俺は観測者であって、主人公じゃない。

朝。

王立魔法学院の実習場。

俺、ミナト・アステルは、手のひらをじっと見つめていた。

昨日、図書室でレオンに教えてもらった魔力制御の方法。

そして、古い記録に書かれていた訓練法。

今日はそれを試す日だ。

「よし……やるぞ!」

気合いを入れて拳を握る。

目標は、魔力を暴発させないこと。

前回みたいに頭から煙を出すのは、もうごめんだ。

あれ以来、ノアに会うたびに「今日は煙出てないね?」と聞かれるようになった。

絶対に許さない。

「ミナト、おはよう!」

振り返ると、アレンが笑顔で手を振っていた。

その隣には、もちろんカイル。

朝から推しカプが並んでいる。

ありがとうございます。

今日も世界は美しい。

「おはよう! 二人とも、今日も一緒に練習するの?」

「うん! カイルが付き合ってくれるんだ」

「アレンが練習したいと言ったからな」

カイルはいつもどおり落ち着いた声で答えた。

「そっかあ……」

俺は二人を見つめた。

アレンが自分から練習したいと言って、カイルがそれに付き合う。

お互いに努力を重ねて、少しずつ距離が縮まっていく。

これだよ。

こういう何気ないやり取りがいいんだよ!!

「ミナト?」

「……尊い」

「また言ってる!」

アレンが笑い、カイルが不思議そうに首を傾げた。

すみません。

俺の心の声が漏れるのは、もはや仕様です。

◆ ◆ ◆

「それで、今日は何をするんだ?」

レオンがやってきたのは、俺たちが準備を終えた頃だった。

黒髪が朝の光を受けて、さらりと揺れる。

相変わらず顔がいい。

「昨日教えてくれた魔力制御の練習をやってみようと思って!」

俺が答えると、レオンは小さくうなずいた。

「なら、まずは魔力を感じ取るところからだ。無理に動かそうとするな」

「了解!」

「返事だけはいいな」

「返事だけって何!?」

レオンは答えず、俺の前に立った。

「手を出せ」

言われたとおり、手のひらを上に向ける。

「目を閉じろ。体の中を流れる魔力を意識するんだ」

俺は目を閉じた。

静かに呼吸する。

体の内側に意識を向ける。

すると、不思議な感覚があった。

胸の奥から、手のひらへと流れていく温かなもの。

これが魔力……?

今まで俺は、魔力を集めることばかり考えていた。

でも、レオンの言うとおり、まずは流れを感じてみる。

急がない。

焦らない。

ゆっくりと。

「……分かったか?」

「うん。なんとなく、流れてる感じがする」

「その感覚を忘れるな。今度は少しだけ手のひらに集めろ」

俺は集中した。

すると――。

ぽわっ。

手のひらに、小さな光が灯った。

「……できた!」

「うん。安定しているね!」

アレンが嬉しそうに声を上げた。

「昨日よりずっといいな」

カイルも感心したようにうなずく。

俺は思わず拳を握りかけて、慌ててやめた。

危ない。

喜びすぎて魔力を暴発させたら、元も子もない。

「よし……! この調子で……!」

光を保つ。

五秒。

十秒。

十五秒。

消えない。

暴発しない。

煙も出ない。

俺、成長してる!!

