俺は観測者であって、主人公じゃない。

昼休み。

 俺、朝比奈湊は、人生最大の試練に直面していた。

「ミナトくん、こっち空いてるよ!」

 手を振る金髪の天使。

 アレン・ルミナス。

 その隣には、落ち着いた表情で座っている赤茶髪の青年。

 カイル・グランツ。

 そして、その向かい側には、にこにこと笑う栗色の髪の青年。

 ノア・フェルゼン。

 ……どうしてこうなった?

 いや、原因はわかっている。

 俺が原作イベントを植え込みの陰から観察していたら、ノアに見つかり、アレンに話しかけられ、気づけば昼食に誘われていた。

 文章にすると短い。

 しかし、俺の精神には大きな負荷がかかっている。

「……失礼します」

「そんなにかしこまらなくていいよ!」

 アレンが笑顔で言った。

 まぶしい。

 まぶしすぎる。

 太陽属性の主人公って、現実に存在するとこんなにまぶしいんだな……。

「ミナトくん、何食べる?」

 ノアがメニューをのぞき込んでくる。

「えっと、日替わり定食かな……」

「じゃあ、俺もそれにしようかな」

「えっ、なんで!?」

「え? 同じの食べたらだめ?」

「だ、だめじゃないけど!」

 危ない。

 危うく「ノアが俺と同じものを!?」と叫ぶところだった。

 落ち着け。

 ノアはただ同じメニューを選んだだけだ。

 深い意味なんてない。

 これは恋愛フラグではない。

 そもそも俺に恋愛ルートはない。

 ないったらない。

「ミナト、これ使え」

「へ?」

 カイルが、テーブルに置いてあったメニュー表を俺に渡してくれた。

「日替わり定食は売り切れらしい。こっちの魚料理ならまだあるそうだ」

「……っ!」

 カイルが!

 俺に!

 優しく!!

 いや、待て。

 これは普通の親切だ。

 カイルは面倒見がいいキャラクターだし、困っている人を放っておけない。

 つまり、これはキャラクター設定に忠実な行動。

 原作通り。

 最高。

「ありがとうございます!!」

「お、おう……?」

 カイルが少し戸惑った。

 しまった。

 感謝の声が大きすぎた。

「ミナトくんって、カイルに何かしてもらうとすごく嬉しそうだね?」

 ノアがにやにやしながら言った。

「そりゃ嬉しいよ!」

「ふーん?」

「親切にしてもらったら嬉しいだろ!?」

「そうだねえ」

 ノアは意味ありげに笑っている。

 なんだ、その顔は。

 俺はただ、推しカプの片割れに親切にしてもらっただけだ。

 ありがたさが一般人の約八倍になっているだけである。

 問題ない。

 ……たぶん。

     *

「そういえば、アレン。午後の実技試験、魔法制御の課題があるんだろ?」

 カイルが話題を変えた。

「うん。昨日練習したおかげで、少し自信がついたよ!」

「ならよかった。焦らずやれば大丈夫だ」

「ありがとう、カイル!」

 アレンは嬉しそうに笑った。

 カイルは「別に」とそっけなく答えながら、アレンの皿にあった苦手そうな野菜を見て言った。

「それ、食べないのか?」

「うっ……。あとで食べるよ」

「昨日も同じことを言っていたな」

「今日はちゃんと食べるって!」

「ならいいが」

 ……。

 …………。

 なんですか、この自然な会話は。

 昨日も同じことを言っていた?

 つまり、カイルはアレンの食事の様子を覚えている。

 アレンが何を苦手としているのかも知っている。

 しかも、わざわざ指摘してあげている。

 これは恋人同士の会話……ではない。

 まだ違う。

 まだ友人同士だ。

 だが、友人同士だからこそいい!!

 こういう何気ないやりとりの積み重ねが、二人の関係を深めていくのだ。

 大きな事件だけじゃない。

 普段の生活の中にこそ、尊さは宿る。

「……ふふっ」

 俺は思わず笑ってしまった。

「ミナトくん?」

「いや、なんでもない!」

 危ない。

 また顔に出ていた。

 俺の顔面、オタク感情に対する防御力が低すぎる。

「そうだ、湊くんは午後の実技試験、得意なの?」

 アレンが聞いてきた。

「えっ? 俺?」

「うん!」

「いや、俺は……普通かな?」

 実際、この世界でのミナトは魔法の成績も目立たない。

 成績優秀な天才でもなければ、魔力が極端に弱いわけでもない。

 まさにモブ。

 平凡。

 素晴らしい。

 目立たず、騒がず、原作の邪魔をしない。

 これこそ理想の転生生活だ。

「じゃあ、試験が終わったら一緒に練習しない?」

「……えっ?」

 アレンがにこっと笑った。

「カイルに教えてもらった方法、ミナトくんにも教えてあげたいんだ!」

 …………。

 ………………。

 待ってください。

 それは原作イベントの範囲内ですか!?

 いや、アレンが友達に親切にするのは自然だ。

 おかしくない。

 おかしくないんだけど!

 俺がカイルから教わった方法をアレン経由で教えてもらうなんて、原作にない展開では!?

 俺が!

 モブの俺が!

 主人公たちの練習に関わってしまう!?

