぼんやりしているぞ」
「ご、ごめん! ちょっと考え事!」
「何を考えていた?」
「……レオンのこと?」
口に出してから、俺は固まった。
…………。
………………。
今、俺、何て言った!?
レオンも、ぴたりと動きを止めていた。
「……俺のこと?」
「ち、違う!! いや、違わないけど、そういう意味じゃなくて!!」
「……どういう意味だ」
「ええっと!! 今日のレオン、ちょっといつもと違うなって思って!!」
「……違う?」
「うん! なんか、機嫌が悪そうだったり、急に迎えに来たり……」
「迎えに来たわけじゃない」
「はい!! 偶然でした!!」
俺は勢いよくうなずいた。
レオンはしばらく俺を見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「……別に、機嫌は悪くない」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ、よかった!」
俺はほっとして笑った。
その笑顔を見たレオンは、また何か言いかけた。
けれど、結局、口にはしなかった。
――お前が他の誰かと楽しそうにしていると、落ち着かない。
――俺の知らないところで、お前が誰かに笑いかけているのが気になる。
そんなこと、まだ言えるわけがなかった。
◆ ◆ ◆
しばらくして、ノアが準備場所に戻ってきた。
「あ、いたいた! ミナトくん、次の演目までまだ時間あるよ。今度は飲み物の屋台に行かない?」
「行く!!」
俺は勢いよく立ち上がった。
……あ。
隣にいたレオンを見て、ふと思いつく。
「レオンも一緒に行かない?」
レオンが顔を上げた。
「……俺も?」
「うん! さっきは二人で回ってたけど、今度は三人で行こうよ!」
俺は笑顔で続けた。
「レオンとも、もっと学園祭を楽しみたいし!」
…………。
レオンは、しばらく何も言わなかった。
「……ああ」
やがて、静かにうなずいた。
「行く」
「やった!!」
俺は嬉しくなって、思わず笑った。
「じゃあ、三人で行こう!」
ノアはその様子を見て、何かを察したように目を細めた。
「……ふーん。なるほどねえ」
「ノア? どうしたの?」
「ううん、何でもないよ!」
……まただ。
今日のノアも「何でもない」が多い。
この学院、何でもない選手権でも開催しているのか?
俺は首をかしげた。
一方、レオンはミナトの隣を歩きながら、そっと視線を落とした。
――もっと学園祭を楽しみたい。
アステルは、そう言った。
自分と一緒に。
その事実が、思っていた以上に嬉しかった。
たったそれだけの言葉で、さっきまでのもやもやが少し薄れていく。
……本当に、単純だ。
レオンは自分の気持ちを持て余しながら、ミナトの横顔を見た。
そのとき、ミナトがこちらを振り向いた。
「レオン、次は何を食べる?」
「……お前が食べたいものでいい」
「えー! じゃあ、全部!!」
「……全部は無理だ」
「ですよね!!」
ノアが隣で吹き出した。
三人の笑い声が、賑やかな学園祭の中に溶けていく。
俺は思った。
今日は本当に楽しい。
アレンとカイルの実演も見られた。
自分の魔法も成功した。
ノアとも遊べたし、レオンとも一緒に回れる。
こんなに幸せな一日があっていいんだろうか。
……ただ、一つだけ。
最近、俺はレオンのことを考える時間が増えている気がする。
レオンが何を考えているのか。
今、どんな気持ちなのか。
俺と一緒にいて、楽しいと思ってくれているのか。
そんなことが、少しずつ気になり始めていた。
でも、まだその理由は分からない。
だから俺は、いつもどおり笑って言った。
「レオン、明日も一緒に回れたらいいね!」
レオンは驚いたように俺を見た。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「ああ。……そうだな」
その笑顔を見た瞬間、俺の胸がまた、ほんの少しだけ温かくなった。
――あれ。
これ、やっぱり何なんだろう。
俺はまだ、その答えを知らない。

