俺は観測者であって、主人公じゃない。2

「…………はあぁぁぁ……」

「……アステル」

「はあぁぁぁぁぁ……尊い……」

「アステル」

「アレンが笑って、カイルが照れて、二人で成功させて……あれ、公式ですか? 公式ですよね!? ありがとうございます!!」

「アステル」

「しかも、カイルがアレンを支えたところ! あそこで自然に補助魔法を重ねるの、信頼関係が完成されすぎてるんですよ!! もう言葉はいらないというか、二人の間には二人だけの世界が――」

「アステル!!」

「はいっ!?」

耳元で呼ばれ、俺は飛び上がった。

目の前には、若干眉間にしわを寄せたレオンがいた。

……あれ?

俺、今、何をしていたんだっけ?

そうだ。俺たちの実演の準備をしていたはずだ。

なのに、気がついたら推しカプの感想を熱弁していた。

「……悪い。つい」

「つい、ではない。もうすぐ俺たちの出番だ」

「えっ!? もう!?」

「さっきから何度も言っている」

「ごめん!! 推しカプの供給が想像以上で、脳の処理が追いつかなくて!!」

「……供給?」

「あっ、いや! 何でもないです!」

危ない危ない。

うっかり前世のオタク用語が出てしまった。

俺は慌てて口を閉じる。

レオンは不思議そうな顔をしていたが、それ以上は追及しなかった。

「集中しろ。練習したとおりにやればいい」

「うん!」

俺は大きくうなずいた。

そうだ。俺だって今日のために練習してきたんだ。

レオンに何度も教えてもらって、少しずつできるようになった魔法。

せっかくなら、ちゃんと成功させたい。

……よし!

「俺、頑張る!」

「……ああ」

レオンは短く答えた。

けれど、その声はいつもより少しだけ優しかった。

舞台袖に移動すると、次の演目の準備が始まっていた。

空中に光の線を描くため、俺とレオンは隣同士に立つ。

今回の実演では、俺が細い光の線を描き、レオンがその光を安定させながら全体の魔法陣を完成させる。

簡単そうに見えるけれど、光の線を少しでも乱すと、全体の形が崩れてしまう。

練習では成功することも増えてきたけれど、人前で披露するのは初めてだった。

「……緊張しているか?」

レオンが小さな声で尋ねた。

「ちょっとだけ」

「手が冷たいな」

そう言って、レオンは俺の手元を見た。

「えっ、そう?」

「無理に力を入れるな。魔力まで固くなる」

「うん、分かった」

レオンは俺の目を見て、ゆっくりと言った。

「失敗しても、俺が合わせる。だから、自分の役割だけに集中しろ」

その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

……レオンって、本当に頼りになるな。

普段はちょっと無愛想だし、言い方も厳しいことがある。

でも、俺が困っていると、必ず気づいてくれる。

俺が失敗しても、すぐに責めたりしない。

むしろ、どうしたら次は成功できるか、一緒に考えてくれる。

「……ありがとう、レオン」

「だから、礼は成功してからでいい」

「じゃあ、成功したらいっぱい褒めるね!」

「お前が俺を褒めるのか?」

「もちろん! レオンの魔法、すごいもん!」

レオンが一瞬、黙った。

「……そういうことを、簡単に言うな」

「え? 何で?」

「……何でもない」

まただ。

また何か言いかけて、やめた。

最近、レオンのこういう反応が増えた気がする。

俺、何か変なことを言っているのかな?

……いや、いつものことか。

そう納得しかけたとき、舞台の進行係が声を上げた。

「次の演目、準備をお願いします!」

いよいよだ。

俺は両手を握りしめた。

「よし……!」

すると、レオンが俺の名前を呼んだ。

「アステル」

「ん?」

「……楽しんでこい」

その言葉に、俺は思わず笑顔になった。

「うん!!」

その瞬間、レオンが少しだけ目を細めた。

俺は気づかなかった。

自分の笑顔を見て、レオンがどれほど嬉しそうな顔をしていたのかなんて。

◆ ◆ ◆

「続きまして、魔法実演部門! レオン・ヴァイスとミナト・アステルによる共同演目です!」

会場から拍手が起こる。

俺は舞台の中央に立った。

目の前には、たくさんの観客。

学院の生徒も、先生も、見学に来た人たちもいる。

うわあああああ!!

めっちゃ人がいる!!

練習のときは、こんなに注目されていなかったのに!