「やったあああ!!」

思わず声を上げた瞬間。

ぽんっ。

小さな光が弾け、俺の手のひらから消えた。

「……あ」

沈黙。

「…………」

レオンが額に手を当てた。

「アステル。喜ぶのはいいが、最後まで集中しろ」

「はい……」

アレンが笑いをこらえながら言った。

「でも、すごいよ! ちゃんと安定させられてたもん」

「そうだな。最後の一瞬までは、かなりよかった」

カイルの言葉に、俺は顔を上げた。

「本当!?」

「本当だ」

……優しい。

二人とも優しい。

推しカプは今日も尊い。

「ありがとう! 俺、もっと頑張る!」

俺が笑うと、レオンは少しだけ目を細めた。

「……ああ。その調子だ」

その声が、いつもよりほんの少し柔らかく聞こえたのは、気のせいだろうか。

◆ ◆ ◆

しばらく練習を続けていると、レオンが突然、俺の手元をじっと見つめた。

「……アステル」

「ん? どうしたの?」

「もう一度、魔力を流してみろ」

「え? うん」

俺は言われたとおり、ゆっくり魔力を動かした。

ぽわっ。

手のひらに光が灯る。

その光を、今度は指先へ移動させてみる。

すると、光は指先から指先へ、細い糸のようにつながっていった。

「……え?」

俺自身が驚いた。

なんだこれ。

昨日までは、手のひらに光を出すだけで精いっぱいだったのに。

今は、魔力を細かく動かせる。

まるで、光の糸を操っているみたいだ。

「ミナト、それ……!」

アレンが目を丸くした。

「魔力をそんなふうに動かせるんだね!」

「いや、俺も今初めてできたんだけど!?」

カイルも興味深そうに光を見つめた。

「魔力の出力は大きくないが、制御が細かい。珍しい特性かもしれないな」

珍しい特性。

その言葉に、俺は固まった。

「……え?」

待って。

今、何て?

珍しい特性?

俺に?

「いやいやいや、ちょっと待って! 俺、ただの一般家庭出身の学生なんだけど!?」

「家柄と魔力の特性は別だろう」

レオンが冷静に答えた。

「それに、まだ才能と決まったわけじゃない。偶然の可能性もある」

「そ、そうだよね!」

ほっとした。

よかった。

急に特別な運命とか始まったら、俺のモブ人生が大変なことになる。

……と思ったのに。

レオンは、俺の手元から目を離さなかった。

「だが、もう一度試す価値はある」

「え?」

「その制御の細かさは、練習次第で武器になるかもしれない」

その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。

俺にも、この世界でできることがあるのかもしれない。

ただ推しカプを見守るだけじゃなくて。

自分自身にも、何か。

「……うん。もっと練習してみる」

俺がそう答えると、レオンは短くうなずいた。

「俺も見る。無理はするなよ」

……えっ。

見てくれるの?

「ありがとう、レオン!」

俺は満面の笑みで礼を言った。

レオンは一瞬だけ視線をそらした。

「……別に」

その様子を見ていたノアが、いつの間にか後ろに立っていた。

「へえ。レオンが自分から練習を見るって言うなんて、珍しいね?」

「ノア! いつからいたの!?」

「今来たところ。いやあ、面白いものが見られそうだなと思って」

「面白いもの?」

「うん。ミナトくんの成長とか?」

ノアはにこにこと笑った。

「それとも、レオンの変化とか?」

「……フェルゼン」

「はいはい、黙りまーす」

絶対に黙る気がない返事だった。

◆ ◆ ◆

練習が終わる頃には、俺は少し疲れていた。

でも、気分は最高だった。

魔力制御が上達した。

新しい可能性も見つかった。

アレンとカイルの練習風景も見られた。

今日も大勝利である。

「ミナト、次の実習でも一緒に練習しようね!」

アレンが声をかけてくれた。

「もちろん!」

「そのときは、今日よりもっと安定させられるようにしよう」

カイルの言葉に、俺は力強くうなずいた。

「頑張る!」

二人が並んで歩いていく。

その後ろ姿を見ながら、俺はこっそり思った。

……いつか、この二人が恋人同士になって、並んで歩く姿を見られたら。

きっと、今よりもっと幸せだろうな。

「アステル」

レオンの声で、我に返った。

「帰るぞ」

「あっ、うん!」

俺は慌てて追いかけた。

「今日、教えてくれてありがとう! レオンのおかげで、すごく上達したよ!」

「お前が集中したからだ」

「でも、レオンが教えてくれなかったら、できなかったと思う!」

俺が笑うと、レオンは少しだけ黙った。

「……なら、次もちゃんと練習しろ」

「うん!」

しばらく並んで歩く。

会話は途切れていたけれど、不思議と気まずくはなかった。

ふと、レオンが口を開いた。

「……お前は、思っていたより努力家なんだな」

「えっ?」

「最初は、騒がしいだけのやつだと思っていた」

「ひどくない!?」

「だが、今日の練習は真剣だった」

レオンは前を向いたまま続けた。

「……悪くないと思う」

その言葉に、俺は思わず笑った。

「えへへ、ありがとう!」

レオンは返事をしなかった。

でも、その横顔は、いつもより少しだけ穏やかに見えた。

俺は知らない。

レオンが今日、俺のことを初めて「変なやつ」以外の言葉で考えたことを。

ただの好奇心だけでは説明できない何かが、ほんの少し芽生え始めていることを。

そして、レオン自身もまだ、その感情に名前をつけられずにいることを。