俺は観測者であって、主人公じゃない。

「よしっ! 今日も頑張るぞ!」

朝から気合い十分。

なぜなら今日は、学園祭の魔法実演に向けて、レオンと二人で練習する日だからだ!

……いや、別に深い意味はない。

魔法の練習だ。

そう、魔法の練習。

俺の目的は、学園祭の展示を成功させること。そして、アレンとカイルの尊い共同作業を見届けること。

それ以上でも、それ以下でもない。

「……何をぶつぶつ言っている?」

「うわっ!?」

振り返ると、レオンが立っていた。

黒い髪に、青灰色の瞳。

今日も相変わらずの美形である。

「お、おはよう! レオン!」

「ああ。ずいぶん元気だな」

「もちろん! 今日はよろしくお願いします!」

「そんなにかしこまらなくていい」

「いやいや! 先生ですから!」

「俺は先生じゃない」

「じゃあ、師匠?」

「……やめろ」

「はい!」

朝からツッコミをいただきました。

今日も平和です。

……たぶん。

◆ ◆ ◆

実習室に入ると、机の上には小さな魔石と練習用の道具が並べられていた。

レオンはそのひとつを手に取り、俺に見せた。

「今日は魔力を細い線にして、一定の形を保つ練習をする」

「細い線……。この前、光の周りに出たやつ?」

「ああ。あの操作を安定させられれば、展示でも使える」

なるほど。

俺の魔法の見せ場を作ろうということか!

「分かった! やってみる!」

「焦るな。まずは昨日できたことを再現する」

「はい!」

俺は両手を前に出し、ゆっくりと魔力を集めた。

ぽうっ。

手のひらに、小さな光が浮かぶ。

よし。

ここまでは順調。

その光から、細い線を一本伸ばしてみる。

……できた!

「レオン、見て!」

「ああ。いいぞ。そのまま維持しろ」

褒められた!

いや、まだ成功しただけだ。

浮かれるな、ミナト。

集中、集中!

ところが。

「……っ、あれ?」

光の線が、ふらふらと揺れ始めた。

「アステル、魔力が一か所に偏っている。流れを均等にするんだ」

「わ、分かった!」

言われた通りに調整しようとしたけれど、焦れば焦るほど線が乱れていく。

まずい。

まずいまずい!

このままだと、また魔力が弾ける!

「アステル、手を止めろ!」

レオンが素早く近づいた。

次の瞬間。

ぐらっ。

俺の魔力が弾け、小さな光が散った。

「うわっ!」

足元がふらつく。

転ぶ!

そう思った瞬間、腕を支えられた。

「……大丈夫か?」

耳元で、落ち着いた声がした。

……。

…………。

………………。

近い!!!!

いや、待って。

ちょっと待って。

レオンの顔が。

いつもより近い。

めちゃくちゃ近い。

俺の腕を支えてくれている手。

すぐそばにある黒い髪。

青灰色の瞳。

…………。

これは何のイベントですか!?!?

「アステル?」

「は、はいっ!!」

「本当に大丈夫か。どこか痛めていないか?」

「だ、大丈夫です!! 元気です!!」

「……声が大きい」

「すみません!!」

俺は勢いよく背筋を伸ばした。

レオンは俺の腕から手を離し、少し眉を寄せる。

「無理に魔力を制御しようとするな。乱れたら、いったん解除すればいい」

「う、うん……」

「失敗しても構わない。怪我をしないことが先だ」

…………。

あ。

そういうことか。

俺が転びそうになったから、支えてくれたんだ。

そりゃそうだよな。

レオンは面倒見がいい。

きっと誰にでもこうするんだ。

「ありがとう、レオン! 助かった!」

俺が笑うと、レオンは一瞬だけ黙った。

「……ああ」

そして、ほんの少しだけ視線をそらした。

……?

なんだろう。

やっぱり暑いのかな?