 脳内の原作警察が緊急出動した。

「え、ええと……俺は大丈夫だから! アレンはカイルと練習してて!」

「でも、みんなで練習したほうが楽しいよ?」

「み、みんなで!?」

「そうだな。人数が増えても問題ないだろ」

 カイルまで!!

 何気なく!!

 俺の参加を認めてしまった!!

 ノアは横で、すっかり面白がっている。

「よかったね、ミナトくん。アレンとカイルと一緒に練習できるよ」

「……ノアくん」

「ん?」

「俺の心臓がもつと思う?」

「えっ、そんなに嫌なの!?」

「違う!! そうじゃない!!」

 危うく本音が出た。

 嬉しい。

 めちゃくちゃ嬉しい。

 嬉しすぎて、むしろ怖い。

 こんなに原作キャラと関わっていいのだろうか。

 俺の存在が、物語を変えてしまわないだろうか。

 ……いや。

 アレンとカイルの関係は、二人が自分たちで築いていくものだ。

 俺が一緒に練習したくらいで、二人の気持ちが変わるとは限らない。

 それに、俺は二人の仲を邪魔したいわけじゃない。

 むしろ応援している。

 だからこそ、必要以上に干渉しないようにしよう。

「……うん。じゃあ、少しだけ参加させてもらおうかな」

「やった!」

 アレンが嬉しそうに笑った。

 その隣で、カイルも小さくうなずく。

 よし。

 これはあくまで魔法の練習。

 恋愛イベントではない。

 絶対に違う。

     *

 ……と思っていたのに。

「おい、アステル」

 食堂の入口から、聞き覚えのある低い声がした。

 振り向く。

 そこには、黒髪に青灰色の瞳。

 レオン・ヴァイスが立っていた。

 なぜだ。

 なぜこのタイミングで来る。

「……何をしている?」

「お昼ごはんです!!」

「見ればわかる」

「ですよね!!」

 レオンは俺をじっと見たあと、テーブルに視線を移した。

 アレン。

 カイル。

 ノア。

 そして、なぜか全員と昼食を食べている俺。

 レオンの眉間に、深いしわが寄った。

「……お前、いつの間にそんなに知り合いを増やしたんだ?」

「俺も知りたいです!!」

「意味がわからない」

 ですよね!!

 俺もわかりません!!

「レオンも一緒に食べる?」

 アレンが気軽に声をかけた。

「……いや、俺は」

「席、空いてるよ!」

「……」

 レオンは一瞬だけ迷ったあと、空いている席を見た。

 そこは。

 俺の隣だった。

 …………。

 ちょっと待って。

 そこ、俺の隣です。

 俺の隣なんですけど!?

「……ここでいい」

 レオンは何事もなかったように腰を下ろした。

 そして、俺を見た。

「……何だ、その顔は」

「いえ、何でもありません」

「そうか。なら普通の顔をしろ」

「はい……」

 レオンは相変わらず、俺を変な奴だと思っているらしい。

 よかった。

 安心した。

 恋愛フラグどころか、変人認定が順調に進んでいる。

 これなら大丈夫。

 俺はモブのままでいられる。

 そう思った、そのとき。

「ミナトくんって、レオンとも知り合いなんだね?」

 ノアが不思議そうに聞いた。

「いや、知り合いというか……」

「握手してもらったんだよね?」

「ノアくん!?」

 なぜ知っている!?

「レオン、ミナトくんに握手してあげたの?」

「……ああ。なぜか頼まれた」

「ふふっ、ミナトくんって本当に面白いね!」

「だから、面白くないって!!」

 食堂に笑い声が広がった。

 アレンも笑っている。

 ノアは楽しそうだ。

 カイルは少し呆れた顔をしている。

 レオンは「やっぱり変な奴だ」と言いたげな表情で、俺を見ている。

 ……。

 …………。

 俺はふと、思った。

 この世界に転生する前、俺は物語を読む側だった。

 キャラクターたちの会話を読み、関係性を考察し、二人が幸せになる未来を想像していた。

 まさか自分が、その物語の中で彼らと食事をする日が来るなんて思わなかった。

 でも、ひとつだけ変わらないことがある。

 アレンとカイルには、二人らしい幸せな未来を歩んでほしい。

 俺はその未来を、これからも見守っていきたい。

 ……ただし。

「ミナトくん、明日も一緒に食べようね!」

「えっ!?」

「俺も一緒に食べるよ。ね、レオン?」

「……なぜ俺まで巻き込む」

「いいじゃん、みんなで食べたほうが楽しいよ!」

 ノアが笑い、アレンがうなずき、カイルが「まあ、別に構わない」と答える。

 レオンは深いため息をついた。

 そして俺は、心の中で叫んだ。

 俺の平穏なモブ生活、どこに行ったんだよおおおおお!!

 ――なお、このときの俺はまだ知らない。

 明日からノアが俺の隣の席を当然のように確保し始めることも。

 レオンがなぜか俺の奇行を目撃する頻度が増えていくことも。

 そしてアレンとカイルの恋が、俺の知らないところでも少しずつ進んでいくことも。

 俺はただ、推しの幸せを願っているだけなのに。

 どうしてこうなった!?