俺は観測者であって、主人公じゃない。

昼食を終えた俺たちは、学院の屋外実習場へとやってきた。

青空。心地よい風。広大な芝生。

そして――。

「アレン、まずは魔力を安定させるところから始めよう」

「うん! 今日こそ上手くできるように頑張るよ、カイル!」

はい、尊い。

本日も推しカプが元気に供給されています。ありがとうございます。

「……アステル」

「はいっ!?」

隣から声をかけられ、俺は勢いよく振り向いた。

黒髪、青灰色の瞳、整った顔立ち。

レオン・ヴァイス。

何度見ても顔がいい。いや、学院に顔面偏差値の制限はないんですか?

「さっきから何を一人でうなずいているんだ」

「えっ? あ、いや! 今日もいい天気だなって!」

「空は曇っているが」

「そこは見逃して!?」

曇天だった。

俺の心だけが快晴だったらしい。

レオンは小さく息を吐くと、実習場の中央へ視線を戻した。

「お前も実習に参加するんだろう。準備しろ」

「はい! 魔法の実習、頑張ります!」

……まあ、俺の本当の目的は、アレンとカイルの練習を間近で見られることなんですけどね!

◆ ◆ ◆

「じゃあ、ミナト。まずは基本の魔力操作からやってみよう!」

アレンが笑顔で声をかけてくれた。

「よろしくお願いします!!」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「緊張なんてしてないよ! これは武者震いだから!」

「武者震い?」

カイルが不思議そうに首をかしげる。

違うんです。

推しと同じ実習場に立っているという現実に、俺の脳内が祭りを開催しているだけなんです。

「手のひらに魔力を集めて、ゆっくり放出するんだ。急に強く出そうとしないこと」

カイルが実演すると、手のひらに小さな光が灯った。

静かで、安定した魔力。

さすが騎士科の実力者。無駄がない。

「わあ……きれい!」

「ありがとう。ミナトもやってみて」

アレンが優しく促してくれる。

俺は深呼吸をした。

魔力を手のひらに集める。

ゆっくり。

慎重に。

よし、いける!

――ぼんっ!!

「うわっ!?」

手のひらから飛び出した魔力が、予想以上の勢いで弾けた。

小さな風が巻き起こり、俺の髪が盛大に乱れる。

そして、頭上から白い煙がふわふわと漂い始めた。

「……え?」

沈黙。

一拍。

二拍。

「ミナト、頭から煙が出てるよ!?」

アレンが慌てて駆け寄ってくる。

「ええええ!? 俺、今どうなってる!?」

「大丈夫!? やけどはしてない?」

カイルもすぐに俺の手を確認してくれた。

ちょっと待って。

アレンが心配してくれてる。

カイルも俺の手を取って確認してくれてる。

原作主人公と攻略対象に同時に心配されるイベント、発生しました。

「ミナト?」

「……尊い」

「え?」

「いや、なんでもないです!!」

危ない。

危うく本音が漏れるところだった。

「お前、本当に何を考えているんだ……」

レオンの呆れた声が聞こえた。

◆ ◆ ◆

「魔力を一度に放出しすぎたんだと思う」

カイルが説明してくれた。

「次はもっと少しずつ出してみよう」

「はい……」

俺はしょんぼりとうなずいた。

すると、レオンが俺の前に立った。

「手を出せ」

「えっ?」

「魔力の流れを確認する。さっきの状態では、また暴発するかもしれない」

「あ、ありがとう……?」

言われたとおりに手を差し出す。

レオンの指先が、俺の手のひらにそっと触れた。

ひんやりとした指先。

一瞬、青灰色の瞳が俺を見つめる。

「力が入りすぎている。もっと肩の力を抜け」

「は、はい」

「俺の動きを見ろ。魔力を集めて、少しずつ流す。焦る必要はない」

レオンの手のひらに、小さな青白い光が灯った。

その光が、ゆっくりと形を変えていく。

「……すごい」

思わず声が漏れた。

「何がだ」

「レオンって、教えるの上手なんだね!」

レオンが一瞬だけ黙った。

「……普通だ」

「いや、絶対上手だって! 説明も分かりやすいし、魔法もきれいだし!」

「……そうか」

レオンは視線をそらした。

あれ?

今、ちょっとだけ耳が赤くなったような……?

いや、気のせいか。

きっと実習場が暑いんだろう。

そういうことにしておこう。

「もう一度やってみろ、アステル」

「うん!」

俺はレオンの動きを思い出しながら、手のひらに魔力を集めた。

焦らず、ゆっくり。

すると――。

ぽわっ。

小さな光が、手のひらに浮かんだ。

「できた……!」

「うん、上手くいったね!」

アレンが嬉しそうに笑う。

「その調子だ、ミナト」

カイルも満足そうにうなずいた。

そしてレオンが、短く言った。

「……悪くない」

三人から褒められた。

俺、今日ここで人生を終えても悔いはないかもしれない。

いや、待て。

まだアレンとカイルの原作イベントが残っている。

生きろ、俺!!

◆ ◆ ◆

実習の終わりが近づいたころ。

「ミナトくん、ずいぶん賑やかだったね?」

聞き慣れた声とともに、ノアが隣にやってきた。

「ノア! 聞いてよ、俺、魔法がちょっと暴発しちゃって!」

「へえ。それでレオンに教えてもらったんだ?」

「そうそう! めっちゃ分かりやすかった!」

ノアは俺とレオンを交互に見た。

それから、にっこり笑う。

「レオンが誰かに付きっきりで教えるなんて、珍しいね?」

「必要だったからだ」

「ふーん?」

ノアの笑顔が、なぜか意味ありげに見える。

「……何だ、その顔は」

「別に? レオンって案外面倒見がいいんだなあって思っただけ」

「お前は余計なことを言うな」

「はいはい」

ノアは楽しそうに笑った。

俺は二人の会話を聞きながら、うんうんとうなずいた。

そうだよね!

レオンって、クールに見えて実は優しいんだよ!

これは大事な情報だ。今後のキャラクター観察に活用しよう。

……ただし。

俺はまだ気づいていなかった。

レオンが、俺の魔力が安定するまで、ずっとそばで様子を見てくれていたことに。

そして、俺が成功した瞬間。

ほんの少しだけ、安心したように表情を緩めていたことにも。

「アステル」

「ん? なに?」

「次の実習でも、今日の練習を忘れるなよ」

「もちろん! また教えてくれる?」

何気なく聞いた俺の言葉に、レオンは一瞬だけ目を見開いた。

それから、いつもの落ち着いた声で答えた。

「……必要ならな」

「やった! ありがとう!」

満面の笑顔で礼を言う俺。

レオンは何も言わず、そっと顔を背けた。

その横でノアが、何かを察したように目を細める。

「……へえ」

「ノア、何?」

「ううん。なんでもないよ、ミナトくん」

いや、だからその意味深な笑顔は何なんだ!?

俺の知らないところで、何かのイベントが進んでいる気がする。

でも、まあ。

今日もアレンとカイルは仲良しだったし、魔法も少し上達した。

最高の一日である。

なお、俺自身の恋愛フラグについては、今日も完全に見落としている。