実習室って、意外と温度が上がるのかもしれない。

俺はそう納得した。

なお、実習室の窓は全開だった。

「もう一度やってみるか?」

「うん!」

俺は再び手のひらに光を作った。

今度は、焦らない。

失敗してもいい。

レオンがそう言ってくれたんだから。

魔力の流れを意識して、少しずつ線を伸ばしていく。

一本。

二本。

三本。

細い光の線が、ゆっくりと空中に広がっていった。

「……できた!」

今度は、ちゃんと安定している。

俺が手を動かすと、光の線も一緒に動いた。

まるで、小さな星座を作っているみたいだ。

「すごい……!」

自分でも驚いた。

昨日よりも、ずっと自由に魔力を動かせている。

「レオン! 見て! ちゃんと動く!」

「ああ。いい出来だ」

「やったあああ!」

思わず両手を上げそうになって、慌てて魔法を解除した。

レオンは小さく息を吐いた。

「……成功したからといって、すぐに気を抜くな」

「はい!」

「ただ、今の操作はよかった。魔力の流れをよく理解できている」

「…………」

また褒められた。

しかも、今度はかなり具体的に!

「俺、もっと頑張る!」

「ああ。期待している」

……。

……。

期待している。

その言葉を、俺は心の中で何度も繰り返した。

誰かに期待されるって、こんなに嬉しいんだな。

前世の俺は、物語の中の恋愛を眺めるのが好きだった。

登場人物たちが幸せになるのを見るのが、何より楽しかった。

でも今は、自分もこの世界で何かを頑張っている。

誰かに教えてもらって、失敗して、少しずつ上達して。

そのことが、なんだか嬉しかった。

「……ありがとう、レオン」

「何がだ?」

「いろいろ! 教えてくれて!」

俺は笑った。

「レオンが教えてくれるから、俺も頑張れるんだ」

レオンの表情が、ぴたりと止まった。

「…………」

「……レオン?」

「……いや」

彼は一度視線を落としてから、いつもの調子で答えた。

「お前が真面目に取り組んでいるからだ」

「えへへ、そうかな!」

「ああ」

「よーし! もっと上手くなるぞ!」

俺は気合いを入れ直した。

その隣で、レオンはしばらく俺を見ていた。

まっすぐな笑顔。

飾らない言葉。

誰かの優しさを、疑うことなく喜んでくれる。

そんなところが、どうにも気になる。

「……妙な奴だ」

レオンは小さく呟いた。

けれど、その声はいつもより柔らかかった。

◆ ◆ ◆

「へえ〜。なるほどねえ」

実習室の外。

廊下の角から、中の様子をちらりとのぞいていたノアは、ひとりでうなずいていた。

もちろん、二人の練習を邪魔するつもりはない。

……少なくとも、最初は。

「レオンがあんなに丁寧に教えてあげるなんてね」

以前のレオンなら、必要なことだけを教えて終わりだった。

失敗したら、原因を説明する。

成功したら、次の課題を出す。

それだけ。

なのに今は、ミナトが少し失敗しても、焦らないように声をかけている。

転びそうになれば、真っ先に支える。

そして、ミナトが笑うと――。

「…………」

ノアは口元を押さえた。

「これは、面白くなってきたかも」

そのとき、実習室の扉が開いた。

「……ノア。何をしている?」

「わっ!?」

振り返ると、カイルが立っていた。

「カイル! いや、別に?」

「なぜ疑問形なんだ」

「ちょっと友達の様子を見に来ただけだよ」

カイルは実習室の中を見た。

そこでは、ミナトがレオンに魔法の説明を受けている。

「……熱心だな」

「でしょ?」

ノアはにっこり笑った。

「レオンも、ずいぶん熱心だけどね」

カイルは少し考えてから、静かに答えた。

「アステルの魔法には、教える価値があるんだろう。細かな制御は簡単じゃない」

「うん、それもそうだね」

ノアはうなずいた。

カイルは、まだ気づいていない。

レオンの変化に。

けれど、ノアはあえて教えなかった。

だって。

こういうことは、本人が気づくまでが一番面白いのだから。

「それより、カイル。アレンは?」

「先に展示用の資料をまとめている。俺も手伝いに戻るところだ」

「そっか。じゃあ、僕も行こうかな」

ノアは最後にもう一度だけ、実習室を振り返った。

「……頑張ってね、レオン」

誰にも聞こえないくらいの声で、そう呟いた。

◆ ◆ ◆

練習が終わったあと、俺は資料室へ向かった。

そこでは、アレンとカイルが展示用の説明書を作っていた。

「ミナト! 練習はどうだった?」

アレンが笑顔で迎えてくれる。

「うまくいったよ! 魔法の線を、前より安定して動かせるようになった!」

「本当? すごいね!」

「ありがとう!」

「今度、僕にも見せてくれる?」

「もちろん!」

アレンが嬉しそうに笑う。

その横で、カイルも資料から顔を上げた。

「魔力制御が上達すれば、実演の幅も広がるな」

「うん! 俺、頑張る!」

「無理はするなよ」

「はい!」

……。

……。

アレンとカイルに応援されている。

何これ。

俺、主人公の仲間ポジションとして完璧すぎない?