「……アステル」

隣からレオンの声がした。

「大丈夫だ」

その一言で、不思議と落ち着いた。

俺は小さくうなずき、魔力を集中させた。

指先から、細い光が生まれる。

一本、二本、三本。

光の線が空中へ伸び、ゆっくりと曲線を描いていく。

その光をレオンの魔法が包み込み、揺らぎを整えていく。

俺の光とレオンの魔法が重なり、空中に小さな星座が形作られ始めた。

……できてる。

ちゃんと、できてる!

俺は思わずレオンを見た。

レオンは前を向いたまま、静かにうなずいた。

その合図を受け、俺は次の光を描き始める。

練習で何度も失敗した部分。

細い線を曲げながら、別の光と交差させる難しい操作。

けれど、焦らない。

レオンがいる。

何度も練習してきた。

だから、大丈夫。

最後の線を描き終えると、レオンが魔法を重ねた。

次の瞬間。

空中に、光り輝く星座が完成した。

星と星をつなぐ光がゆっくりと瞬き、まるで夜空を切り取ったような幻想的な光景が広がった。

「わあ……!」

観客から歓声が上がる。

そして、大きな拍手。

「……成功、した?」

俺はぽかんと空を見上げた。

「成功だ、アステル」

レオンが答えた。

「……っ、やったあああああ!!」

俺は思わずレオンの手を握った。

「レオン!! 成功した!! ちゃんとできたよ!!」

「……ああ」

「すごい! 俺たち、成功したんだ!!」

嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。

練習で失敗して落ち込んだ日もあった。

自分には向いていないんじゃないかと思ったこともあった。

でも、諦めなくてよかった。

レオンが教えてくれたから、ここまで来られた。

「ありがとう、レオン!! 本当にありがとう!!」

俺は握った手をぶんぶんと振った。

「俺、レオンと一緒に実演できてよかった!!」

…………。

レオンが、完全に固まった。

「……レオン?」

「…………」

「え、どうしたの!? どこか痛い!?」

「……いや」

レオンはゆっくりと俺の手を見た。

俺が握っている、彼の手を。

「……何でもない」

そう答える声は、いつもより少しかすれていた。

俺は首をかしげた。

……もしかして、疲れた?

そりゃそうだよね!

あんなにすごい魔法を使ったんだもん!

「レオン、あとでちゃんと休んでね!」

「……お前は、本当に……」

「ん?」

「……いや、何でもない」

なぜかレオンは、今度こそ本当に困ったような顔をしていた。

一方、俺はというと。

成功の喜びで頭がいっぱいだった。

自分たちの魔法が成功したこと。

観客が喜んでくれたこと。

そして何より、推しカプの実演に続いて、自分までこんな素敵な思い出を作れたこと!

……ああ、今日は最高の日だ。

俺は満面の笑みで、もう一度レオンを見た。

「レオン! また一緒に練習しようね!」

レオンは俺を見つめたあと、静かに答えた。

「……ああ。何度でもな」

その声があまりにも優しくて。

俺はまた、胸の奥が温かくなるのを感じた。

……あれ?

今日、これ何回目だろう。

レオンと話すと、なんだか嬉しい。

レオンに褒められると、もっと嬉しい。

……いやいやいや!

これはきっと、信頼している相手だからだ。

そういうことにしておこう。

◆ ◆ ◆

実演を終えた俺たちは、先生からの講評を受けて舞台裏を離れた。

レオンは先生に呼び止められ、魔法の構成について質問されている。

俺は邪魔にならないように、少し離れた場所で待つことにした。

すると。

「ミナトくーん!」

聞き慣れた、明るい声がした。

振り向けば、そこにはノアがいた。

「ノア!」

「実演、見てたよ! すごかったね。あんなに綺麗な星座ができるなんて思わなかった」

「本当!? ありがとう!!」

「うん。特に最後の光の線。練習してたところでしょ?」

「そう! よく分かったね!」

「何度か練習を見かけたからね。頑張ってたの、知ってるよ」

……ノア、いい人すぎる。

ちゃんと見てくれていたんだ。

嬉しくなって、俺は笑った。

「ありがとう! ノアにそう言ってもらえると嬉しい!」

「ふふっ。じゃあ、頑張ったミナトくんにご褒美をあげようかな」

「ご褒美?」

「屋台巡り! せっかくの学園祭だし、一緒に回らない?」

「行く!!」

即答だった。

屋台!!

食べ物!!

学園祭!!

行かない理由がない!!

