俺は観測者であって、主人公じゃない。

翌朝。

俺、ミナト・アステルは、人生最大の危機に直面していた。

「……なんで?」

目の前には、王立魔法学院の実習担当の先生。

その隣には、なぜかレオン。

そして俺の手元には、昨日の魔法実習で使った記録用紙。

……いや、待って。

これ、もしかして。

「昨日の実習での君の魔力操作について、少し話がある」

先生が真剣な顔で言った。

「…………え?」

「アステル君。君は、自分の魔力を細い糸のように操れたそうだね」

「えっ、あ、はい! でも、たまたまというか……!」

「たまたまでできるものではないよ」

先生は記録用紙を見ながら続けた。

「魔力の量が多い者は珍しくない。しかし、魔力を細かく制御できる者はそう多くない。君には、その方面の適性があるかもしれない」

「…………」

…………。

………………。

俺、才能あるってこと!?!?

いやいやいやいや。

待ってください。

俺の人生計画をご存じですか!?

第一目標、推しカプの幸せを見届ける。

第二目標、平穏な学園生活を送る。

第三目標、できれば目立たずに卒業する。

そこに「魔法の才能を開花させる」は入ってないんですよ!!

「アステル?」

隣からレオンの声がした。

「顔がすごいことになっているぞ」

「えっ!? 普通ですけど!?」

「普通ではない」

「俺の顔、そんなに!?」

「……かなり」

やめて。

真顔で言わないで。

俺のメンタルが削れるから!!

先生はそんな俺たちを見て、少し笑った。

「まあ、今すぐ何かを決める必要はない。まずは基礎を固めることだ。レオン君、君は魔力制御が得意だったね」

「はい」

「しばらくアステル君の練習を見てやってくれないか?」

「……分かりました」

「えっ!?」

思わず声が出た。

いや、だって。

レオンが!?

俺の練習を!?

継続的に!?

待って待って。

それってつまり……。

レオンの魔法指導イベントが定期開催されるってことですか!?

「アステル。何をそんなに驚いている?」

「い、いえ! レオン様にご指導いただけるなんて光栄です!!」

「……様?」

「あっ」

しまった。

心の中のオタクが口から飛び出した。

レオンは少し眉を寄せた。

「いつも通りでいい。レオンでいいから」

「いやいやいや! そんな恐れ多い!」

「……アステル」

「はいっ!」

「普通に呼べ」

「は、はい……レオン」

言えた。

言ってしまった。

クールな天才魔法使いの名前を呼んでしまった。

俺、今日だけで何回心臓を酷使してる?

レオンは満足したのか、小さくうなずいた。

「それでいい」

……いや、ちょっと待って。

今の何?

何その自然なやり取り。

距離感、近くない?

いや、違う違う!

これは師弟関係!

そう、師弟!

恋愛じゃない!

俺は自分に言い聞かせながら、先生に深々と頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

こうして俺の平穏なモブ生活は、また一歩遠ざかったのだった。

◆ ◆ ◆

放課後、魔法実習室にて

「では、昨日と同じように光を作ってみろ」

レオンが腕を組み、俺を見つめる。

「はい!」

俺は両手を前に出し、魔力を集中させた。

手のひらに、小さな光が生まれる。

昨日と同じ。

慌てず、焦らず。

光を大きくしようとせず、魔力の流れだけを意識する。

すると。

ぽうっ。

小さな光が、安定して浮かんだ。

「……できた!」

「そのまま維持しろ」

「はい!」

レオンの声に集中する。

光は揺れながらも、消えずに浮かんでいる。

昨日より、少し長く維持できている気がする!

「いいぞ。次は、少しだけ形を変えてみろ」

「形……?」

「球体を崩さず、表面の魔力だけを動かすイメージだ」

なるほど。

俺は意識を集中させた。

光の表面が、ふわりと揺れる。

その瞬間。

光の周りに、細い光の線が一本生まれた。

「……え?」

もう一本。

さらに一本。

まるで小さな星の周りを巡る軌道のように、光の線がゆっくりと回り始めた。

「わ、わわわ……!」

「アステル、慌てるな。集中を切らすな」

「は、はい!」

レオンの声に、もう一度意識を戻す。

光の線は、少しずつ安定していった。

数秒後。

俺はなんとか魔法を解除した。

「……はあっ!」

緊張した!

めちゃくちゃ緊張した!!

でも、成功した!

「レオン、今の見ました!?」

「見ていた」

「すごくないですか!? 俺、ちょっとすごくないですか!?」

「……ああ」

「えっ」

「昨日より、明らかに上達している」

レオンはいつもの落ち着いた声で言った。

「集中力も悪くない。教えたことを、きちんと試そうとしている」

「…………」

「その調子で続けろ」

…………。

………………。

褒められたあああああ!!

いや、待って。

今の聞きました?

皆さん聞きました!?

あのレオンが!

あのクールで無駄なことを言わないレオンが!

俺を褒めたんですけど!!

「ありがとうございます!! 俺、頑張ります!!」

思わず勢いよく頭を下げた。

すると、レオンがほんの少しだけ目を細めた。

「……本当に、反応が大きいな」

「よく言われます!」

「自覚はあるのか」

「あります!」

「なら、少しは落ち着け」

「努力します!」

「……努力でどうにかなるのか?」

「たぶん!」

レオンが小さく息を吐いた。

その口元が、ほんのわずかに緩んだ気がした。

……気のせいかな?