いや、違う。

俺はモブだ。

モブだけど、こういう友情イベントは大歓迎だ。

「ところで、二人は何を作ってるの?」

俺が尋ねると、アレンが資料を見せてくれた。

「魔力制御の説明書だよ。初めて魔法に触れる人でも分かるように、できるだけ簡単な言葉でまとめているんだ」

「おお! いいね!」

「カイルが、図を入れた方が分かりやすいって提案してくれたんだ」

「実際に見た方が理解しやすいからな」

「それでね、カイルが描いてくれた図がすごく分かりやすくて!」

アレンが嬉しそうに説明する。

カイルは少し照れたように視線を落とした。

「……大したものじゃない」

「そんなことないよ。ありがとう、カイル」

「……ああ」

…………。

また照れてる!!!!

俺は心の中で叫んだ。

この二人、普段は自然体なのに、時々こういう甘い瞬間を挟んでくるのがずるい。

しかも、本人たちは無自覚っぽい。

最高。

「ミナト?」

「……はい?」

「どうしてそんなに嬉しそうなの?」

アレンに尋ねられ、俺は即答した。

「二人が仲良しだから!!」

「えっ?」

アレンが目を丸くした。

カイルも、少しだけ動きを止めた。

「……仲がいいのは、普通だろ」

「そうだよね! うんうん!」

俺は大きくうなずいた。

「二人は最高の友達だもんね!」

…………。

アレンはなぜか少しだけ困ったように笑った。

カイルは、何も言わずに資料へ視線を戻した。

俺は気づかなかった。

二人の間に、ほんの一瞬だけ流れた沈黙に。

そして、その沈黙が決して嫌なものではなかったことにも。

◆ ◆ ◆

帰り道。

学院の廊下には、夕日が差し込んでいた。

「アステル」

後ろから声をかけられ、振り返る。

レオンだった。

「レオン! どうしたの?」

「今日の練習だが、明日も続けるぞ」

「もちろん!」

俺は笑顔で答えた。

「明日もよろしく!」

「ああ」

レオンは少しだけ間を置いた。

「……今日の調子なら、学園祭までに十分間に合うだろう」

「本当!?」

「ただし、練習を怠らなければな」

「頑張る! 絶対に成功させる!」

俺が拳を握ると、レオンは小さくうなずいた。

「……その意気だ」

少し歩いてから、俺はふと思い出した。

「そういえば、今日、俺が転びそうになったとき、支えてくれてありがとう!」

「……ああ」

「本当に助かったよ! レオンって頼りになるね!」

「…………」

レオンが黙った。

俺は首をかしげる。

「……レオン?」

「いや。何でもない」

そう言って、レオンは歩き始めた。

俺も隣に並ぶ。

「ねえ、レオン」

「何だ」

「学園祭、楽しみだね!」

「ああ」

「みんなで準備してるの、すごく楽しい!」

「……そうか」

「うん! 絶対、いい展示にしようね!」

俺が笑うと、レオンもわずかに口元を緩めた。

「……ああ。そうだな」

その返事が、いつもより少しだけ優しく聞こえた。

俺は嬉しくなって、また笑った。

「じゃあ、また明日!」

「ああ。また明日、アステル」

俺は手を振って、寮へ向かった。

レオンはその後ろ姿を、しばらく見送っていた。

また明日。

たったそれだけの言葉なのに。

明日も会えることを、少し楽しみにしている自分がいる。

「…………」

レオンは小さく息を吐いた。

「……本当に、妙な奴だ」

そう呟いた顔は、どこか穏やかだった。

そして、寮に戻った俺はというと。

「明日も推しカプを見守るぞおおお!!」

ベッドの上で、元気よく宣言していた。

……うん。

恋愛フラグ?

知らない子ですね。