俺は観測者であって、主人公じゃない。2

「――学園祭、開幕です!!」

学院中に響き渡る宣言とともに、色とりどりの魔法の光が空へ舞い上がった。

校庭には屋台が並び、校舎には華やかな飾りが施されている。生徒たちの笑い声と、魔法が弾ける音。いつもの王立魔法学院とはまるで別世界だった。

そして俺、ミナト・アステルは。

「…………」

「アステル?」

「…………」

「おい、聞いているか?」

「…………最高かよ」

「何がだ」

「世界!!!!」

「話を聞け」

隣に立つレオンが、呆れたようにため息をついた。

だって仕方ないじゃん!!

前世では画面越しにしか見られなかった、あの『月影の魔法学院』の世界。

その学園祭が、今、目の前で開催されているのだ。

しかも、俺の推しカプがいる。

アレンとカイルがいる。

同じ空気を吸っている。

同じ学院祭に参加している。

「……今日の俺、絶対に悔いのない一日にする」

「昨日も似たようなことを言っていたな」

「昨日は前夜祭! 今日は本番! 意味が違うんです!」

「そうか」

「そうです!!」

レオンは相変わらず淡々としている。

けれど、俺が会場を見渡していると、ふと声をかけてきた。

「……そんなに楽しみだったのか」

「もちろん!」

俺は即答した。

「みんなで準備してきたし、魔法実演もあるし! それに……」

「それに?」

「アレンとカイルの共同実演があるから!!」

「…………」

レオンの表情が、ほんのわずかに止まった。

「……そうか。そっちが本命か」

「え? うん!!」

「…………」

あれ?

今、なんか変な間がなかった?

「レオン?」

「何でもない。行くぞ、アステル」

そう言って、レオンは歩き始めた。

俺は慌てて後を追いかける。

……まあ、いいか!

今はそれより、推しカプだ!!

◆ ◆ ◆

魔法実演の舞台裏に到着すると、アレンが準備をしていた。

「ミナト! おはよう!」

「アレン! おはよう!!」

「今日はよろしくね。ちょっと緊張してるけど、楽しみなんだ」

そう言って笑うアレン。

その隣では、カイルが魔法具の最終確認をしていた。

「アレン、魔力の調整は問題ないか?」

「うん。昨日、最後に確認したから大丈夫!」

「無理はするなよ。途中で不安になったら、合図してくれればいい」

「……ありがとう、カイル」

アレンは少し照れたように笑った。

カイルは一瞬だけ目をそらす。

…………。

………………。

はい、優勝!!!!

「ぐっ……!」

「ミナト? どうしたの?」

アレンが心配そうにこちらを見た。

「大丈夫! ちょっと胸がいっぱいになっただけ!!」

「胸?」

「そう! 感動で!!」

危ない。

今のは危なかった。

もう少しで「二人の関係性が尊すぎる」と叫ぶところだった。

いや、叫んでもいいのでは?

いやいや、本人たちの前では落ち着こう。

俺は深呼吸をした。

そのとき、カイルがこちらを向いた。

「ミナト。お前も今日、実演があるんだろう。準備はできているか?」

「もちろん! ……たぶん!」

「たぶん?」

「大丈夫です!! ちゃんと練習しました!!」

カイルは少し笑った。

「ならいい。お前の魔法、楽しみにしている」

…………。

推しカプの片割れに応援された。

これはもう、今日の俺の魔力、通常の三倍くらい出るのでは?

「ありがとう、カイル! 俺、頑張る!!」

「うん。応援してるよ、ミナト」

アレンも笑ってくれた。

俺は胸を押さえた。

ああ。

この世界に転生してよかった。

本当に、よかった。

……そのとき。

「アステル」

背後から声がした。

振り向くと、レオンがこちらを見ていた。

「そろそろ自分たちの準備に戻るぞ」

「あっ、そうだった!」

俺はアレンとカイルに手を振った。

「二人とも頑張ってね! めちゃくちゃ応援してるから!!」

「ありがとう!」

「お前もな、ミナト」

二人の声を背に、俺はレオンと舞台裏を離れた。

……ところで。

なんだろう。

さっきから、レオンの返事がいつもより短い気がする。

「レオン、もしかして緊張してる?」

「していない」

「えっ、じゃあ体調悪い?」

「問題ない」

「……じゃあ、眠い?」

「アステル」

「はい!」

「少し黙って歩け」

「はい!!」

……うーん。

やっぱり、今日のレオンはちょっと変だ。

◆ ◆ ◆

自分たちの実演場所に着くと、俺は道具を確認し始めた。

今回の演目は、細い光の線を組み合わせて、空中に星座のような模様を描く魔法だ。

派手さはないけれど、繊細な魔力操作が必要になる。

そして、俺の担当は光の線の一部を描くこと。

つまり――

「失敗したら、俺のところだけ星座が謎の生物になる可能性がある……」

「ならない」

即答だった。

「レオン、まだ何も言ってないよ!?」

「顔に書いてある」

「うそ!?」

俺は慌てて顔を触った。

レオンが小さく息を吐く。

「練習どおりにやればいい。お前の魔力操作は、以前より安定している」

「……うん」

「俺が合わせる。だから、焦るな」

その言葉に、少しだけ緊張がほどけた。

そうだ。

レオンと何度も練習した。

失敗しても、やり直してきた。

俺一人だったら、ここまでできるようにならなかったと思う。

「ありがとう、レオン」

「礼は成功してからでいい」

「じゃあ、成功したら改めて感謝の言葉を述べます!」

「大げさだ」

「俺はいつでも全力だから!」

俺が笑うと、レオンはじっとこちらを見た。

「……そういうところだな」

「え? 何が?」

「いや、何でもない」

まただ。

また、何かを言いかけてやめた。

……本当に何なんだろう。

俺、何かしたかな?