「やった! じゃあ、まずは焼き菓子の屋台に行こうよ。限定の魔法菓子があるんだって」

「何それ!? 絶対食べたい!!」

ノアと並んで歩き始める。

……そのとき。

少し離れた場所で先生との話を終えたレオンが、こちらを見ていた。

俺とノアが楽しそうに話している。

ノアが俺の手元を指さして、何かを説明している。

俺が笑っている。

レオンは、無意識に足を止めた。

――まただ。

また、ノアと一緒にいる。

別に、ノアと出かけるなと言いたいわけじゃない。

アステルが誰と仲良くしようと、本人の自由だ。

分かっている。

分かっているのに。

「……」

どうして、こんなに気になるんだ。

「レオン?」

声をかけられ、レオンは振り返った。

アレンとカイルが立っていた。

「どうしたの? ミナトたちを見てたみたいだけど」

「……別に」

「そうか?」

カイルが少し不思議そうにする。

レオンはすぐに視線を戻した。

その先では、ノアがミナトの頭に手を伸ばし、髪についていた小さな飾りを取っていた。

ミナトは「ありがとう!」と笑っている。

……レオンの眉間に、しわが寄った。

「……あいつは、誰にでもああなのか」

「え?」

アレンが首をかしげる。

「何か言った?」

「何でもない」

レオンは踵を返した。

「俺は少し休んでくる」

その背中を、カイルがじっと見送った。

「……レオン、今日は少し様子がおかしいな」

「そうかな?」

アレンはミナトたちの方を見たあと、ぱっと笑った。

「でも、ミナトが楽しそうでよかった!」

「……そうだな」

カイルはアレンの横顔を見て、少しだけ口元を緩めた。

そして、心の中で思った。

――あいつも、早く自分の気持ちに気づけばいいのに。

もちろん、レオンには聞こえていない。

そして、本人はまだ認めるつもりもない。

自分が今、少しだけ嫉妬していることを。

◆ ◆ ◆

「レオン、どこに行ったんだろう?」

焼き菓子を手に、俺は周囲を見渡した。

ノアが隣で首をかしげる。

「レオンなら、さっき先生と話してたけど?」

「うん。そのあと一緒に屋台を回ろうかなって思ってたんだけど……」

「へえ?」

ノアの口元が、にやりと上がった。

「ミナトくん、レオンも誘うつもりだったんだ?」

「え? うん! だって一緒に実演したし! せっかくだからみんなで回りたいじゃん!」

「ふーん。そっかそっか」

「……何その顔」

「別にー?」

絶対、何か考えてる。

ノアはこういうとき、だいたい何かを察している顔をする。

「ねえ、ミナトくん」

「何?」

「レオンがいないと、寂しい?」

「えっ!?」

俺は思わず焼き菓子を落としそうになった。

「な、何で!? 別に寂しくないよ!?」

「本当に?」

「本当! ただ、一緒に実演したから感想を言いたいだけ!」

「ふうん?」

ノアは楽しそうに笑った。

「じゃあ、レオンが別の人と屋台を回ってても、気にならない?」

「え? もちろん! レオンにも友達はいるだろうし……」

そこまで言って、なぜか言葉が止まった。

想像してみる。

レオンが、別の生徒と並んで歩いている。

いつものように落ち着いた顔で、その相手に優しく話しかけている。

相手が笑うと、レオンも少しだけ笑う。

…………。

あれ?

なんだろう。

ちょっとだけ、変な感じがする。

胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かない。

「……ミナトくん?」

「えっ!? あ、ううん! 何でもない!」

俺は慌てて首を振った。

いやいやいや。

これはきっと、いつも一緒に練習しているからだ。

レオンは大切な友達だし、仲間だし。

一緒にいる時間が長いから、なんとなく気になるだけ。

そう。

きっと、ただの友情だ。

「……そうだよね」

俺は自分に言い聞かせるように、小さくつぶやいた。

ノアは何も言わず、俺の顔を見ていた。

そして、ふっと笑った。

「……ミナトくんって、面白いね」

「えっ、何で!?」

「ううん。何でもないよ」

ノアはそう言って、俺の肩を軽くたたいた。

「ほら、次の屋台に行こう! せっかくの学園祭なんだから、楽しまなきゃ!」

「うん!」

俺は笑顔でうなずいた。

でも、歩き出してからも、頭の片隅にはレオンのことが残っていた。

……レオン、今どこにいるんだろう。

ちゃんと休んでるかな。

俺たちの実演、どう思ったかな。

……あとで、感想を聞きたいな。

そんなことを考えている自分に、俺はまだ気づいていなかった。

自分がいつの間にか、レオンのことを探してしまうようになっていることに。