いや、気のせいだよな。

だって、レオンが俺を見て笑うなんて。

……いや、笑ってないか。

うん。

俺の目が疲れているんだ。

そういうことにしておこう。

◆ ◆ ◆

「おーい、二人とも! 順調?」

実習室の扉から顔を出したのは、ノアだった。

「ノア!」

「ミナトくん、すごいじゃない。光の操作、昨日より安定してるね」

「そうなんだよ! 俺、ちょっとずつ上達してるらしい!」

「へえ。レオン先生のおかげ?」

「うん! 教え方がすごく分かりやすい!」

俺が即答すると、ノアは一瞬だけレオンを見た。

そして、にっこり笑った。

「ふーん?」

「……何だ」

「いやぁ? レオンが誰かの練習に付き合うなんて、珍しいなと思って」

「先生に頼まれたからだ」

「最初はね?」

「……ノア」

「はいはい、怖い怖い」

全然怖がっていない顔で、ノアは肩をすくめた。

俺は二人を見比べた。

「二人って、本当に仲いいよね」

「よくない」

「仲いいよ?」

レオンとノアの声が、見事に重なった。

「……」

「……」

「…………」

俺は思わず吹き出した。

「息ぴったりじゃん!!」

「「違う」」

また重なった。

「ぶはっ! もうやめて! お腹痛い!」

俺が笑い転げていると、ノアまで笑い始めた。

一方のレオンは、呆れたように俺を見ていたけれど。

その表情は、いつもより少しだけ柔らかかった。

ノアはそんなレオンを横目で見て、何かに気づいたように口元を押さえた。

「……なるほどね」

「何が?」

「ううん。何でもないよ、ミナトくん」

「えー! 気になる!」

「そのうち分かるんじゃない?」

「何が!?」

「さあ?」

ノアは楽しそうに笑った。

……なんだろう。

この人、絶対に何か知ってる。

でも、まあいいか!

今はそれどころじゃない。

俺には、推しカプの観察という大事な使命があるのだから!

◆ ◆ ◆

一方、その頃。学院の中庭では……

「アレン、手を見せて」

「え? どうしたの、カイル?」

魔法の自主練習を終えたアレンは、不思議そうに手を差し出した。

カイルはその手を取ると、指先に残った魔力の痕跡を確かめた。

「少し魔力を使いすぎている。今日はもう終わりにしろ」

「でも、もう少し練習したら、もっと上手くできそうなんだ」

「……無理をして失敗したら意味がないだろ」

カイルの声はいつも通り落ち着いていた。

けれど、アレンを見る目には心配がにじんでいた。

「俺は、お前が魔法を使えるようになるのを手伝いたい。でも、無理をしてほしいわけじゃない」

「カイル……」

アレンは少し驚いたように目を瞬かせた。

それから、ふわりと笑った。

「ありがとう。カイルが一緒にいてくれると、頑張ろうって思えるんだ」

「……そうか」

カイルは視線をそらした。

耳が、ほんの少し赤い。

「じゃあ、今日はここまでにするね!」

「ああ。戻ろう」

並んで歩き始めた二人。

その距離は、いつもより少しだけ近かった。

そして。

「……カイル」

「何だ?」

「明日も、一緒に練習してくれる?」

カイルは一瞬だけ足を止めた。

「……もちろんだ」

その返事を聞いたアレンは、嬉しそうに笑った。

カイルはその横顔を見つめてから、そっと視線を前に戻した。

二人の間には、まだ名前のついていない感情が、ゆっくりと積み重なっていた。

◆ ◆ ◆

その夜、朝比奈湊は叫んだ。

「うわああああああああ!!」

自室のベッドの上。

俺は枕を抱きしめながら、全力で転がっていた。

だって!

だってですよ!?

今日のアレンとカイル、何ですか!?

「明日も、一緒に練習してくれる?」

ですよ!?

それに対してカイルの、

「……もちろんだ」

ですよ!?

何その信頼関係!! 尊すぎるだろ!!

しかも、カイルの耳が赤かった!

俺は見逃していない!

絶対に見逃していない!!

「はあ……生きててよかった……」

推しカプが尊い。

魔法の才能も見つかった。

レオンには褒められた。

ノアにはなぜか意味深な顔をされた。

……あれ?

なんか最近、俺の周りが騒がしくない?

いやいや。

気のせいだ。

俺はただのモブ。

恋愛イベントなんて発生しない。

俺の役割は、推しカプを見守ること。

それだけだ。

「よし! 明日も頑張ろう!」

俺は勢いよく起き上がり、机に向かった。

そして、今日教わった魔力操作のコツをノートに書き留めた。

――その一方で。

学院の別の部屋では、レオンが今日の実習を思い返していた。

小さな光を、必死に安定させようとしていたアステル。

成功した瞬間、まるで自分のことのように喜んでいた顔。

褒めたときの、あのまっすぐな笑顔。

「…………」

レオンは手元の本に視線を戻した。

けれど、文字が頭に入ってこない。

「……妙な奴だ」

最初は、騒がしくて不思議な奴だと思っていた。

けれど最近は。

あいつが何をするのか、つい気になってしまう。

明日は、どこまで上達するだろうか。

また、あんな顔で笑うのだろうか。

「……明日も、見てやるか」

ぽつりと呟いてから、レオンは自分の言葉に少しだけ眉をひそめた。

先生に頼まれたから。

そう。

ただ、それだけだ。

……きっと。