俺は観測者であって、主人公じゃない。

翌朝。

俺、ミナト・アステルは、人生最大の問題に直面していた。

「……眠い」

昨日の魔法実習で、魔力を暴発させた俺。

その後、寮の部屋に戻ってからも、昨日の出来事を思い返していた。

アレンに心配され、カイルに教えてもらい、レオンに魔法を指導してもらった。

……いや、待って。

改めて考えると、昨日の俺、イベント盛りだくさんすぎない?

特にレオン。

あのクールな男が、わざわざ俺の魔力を確認してくれたんだぞ?

「……優しい人なんだなあ」

うんうん。

俺はベッドから起き上がり、制服に着替えた。

「よし! 今日も推しカプを見守るぞ!」

俺の恋愛ルート?

ないない。

モブの俺にそんなものが用意されているわけがない。

……たぶん。

◆ ◆ ◆

朝の教室。

「おはよう、ミナト!」

教室に入ると、アレンが手を振ってくれた。

「おはよう、アレン!」

その隣にはカイル。

二人が並んでいる。

朝から供給過多である。

「昨日の実習、大丈夫だった?」

アレンが心配そうに尋ねた。

「うん! もう全然平気!」

「よかった。無理はしないでね」

「ありがとう!」

すると、カイルも口を開いた。

「魔力の扱いは、焦らず練習すれば上達する。昨日の最後は上手くできていたからな」

「カイル……!」

俺は思わず両手を握りしめた。

「君、いい人すぎない!?」

「……普通のことを言っただけだが」

「その普通が尊いんだよ……」

「え?」

しまった。

また本音が出た。

アレンが不思議そうに首をかしげる。

「ミナトって、たまに面白いこと言うよね」

「よく言われます!!」

主に前世の友人たちから。

そのときだった。

「アステル」

背後から、聞き慣れた落ち着いた声がした。

振り返ると、レオンが立っていた。

「お、おはよう、レオン!」

「昨日の手はどうだ」

「え?」

「魔力を暴発させただろう。痛みはないのか」

……えっ。

昨日のこと、覚えててくれたの?

いや、普通に心配してくれてるだけだよな。

うん。

そうだよな。

「大丈夫! 全然痛くないよ。心配してくれてありがとう!」

俺が笑うと、レオンは一度だけうなずいた。

「ならいい」

そして、何事もなかったかのように、自分の席へ向かおうとする。

……待って。

今の会話、なんか自然すぎなかった?

俺の体調を気にしてくれるレオン。

昨日の練習を覚えてくれているレオン。

これはつまり――。

レオン・ヴァイス、実はめちゃくちゃ面倒見がいい説!!

俺は心の中で拍手した。

素晴らしい。

キャラクターの新たな一面を発見してしまった。

◆ ◆ ◆

「ミナトくん」

昼休み。

ノアが俺の机に肘をつき、にこにこと笑っていた。

「今朝、レオンと何を話してたの?」

「え? 昨日の実習のことだよ」

「ふうん。昨日の実習?」

「うん! 魔力を暴発させちゃったから、手は大丈夫かって聞いてくれたんだ!」

「……へえ」

ノアの目が、なんだか楽しそうに細められる。

「それで、ミナトくんはなんて答えたの?」

「大丈夫って!」

「それだけ?」

「それだけだけど?」

「そっかあ」

ノアは頬杖をついた。

「レオンって、意外と優しいんだね」

「そうなんだよ! 俺も昨日、初めて知った!」

「……ミナトくんって、ほんとに面白いね」

「えっ、どこが!?」

「いろいろ?」

ノアは笑いながら、俺の隣の席に座った。

「ねえ、今日の放課後って空いてる?」

「空いてるけど?」

「じゃあ、一緒に図書室に行かない? 調べたいことがあるんだ」

「いいよ! 何を調べるの?」

「それは行ってからのお楽しみ」

……図書室。

魔法の資料でも探すのかな?

それとも、原作に関する新情報が見つかるとか!?

俺は期待に胸を膨らませた。

「よし、行こう!」

「うん。楽しみだね、ミナトくん」

ノアは嬉しそうに笑った。

◆ ◆ ◆

放課後。

図書室へ向かおうと廊下を歩いていると、教室の出口でレオンと鉢合わせた。

「あ、レオン!」

「……アステル。帰るのか」

「ううん、ノアと図書室に行くんだ!」

そう答えると、レオンは隣にいたノアへ視線を向けた。

「図書室?」

「そう。ちょっと調べもの」

「そうか」

それだけ言って、レオンは歩き出そうとした。

……と思ったら。

「アステル」

「ん?」

「昨日の練習で使った魔力制御の資料が、図書室の二階にある。必要なら見ておけ」

「えっ、そうなの!?」

「ああ。基礎の本だが、お前には役立つだろう」

「ありがとう、レオン! 助かる!」

俺が満面の笑みを浮かべると、レオンはほんの少しだけ目を細めた。

「……別に」

そして今度こそ、廊下の向こうへ歩いていった。

俺はその背中を見送る。

「……やっぱり、優しい人だなあ」

「ねえ、ミナトくん」

隣でノアが声をかけてきた。

「レオンのこと、好きなの?」

「えっ!?」

俺は勢いよく振り向いた。

「す、好きって!? いやいやいや!! 人としてね!? 人として優しいなって思ってるだけだから!!」

「ふうん?」

「その顔やめて!?」

ノアは声を立てて笑った。

「ごめんごめん。じゃあ、図書室に行こうか」

「もう……!」

俺は頬を膨らませながら、ノアの後を追った。

……まったく。

人をからかうのが好きなんだから。

でも、俺はまだ知らなかった。

廊下の角を曲がったレオンが、一度だけ足を止めていたことを。

そして、ノアと楽しそうに歩いていく俺の姿を、なぜか少しだけ気にしていたことを。

「……別に、気にすることじゃない」

レオンは小さくつぶやき、再び歩き出した。

自分がなぜ足を止めたのか。

その理由を考えることもなく。