昨日の夜、ちゃんと寝たし。

持ち物も確認したし。

レオンに変なことを言った覚えもない。

いや、俺の場合、無意識に変なことを言っている可能性はあるけど。

「……アステル」

「はい?」

「今日は、俺の隣にいろ」

「え?」

思わず顔を上げた。

レオンは真剣な表情だった。

「実演の直前は混雑する。お前は人にぶつかりやすいからな」

「……ああ! そういうこと!」

なるほど!

確かに、俺は人混みでよく周りが見えなくなる。

昨日も飾りにぶつかりそうになって、レオンに止められた。

「分かった! 今日はレオンの隣にいます!」

「……ああ」

レオンは、少しだけほっとしたように見えた。

……やっぱり、面倒見がいいなあ。

俺は心の中で感謝した。

その一方で、レオンは別のことを考えていた。

――今日くらい、俺の隣で笑っていてほしい。

けれど、そんな本音を口にするつもりはなかった。

少なくとも、今はまだ。

◆ ◆ ◆

やがて、学院中に鐘の音が響いた。

「次は、魔法実演部門の第一演目! アレンとカイルによる共同実演です!」

「始まった……!」

俺は思わず舞台の方を振り向いた。

ついに来た。

ついに、この瞬間が来たのだ。

舞台に上がったアレンとカイルは、互いに目を合わせた。

「準備はいいか、アレン」

「うん。カイル、よろしくね」

「任せろ」

二人が魔力を解放する。

淡い金色の光と、深い赤色の光が空中で重なり、見事な魔法陣を描き始めた。

アレンが魔法を展開し、カイルがその流れを整える。

一方が進めば、もう一方が支える。

どちらかが無理をすれば、すぐに気づいて調整する。

まるで、長い時間をかけて築いてきた信頼そのものが、光になって広がっていくようだった。

「…………」

俺は息をするのも忘れて見つめた。

アレンが少しだけ魔力を乱した瞬間、カイルがすぐに補助魔法を重ねた。

アレンは一瞬驚いたあと、カイルを見て笑う。

カイルも、静かにうなずいた。

そして二人は、最後の魔法を同時に完成させた。

空いっぱいに、光の花が咲く。

会場から大きな拍手が湧き上がった。

「すごい……!」

俺の目に、じわっと涙が浮かんだ。

「すごいよ、アレン……! カイル……!」

二人が舞台を降りてくる。

アレンは嬉しそうにカイルへ駆け寄った。

「カイル! 成功したね!」

「ああ。お前が最後まで集中できたからだ」

「カイルが支えてくれたおかげだよ!」

「……そうか」

カイルは照れたように視線をそらした。

アレンはそんなカイルを見て、嬉しそうに笑っている。

――この二人、本当に最高だ。

俺は胸の前で両手を握りしめた。

いつか二人が恋人になる未来。

その瞬間を見届けることが、俺の夢だった。

そして今、二人は確実にその未来へ近づいている。

「……よかった」

思わず、声が漏れた。

「本当に、よかった……」

そのとき。

隣から、静かな声がした。

「……アステル」

「ん?」

振り向くと、レオンが俺を見ていた。

「そんなに、あの二人が大切なのか」

その質問に、俺は迷わず答えた。

「うん! もちろん!」

「……そうか」

「二人が幸せそうだと、俺も嬉しいんだ。だから、これからもずっと応援したい!」

レオンは、しばらく黙っていた。

そして、小さく言った。

「……お前らしいな」

「え? 褒めてる?」

「好きに解釈しろ」

「じゃあ褒められたことにします!」

俺が笑うと、レオンはほんの少し目を細めた。

その表情を見た瞬間、俺はなぜか、胸の奥がふわっと温かくなるのを感じた。

……あれ?

今の、何だろう。

レオンが笑ったから?

いや、いつも笑わない人が笑うと、ちょっと嬉しいよね。

そういうことだよね。

俺は深く考えず、舞台へ視線を戻した。

次は、俺たちの番だ。

「レオン!」

「何だ」

「俺たちも、絶対成功させようね!」

レオンは俺を見て、静かにうなずいた。

「ああ。お前となら大丈夫だ」

…………。

……え?

今、何て?

「お、おお……! 信頼されてる……!」

「何を大げさに驚いている」

「いや、嬉しくて!」

俺は思いきり笑った。

レオンも、ほんの少しだけ口元を緩めた。

そして二人で舞台へ向かう。

このときの俺は、まだ知らなかった。

今日という一日が、アレンとカイルだけでなく、俺自身の物語も大きく動かすことになるなんて。